第3話 出会い③

 ――― 引っ越してきて早数日。

 隣の部屋の姉妹とはあの日以来、顔を合わせていない……本当に『物語』は始まるのか? ちょっと不安になってきたぞ。

 ……ついでに教えるが、マンションやアパートの『隣の部屋』の住人とは、良く顔を合わせそうなものだが、現実の話、行動パターンが余程似ていないとう事は稀だ。

 なので、もし仮によく会う人……特に玄関先でよく会う人がいるのなら、それは恐らくスト……おっと、これはちょっと怖い……いや、気持ち悪い話になるからここまでにしておこう。

 さて、話は戻して俺と奈々菜は二人で雑踏の中を歩いていた。


「結構大きい街だね」

「一応、百万人都市だからな」


 俺達が居るのは街の中心にある繁華街だ。

 目的はただの散策だ。

 引っ越しの荷解き、片付けも終わり暇だったのだ。

 引っ越してきて以来、街を歩くのは今日が初めてとなる。


「しかしこのアーケード街はいいな。日差しも雨も遮ってくれる」


 俺達が歩いている場所は、この街の特徴の一つであるアーケード街だ。

 距離は約千五百メートル。アーケードは道路の歩道部分だけでなく、二車線はある道を全てを覆っている。道路一本が屋根で覆われている形だ。

 当然、歩行者専用であり車両の通行は不可である。


「かなり人が多いな」

「お兄ちゃんには優しく無い環境だね」

「……だな」


 俺は『女』が苦手だ。

 女性恐怖症とまでは言わないが、女性が近付くと少し体が強張る。

 そんな俺は女性の目に付かないように、あまり目立たない格好をしている……つもりだ。

 髪は肩まで長く、縛る事無く遊ばせている。所謂『ロン毛』だ。前髪も目に掛かる程長く、実際、前髪で目を隠している。

 更に目元も人から見えにくくなる様に伊達メガネを掛けている。

 更に更に、帽子を深く被ってツバで顔が隠れるように……兎に角顔を隠している。

 

 そして服装だが、176㎝の少し筋肉質且つスリムな体にはボトムスはスリム系のチノパン。トップスは白いVネックのロングTシャツにジャケットを羽織っていて、地味ながらもお洒落を保ったコーディネート……頭以外は普通にしている。

 ただ、その俺の普段からのコーデについて奈々菜曰く、


「お兄ちゃん身長もソコソコあって手足長いから、何着ても結構カッコよく決まっちゃうんだよね」


 俺自身気付いて無いのだが、実際、頭部のだらし無さに反してちょっと人目をいていると言うことだ。

 ついでに妹のコーデだが今日は『制服風ガーリースタイル』で纏めている。『girlyガーリー』と言うだけあって『少女感』が強くて可愛らしいが、奈々菜の場合『優等生』な雰囲気も出している。

 奈々菜は俺と腕を組んで歩く。

 周りは俺達をどんな目で見てるんだろうか? 通り過ぎる人は皆、奈々菜に視線を送ってからすれ違う。兄の俺が言うのも何だが、妹はそれ程可愛いのだ。


「お前のお陰で俺に視線が来ないから助かるよ」

「そう? 結構お兄ちゃんも視線集めてると思うよ」

「美女と野獣的な感じだろ? 俺のなりじゃあ『奇異な者への視線』でしかないよ」


 俺は自分に向けられる視線もあまり好きでは無い。

 顔を曝け出していると皆暫く凝視するからだ。

 ただ、今のなりなら凝視される事も無いので多少の視線は気にしないでいた。

 今日は二人で新しい街を散策し、気になる店が在れば気の向くままに店に入り、欲しい物が有れば買う。俺と奈々菜はこうして兄妹のデートを楽しんだ。


 ——— 時間も夕方だ。そろそろ家路に着こうと街の中心となると駅へ向かって歩いている。


「結構な数の店に入ったけど、買ったものはこれだけか……」


 意外と少ない手荷物にちょっとガッカリする。

 何となくだが『あれだけ歩いて成果はこれだけか』という気分だ。


「興味本位で入ったお店が殆どだからね。今日は散策が目的。買い物はおまけね」

「気に入った店はあったか?」

「うん。私にはちょっと背伸びした感じもするけど、もう少し大人になったら着てみたい服が沢山有った店は在ったね」


 駅に着く。そして駅ビルに入るや否や奈々菜が俺に荷物を預ける。


「お兄ちゃん、ちょっとこれ持ってて。トイレ」


 俺は奈々菜から荷物を預かる。

 そしてトイレへの通路の入り口で待とうと思ったが、通路はそれ程広くも無く、人通りも多くて人を待つにはちょっと困難な場所だ。

 なので辺りを見渡し待つのに適した場所を探した。


「それじゃあ……あそこのステンドグラスの前で待ってるな」

「分かった」


 俺が指を差した場所は、駅ビル中央の広々とした空間で、壁には大きなステンドグラスがあった。

 奈々菜はトイレへ、俺はステンドグラスの前へ移動する。

 後で知った話だが、この街の人は待ち合わせ場所にこの駅ビルのステンドグラスの前をよく使うそうだ。

 通称『ステンドグラス前』。全然『通称』になって無いが、この街に来たばかりの俺は当然そんな事は知らない。

 ただ、一目で分かりやすかったのでこの場所を待ち合わせ場所に指定した。

 ステンドグラスの前に来ると、人を待っているのか結構な数の人が立っていた事に驚く。すると、


「——— 大丈夫ですか! しっかりして下さい!」


 何の前触れも無く、女性の必死な緊迫した声が駅ビル内に響き渡った。

 結構近い。

 声の方に目をやると、10mも離れて居ない場所で男性が一人倒れていて、その男性に声を掛ける女性の姿があった。

 女性は顔が帽子のツバに隠れてよく見えないが、見える口元、背格好から『少女』と呼んだ方がしっくりきた。

 暫く見ていると、人集ひとだかりが出来、スーツ姿の女性が出て来て少女と一緒に男性を介抱し始めた。

 そして少女が体を起こすと、突然、体を震わせながら動かなくなってしまった。

 男性は元より、少女に一体何があったんだ? 

 まさか伝染性のゾンビな展開に……いやいや、この話はあくまで学園ラブコメだ。そんな展開は無い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る