わかれ4
「……ごめん……なさい。」
目の前の大きな机。色んな家庭に置いてある普通のダイニングテーブル。その上には人の影。両手を腹の上で組み目を閉じている。身長的に少女でありその少女が着ている服。それは新しくシュンが作ったライラの服だった。
「………ねぇ、お姉ちゃん……?なに、これ。どういう、こと?」
ーライラは死んだ。
シュンはそう言った。それは見たら分かるのだ。なぜ、なぜ死んだのか。それを教えて欲しかった。狭い部屋に10人が集まる中、姐さんは机の前で俯き唇を噛み締め泣いていた。シュンやヘリオ兄さん、グライド、ナターリアはバツが悪そうにライラをみつめている。レナートや鬼ババ、あとはアレンの本日居残り組は無の表情だった。それもそうか、と納得する部分はある。ここにいるのは人が死ぬところを腐るほど見ているものばかりなのだ。大体のものが紛争地域出身者であり昨日仲良く遊んでいた人がその次の日には肉片になっている、なんてことは日常茶飯事だった。慣れるのは必然というべきか当然というべきか。
メリディアは、状況が飲み込めないという顔だった。当たり前だ。自分の妹が死んだと聞かされパニックにならない姉はそうそういないだろう。
「………私が、後ろに注意を向けていなかった時に、敵に狙撃されて、それで、それで……」
姐さんはシールドを持ち歩かない。スナイパーにシールドはすこし重量があり邪魔なのだ。シールドとはメイン戦闘員なら必ず持ち歩く防御壁のことだ。電子のシールドという感じのもので展開するのはちょっと面倒な上両手が塞がっていたら使えないことが多い。そのため姐さんやシュンは持ち歩かない。ただでさえ位置バレしたら防がれてしまう上に姐さんはかなり重いスナイパーを使用している。一撃必殺の武器であり相手に位置を悟られず弾をうつというのは律儀に場所を移動しないといけないということだ。そこにシールドを持ち歩くとなるとまぁ無理だろう。
「…後ろを振り向いたその時にはピストルを握りしめて敵を撃っているライラがいた。だけど、実銃の反動がライラを殺した。」
銃というものは必ずしも撃ったあとに反動というものがある。手練の人でも反動には苦労するという。それを9歳の少女が初めて持った銃の反動を操れるはずがない。両手は上へと反動であがり運悪く敵の銃弾が心臓を直撃。しかも弾は抜けずにそのまま体内に残った。死体からのざっくりとした推測だがシュンに後で聞いたところ大体あってるんじゃね?と言われたから多分合ってるんだと思う。
「……ということは、お姉ちゃんのミスでライラは死んだってことだよね?ねぇ、そうでしょ?」
「……」
何も姐さんは言わなかった。いや、言えなかったのだろう。間違っていないのだ。姐さんの不注意が人を殺した。それは紛れもない事実。
メリディアは姐さんの服を掴み目から涙を零して言った。
「ねぇ、お姉ちゃん、今からでもいいからさぁ、ライラと代わってよ。ねぇ?……っ死んでよぉ。なんで?なんで、お姉ちゃんが死んでなくてライラが死なないといけないの?」
姐さんの顔がくしゃりと歪む。
「……ごめん、なさい。」
「……っ!!ごめんでライラは戻ってくんの?!そんな謝罪求めてない!アタシが欲しいのはライラだけだから!」
異常な執着という言葉が今のメリディアにはお似合いな気がする。それとも俺の目が頭がおかしいだけなのか。その二択だ。
姐さんはいくら身体をメリディアに揺すられても一言も声を発さずただ揺らされるままひたすら拳を握りしめていた。いつの間にか涙は止まっていたようだった。
「……ねぇ、ねぇ!なんとか言ってよお姉ちゃん!」
メリディアは何も言わない姐さんに痺れを切らしたのかシュンのガンポケットに入ってる38口径のリボルバーを奪い取り引き金に指をかけた状態で銃口を姐さんの額に突きつけた。
それでも姐さんはなにも言わなかった。メリディアはなんて言う?きっと説明を求めている、姐さんの言葉を待っている。だが、答えてくれない。メリディアは片手で持っていたリボルバーを両手で持ちトリガーに指をかけた。何も言わない姐さんを撃とうとしているのだろう。それは脅しのために撃つのか。否か。
「10秒経ってもなにも言わなかったら撃つから。脅しじゃない。本当に撃つから!」
……不可能だ、と悟った。メリディアはナイフ戦を得意としている。小柄、というのもあり肉弾戦の方が戦いやすいからだ。銃、しかもリボルバーの扱いなど知っているはずがない。それに。メリディアの全方向には完全に照準を合わせられた姐さん親衛隊員達の銃口が向けられているからだ。
勝ち目はない。なんなら撃つ前にメリディアは一斉射撃をくらって死ぬだろう。
息を飲む、唾を飲む、喉が鳴る、呼吸をする。生きるために必要な行動、その音しか部屋の中では聞こえない。
「……ッチ!」
最初に折れたのはメリディアの方だった。銃を下ろしライラが横たわっている机にバンッと叩きつけ、叫んだ。
「早く出てって。この子の供養はアタシがやる。それと、お姉ちゃん。もう二度とアンタの言うことは聞かない。今すぐにでも殺したいけどそれはライラが喜ばないからやらない。でも一生アンタを呪うよ。……だいっきらい。」
掠れ震える声でメリディアが精一杯の嫌味を吐いた。そのまま机に顔を埋めてしまい完全に表情は見えなくなった。
「おいそれはっ!……」
「いいよ、シュン。うん、わかったよメリディア、本当にごめんなさい。謝っても絶対に許されないことをした。けれどもごめんなさい。」
そう言って姐さんは部屋を出ていった。その後を追うようにしてシュン、グライド、ヘリオ兄さん達も部屋を出た。残ったのは俺とメリディアとライラだけ。せめて2人にしてやろう。それが今俺に出来ることだ。メリディアを慰めることなんかじゃない。
「……さようなら。ライラ。」
これだけでいい。開きっぱなしの扉をこえ廊下に出て扉を閉める。閉めた扉の奥からは啜り泣く声が聞こえた。声は廊下を反響して島全体に響くに違いない。人が1人消えるのってこんなに悲しいことなのか。勉強になったよ。どうもありがとうライラ。
そしてその日姐さんの姿がこの島から一日消えた。
回想終了
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