第39話 婚礼の宴

 その日、ルンノの村は半年ぶりに騒がしくなっていた。


 冬が近づき谷に雪が舞い込み白く覆い始める直前のことだった。

 女達は慌ただしく宴の料理の用意をして、男達も外に雛壇をくみ上げ、何十人分もの敷布を張り、半年前に砂里の戦士達を迎えたときよりもさらに豪勢で幸せな宴の支度を調えていた。


 今日は、砂里とルンノが一つの初々しい絆で結ばれる晴れの日だった。

 

 


「うう、ユリカ……、とても、綺麗だ……」

「ちょっと、お父さん、ここに来ちゃ駄目だってば!」


 花嫁の控え室にのっそりと現れ、祝いの装束で着飾ったユリカの姿を認めたとたんに顔を真っ赤にして号泣し始める村長カドーロ。

 彼も正装をしていたが、あっという間に涙で濡れ身悶えにより着崩れしていく。


「きれいだぁ……母さんにも見せてやりたかった……」

「どうせ後でまた見れるんだから、外で待ってて、もう!」


 カドーロは結局ユリカに尻を蹴飛ばされるように花嫁控え室から追い出された。

 あまりにおいおいと泣くものだから村長の役目など何もできず、キルレ夫妻がその場を取り仕切っていた。


 花嫁と花婿が並ぶ雛壇の上には天幕を張り、いくつもの鮮やかな飾り紐が風に揺れている。

 ルンノの民同士の婚姻ならば、ここまで盛大に祝うことはないのだが、今回は初めて砂里と谷の者が結ばれるとあって、互いに資材を出し合ってめいっぱい盛大に祝うこととなっていた。


 砂里が水都を攻め、次いでルンノにまでその剣を向けた事件から、はや半年。


 砂里の民はいったんはルンノに赴きその尊い水を享受したものの、その大半は結局山を降り、砂の世界へと戻っていった。

 水と緑の世界よりも、砂と熱風の世界を自ら選び、生きていくことを決めたのだ。

 一人の男の怨嗟に引きずられたとはいえ同胞たる水都を攻め落としたということに負い目もあり、ただ水を享受するという状況に甘えるつもりはないと。

 

 そこに水があり、同胞が居る。

 そう分かっただけで十分なのだと彼らは言った。


 乾き飢えた子らを連れてどこまでも水のない世界を彷徨うという絶望がないのであれば、いざというときに頼ることのできる、逃げることのできる場所があるのならば、砂とともに生きることを選びたいのだと。

 

 そして砂里の民は砂の世界へと戻っていったものの、かつて隔てられていた壁はもう取り払われ、ルンノと水都、ルンノと砂里、そして砂里と水都の風通しはずいぶん良くなった。人の行き来も増えて、それぞれに新しい絆が生まれていった。

 

 やがてこうして絆を結ぶ機会も出てきた。

 砂里からも幾人もの支族が祝いに来て、やがてその場は誰もが笑顔をして二人を祝う、幸せが満ちた空間となった。


 夜更けからの丁寧な準備の末、ついに日の中にて婚姻の儀が始まることとなった。


 花嫁の父親が号泣を続ける中、藍色の刺繍を施された優美な花嫁衣装を纏い、林檎の花冠をした娘が、谷の正装を纏った花婿に伴われて現れる。皆が溜息をつくほど、二人は麗しい姿をしていた。

 

 人々が見守る中、谷の水を満たした瓶を二人で掲げ、指を浸して互いの口に含ませる。それが絆を結ぶ儀式だった。


 儀式が厳かに行われ、つつがなく終了すればあとは宴の時間だった。

 かつて酒のもとに集った面子が顔を合わせ、再び笑顔で杯を交わす。


 未だ使い物にならないカドーロの代わりに、キルレが二人の婚姻を宣言する。

 そうして――


 砂里の娘ナンナと、谷の羊飼いの青年の婚姻の宴が始まったのだった。


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