第34話 決着
「砂の掟と銀月の導きのもと、この闘いによる勝者に従うことを、ヨナの息子グイドが誓う」
「明け空の月の導きのもと、この戦いの勝者に従うことを、カドーロの娘ユリカが誓います」
ディーハの剣を掲げて決闘の名乗りを上げ終えた瞬間、グイドが間合いを詰めて斜め上方から刃を振り下ろしてきた。
「う、わ、」
白刃が前髪をかすめる。
風だけで顔の皮膚が斬られたかと思うほどで、膝を抜き、尻餅をついて避けるのが精一
杯だった。
体勢を立て直す間もなく次の斬撃が的確にユリカの首筋を狙ってくる。
身体を捻り跳ね上がり、がむしゃらに剣を振りながら何とかユリカは立ち上がる。
再び対峙したものの、ほんの三呼吸ほどの間に既に勝敗は決したと言って良いほどの状況になっていた。
グイドがもう何度か刃を振るえば、確実にユリカの首は落とされる。
その場の誰もが、ユリカ本人ですらそう思えるほどだった。
もはや息使いや気配の読み合いも必要とせず、歩いて距離を詰めようとするグイド。
ユリカは同じだけを後ずさりしながら何とか間合いを保つ。
近づかれたら、それだけで負ける。その危機感がユリカをひたすら追い立てていた。
切り結べば確実に力負けするし、相手の刃を避けて隙を見て攻撃に転じるなどという芸当はさらに不可能だ。
そもそもディーハから借りた鋼の剣が重く、持つのがやっとでまともに振り回すことすら困難だ。
虚勢をはるように何とか切っ先をグイドに向けるのが精一杯のユリカ。
その間にもグイドは何のてらいもなく歩み寄ってくる。
その顔には憎しみや怒りなどあるわけでもなく、ただ目の前の障害物を、虫か何かを退けようとしているくらいの様子だった。
東から差し込む日光で、一瞬、腕のお守りが煌めいた。
ディーハが自ら編んだというそれに気を取られた瞬間、
「あ……っ」
ユリカは足下にあった石に気づかず、それを踏んで無様に転倒した。
既にグイドから距離を取るために予想以上に後退しており、小川のように掘られた水路が近い。
すかさず繰り出された刃を避けるため、ユリカは這々の体で横に転がり落ち、水路に身を投じた。
ばしゃん、と音がして、飛沫が飛び散る。
水位は膝よりも少し上といった程度だった。
本日二度目の水浸しで、濡れて重くなった服を振り払うようにしながら、ユリカは何とか立ち上がる。
グイドがすぐに襲ってくるかと思いきや、彼は水路脇で立ってユリカの再起を待っていたようだった。
水に入ることを躊躇ったのか、もしくは観衆と化した砂里の戦士達が視界についてくるのを待ったのかもしれない。
ユリカが構え直したところで、グイドは口の端を歪めた。
「元よりここに誘い込むつもりだったか。
砂漠の人間は膝より上の流れには抗えないことを知らぬと思ったか」
「……ッ」
見抜かれていた。ユリカは歯がみすることしかできなかった。
膝より高い水の流れがあると、人間はまともに歩くことができなくなる。
水の豊かな地域の者ならば知っていることだが、砂漠の民ならば知らないはず。
ディーハにも確認した上で、ユリカはグイドを水路に降り立つよう誘導していたつもりだったのだ。
水門の鍵をディーハに託し、水の流れを誘導してまで準備をしたというのに、結局は看破されてしまい何の意味もなさなかった。
「浅知に尽きる」
「う……」
呻き、戦慄くことしかできない。
身体が重く、剣の切っ先がぶれる。
それでも、ユリカは唇を噛んで両の足で立った。
濡れたせいか頭に巻いていた血止めが垂れて邪魔になり、ユリカは引きちぎるようにそれを外して投げ捨てる。次第に勢いを増していく水路で、揺らぎながら流れ去っていった。
「降伏の猶予をやろう」
「無用!」
上から嘲笑するようなグイドに、ざばざばと水をかき分けながらなんとか水路から上がったユリカが横に振りかぶって斬りかかる。
当然のごとく躱され、がら空きになった胴に斜め下から刃が這い寄ってくる。
ユリカはそれを避けることを諦め、左手の手首近くでそれを受けた。
「!」
袖の中に隠していたディーハの手甲に刃が食い込む。
慣性を殺しきれず重い衝撃で肩がちぎれそうになるが、ユリカはその機を逃さず剣を放り出してグイドの懐に飛び込んだ。
そして渾身の力で倒れ込み、ごろごろと転がった末に二人して水路に落下する。飛沫が飛び終える前にグイドはユリカを下にして起き上がろうとする。
だが――その瞬間、底面に手をついたグイドの体勢がぐらりと崩れた。
「……ッ!?」
石をしきつめた水路の底面で、まるで滑ったかのようにグイドが転倒する。
その脇で水をものともせず起き上がったユリカが上から飛びかかり、手甲に食い込んだままの彼自身の刃を首筋に突きつけた。
そして高らかに宣言する。
「わたしの、勝ちだ!」
次の瞬間、二人を取り巻いていた砂里の戦士達から嘆息とも感嘆ともとれる声が唱和した。
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