第33話 谷間の決闘・2

 ユリカとグイドは谷に少し入った広い場所で対峙した。


 既に抜き身の剣を携えているグイドは、それだけで畏怖を覚えるほどの様相をしていた。

 押し隠した恐怖のせいか、背中を誰かに引っ張られているような錯覚を覚えるユリカ。


 あたりは少し窪んだ草地だった。若い草が風に揺れている。水源から引いた水路が脇にあり、今も澱という名の美しい水がさらさらと流れている。


 グイドの背後から少しずつ砂里の戦士達が谷へと入り、遠巻きに自分達を囲み始めた。

 家族の命運を背負って決意を固くしてここまで来た彼らだが、ユリカの言葉で多少それが揺らいでいる。

 非情の戦士と無力な小娘が対峙する絵面にもいささかの呵責を覚えている者も居るようだ。


 ここまでは、計画通り。


 まず同胞であることを宣言し、決闘に持ち込む。計画の第一段階は全てうまくいった。

 とはいえ、ここからが最も肝要で、最も危険な行程だった。


 何せ、この戦士相手に勝たなければならないのだ。


 ◆◆◆


 話は少し遡る。


 カドーロが名誉の負傷(?)で行動不能になった後、ユリカはキルレ夫妻とディーハに計画の概要を、砂里の長グイドに決闘を申し込む旨を明かした。


「あの族長は、多分わたし達や天人が同じ血を分けている相手だってことを誰にも言ってないと思う。

 だから、まずそこをちゃんと皆に報せて、それから一族の掟に従って村長のわたしが族長に決闘を申し込みます」


 もちろん反対されたし、心配もされた。

 ディーハに至ってはそんなことなら自分が出るから、とまで言われた。


 だがユリカは首を横に振った。

 卑怯だろうが何だろうが、価値観をいったん覆して、長年の間に狭まりきった視界を広げさせないといけない、かつて天人を羨み忌み嫌った自分のように。

 それをユリカは数十人相手にやろうとしていたのだ。


 たとえばディーハが決闘に勝利したとしても、それは砂里の中の問題として片付けられてしまう。

 それではいけないのだ。谷の娘であるユリカが同じ一族として砂里の長と対峙する必要がある。

 

 もしユリカが負け谷が砂里に蹂躙されることとなっても、同族であるこということを念頭に置けばそれほど酷い扱いは受けないだろうというのがユリカの希望的観測だった。


「ディーハにはこっちをお願いしたいの」


 キルレに頼み、未だ「ユリカ……お父さんは許してないぞ……」などと唸っているカドーロを引きずっていってもらった後、ふたりきりになった家でユリカは着替えてから準備を開始した。


 ディーハには別件の用意を託し、野良仕事用の動きやすい服に着替え身支度を終えた後のこと。

 興味津々といった顔でユリカの部屋を覗きに来たディーハが、壁の棚の隅にに収めてあったものに気づく。


「あ、これ」


 手に取ったそれは、白い糸で編まれた腕輪だった。

 かつて行商人のなりをしていたディーハがユリカに渡したものだ。


「水門にいたときつけてないから、捨てられたのかと思ってた」

「……きれいだから汚したくなかったの」


 気恥ずかしくなり、そっぽを向くユリカ。

 その手をそっと取って、ディーハはあのときよりもさらに甘ったるい笑顔をして、再び腕輪を通す。


「お守りだよ、つけて」

「汚したり、無くしちゃうかもしれない」


 そう言いつつも、ユリカは甘んじてそれを受ける。

 手首を掴んでいた彼の手が背に回されても、拒みはしなかった。


「そのときは、またあげるから。何度でも、いくつでも。だから、絶対に――無事でいて」


 ぎゅっと抱き締められて、どうしようもなく切ない気持ちと安心感が湧き出してくる。 

 ずっとこのままでいたいという気持ちを、ユリカはもう否定しなかった。

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