第28話 かつての同胞たち

 そこに居るのは、同胞ではなくやはり異なる存在だった。


「好きに攻めろ。これにも、使いようがあるだろう。見せしめでも、人質でも」


 そう言って、グイドは昏倒したユリカを顎で指す。


「ユリカ!」


 グイドがユインに命じてユリカの身体を引きずらせようとする前に、ディーハが飛び出してぐったりと頽れたユリカを抱き上げながら庇った。


「ユリカは……この子は、おれの妻にする……もう、砂里の女だ!」


 ただそう宣言して、ディーハは気後れの混じる瞳でグイドを睨んだ。

 少しの間冷めた目でその光景を見下ろしていたグイドは、やがて飽きたように視線を反らした。


「勝手にしろ」

「……そうします」


 安堵で肩の力を抜くディーハを横目に、グイドは踵を返した。

 二人の側近がすぐさまその脇に付き従った。


「ここには二十……いや十五で良い、残りは麓へ向かわせろ」

「承知」


 そして霊廟を出るべくグイドは早足で歩き出す。

 拝命したエンマが、ちらりと肩越しにディーハを見やってきた。


「お前は残れ。ナンナも」

「……はい」


 ナンナの返事を待たずに、エンマはグイドについて大股で歩き去って行った。

 ユインの掲げている松明の明かりが遠ざかっていく。

 

 三人の侵略者の姿が完全に見えなくなった後、ミラがユリカに歩み寄る。

 

「この子に天水があまり効かないのなら、とにかく血を止めて。あとは動かさないようにしないと」

「……分かった」


 ユリカの側頭部が血でじっとりと濡れている。

 壁にぶつかった際に頭のどこかを切ってしまったのだ。ディーハがおろおろとしていると、ミラが彼からユリカの身体を奪い、てきぱきと手当をする。


 出血したせいか蒼白になっているユリカをそっとタイルの床に横たえるミラ。

 波打つ髪を髪を撫でて整えてやる。赤毛の髪越しですら血の色がはっきりと見えている。


「ごめんなさいね、こんな役回りをさせてしまって」


 慈しむようにユリカの頬を撫でるミラの顔に、僅かに後悔の色が混じっているように見えた。


◆◆◆


 夢を見た。


 人々が、夜空の下で宴をしていた。漆黒の天蓋で無尽の星が瞬き、月が眩いまでに輝いていた。


 炎の周りに集まった、その場に残る者、離れて暮らす者、再び長い旅に出る者。皆が揃って、歌い、踊り、そして泣いた。だがその顔に悲しみはなかった。

 笑って、笑いながら泣いて、悲嘆だけは喉の奥に押し込んで。


 長い夜が終わり、やがて、東の空が白み始める。

 それは旅立ちの合図でもあった。

 民の命を繋ぐために、最も遠くへ去る者達が山を下りるのだ。


 改めて、皆で抱き合った。手を握り合い、誓い合った。


「いつか、また会おう。子か孫か……どんなに先になっても、いつか、必ず、この明け空の下で」


 群青の空に浮かぶ三日月が、気高く輝きを保っていた。


 ◆◆◆

 


 目を覚ますと、見知らぬ天井が視界いっぱいに広がっていた。


 石造りの、白いものだった。しばらくぼんやりとしていたが、やがて直前の記憶が蘇ってくる。

 三手に分かれたかつての同胞たち。世代を経るうちに薄れていく絆と記憶。そしてついに起きた、同胞が同胞に刃を向けるという最悪の事態――


「!」


 ユリカは飛び起きた。

 途端に頭が内側からズキズキと痛み、蹲る。


 それどころか虜囚として行軍に従わされた分の疲労までが全身を包んでおり、まどろんでいた間の切なく幸せな気分が吹き飛ぶ。


「起きたのか」


 クルトが横に駆け寄ってきた。姿を認めたユリカはその袖を掴み縋る。


「ルンノは、わたしの、村は……」

「……」


 言いにくそうに視線を逸らすクルト。


「君が怪我をしてからそんなに時間は経ってない。まだ、移動中だとは思うが……」


 そこは寝室のようだった。

 石を積み上げた簡素なつくりの空間を、壁の小さな灯火が照らしている。

 水都に戻ったためか、クルトの顔色は良い。


 ユリカは寝台から足を下ろす。そして立ち上がろうとしたところで、12歳の大人の天人に止められる。


「まだ寝ていた方が良い」

「でも、止めなきゃ」


「無理だ。君も知ってるだろ、砂里の戦士にどうやって抗うつもりだ。やつら、大人しくしていれば殺しはしないだろう」

「それでも……!」


 軽く肩を押されただけで、ユリカはすとんと寝台に崩れる。

 全身の重さに加えて、行き場のない焦燥感が内側から溢れ出しそうなほどになっていた。


「ごめん。今になって、砂里に居た頃のクルトの気持ちが分かった。わたし、身勝手だ」


 俯きながら吐露するうち、涙で視界がぼやけた。

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