第25話 霊廟・2


 霊峰に穿たれた霊廟という名の巨大な洞穴は、奥に行くほどむしろ美しいつくりをしていた。

 ユリカ達が今歩いているところなど純白の磨かれた壁をしており、美しく彫刻された柱が据えられている。

 遺骸を納める窪みも決まった大きさで規則的に造られており、まるで神殿のようにおごそかな空気が満ちていた。


「ここを造ったのは、二百年前にここに水都を築いた父祖達。

 仲間が命を落としても骸が朽ちないことに気づいた彼らは、霊峰の岩肌を深く深く掘り進め、自分達が永遠に眠るための玄室を用意した。

 そして、奥から順に骸を納めていったの。時代が移るにつれて管理がおろそかになって、今みたいになってしまったのだけれど」


 確かに、入り口の方に比べても今居る所の方がはるかに心を込めて造られているのが分かる。

 空いた壁には彫刻が施され、地面にしかれた石畳にも美しい紋様が描かれている。


 これはグイドに聞かせている形を取りながらも、ミラはユリカへ口伝をしようとしているのかもしれない。

 そう気づいて、ユリカもミラの背を目で追い始めた。


「天人は美しく、ただ天水を飲むだけで病も怪我も知らず、ただ音楽と詩でもひねりながら幸せに暮らしている。

 それは事実よ。紛れもない事実。

 つい昨日、つい先ほどまで水都はそういう光景だった。

 下の世界のことなどお構いなし、夢のような都で豊かな水で果実を育て、水と戯れながら幸せに生きて幸せに死ぬ。

 ――でもね」


 そこまで言うと、ミラはいったん立ち止まった。

 背後を僅かに仰ぎ、何とかついてきているクルトを見やった。


「クルト。きみは、今何歳?」

「23……それが、何か」


「じゃあ、次の冬至のあとは何歳?」

「24だ、当たり前だろう」


「そうね。じゃあ、これが最後。その次の夏至の後には、クルトくんは何歳になっている?」


 それは、やけに強い声だった。


 皆が固唾を呑んで耳を澄ませる中、注目の集まってしまったクルトは居心地悪そうに身じろぎしてから、口を開いた。


「25だが」


 ――そう答えた瞬間、その場に居るほとんどの者が息を呑んだ。ミラは見透かすような目をする。


「そう。これが、天人の歳の数え方。

 生まれてから夏至と冬至を越えるたびに一つずつ年をとっていく。一年で二歳ずつ」

「じゃあ、先輩は……」


 思わず呟いたディーハに、ミラが頷いてみせた。


「生まれてから、12年しか経ってないわ」


 ◆◆◆


 示し合わせたわけでもないが、皆で思わず足を止めてしまっていた。

 静寂の中、松明の炎が揺らめき、壁に縫い付けられた影がうごめく。


 ユリカも天人の年齢は分かりづらいと思ったことがあった。それも当然のことだった。そもそも年齢の数え方が違ったのだから。


「よそでは一年に一回しか歳が増えないのよ」


 ミラがだめ押しのようにそう言うと、クルトはぐらりと揺れる。

 それまで立っていた地面が実は傾いていたことに気づいてしまったかのようだった。ユリカは慌てて手を伸ばしてクルトを支える。


「あなたは外の年齢で言うなら、12歳。

 天水のおかげで成長の度合いも違うから、単純に比べることはできないけどね」 

「そんな……」


 クルトが呻く。 


 突然告げられた事実に、その場の全員が困惑していた。

 なぜ、今ここでそんなことを話し出すのか。未だミラの見せたいものの様相が欠片ほども見えてこなかった。

 

「天人は特別なのよ。特別美しくて、特別歳を取りやすくて、死しても特別に、朽ちない」


「回りくどい言い方はやめろ。ここで延々と昔話を聞いている暇はない」


「ええ、そうね。ではとにかく奥まで行きましょう」


 グイドに促されたミラが、再び歩き始める。

 やがて闇の中から霊廟の終わりが浮かび上がるようにして現れた。そこはよりいっそう美しい装飾の施された壁だった。


 いくつものツタが絡み合い荘厳な意匠をしたそれを、ユリカはどこかで見たことがある気がした。


 奥の壁には、横に並んだ三つの窪みがあった。

 そこにはそれまでと同じように天人の遺骸が安置されているように見えた。


「これが、はじまりの三人。

 二百年前に、星の導きによってこの奇跡の水源を見つけ定住を決めた一族の長達」


 ミラはその前に立って、少しの間黙礼をした後、ゆっくりとグイド達に向き直った。


「乾きの時代、放浪の末、最後の望みをかけて霊峰に登ったとある一族が居た。

 天から流れ落ちる星を見つけ、祈るようにそれを追って、この水の湧く場所を見つけた――」


 ミラは静かに語り続けた。

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