第24話 霊廟

 狭い通路を少し歩くと、やがてそこは山の内部とは思えないほど広い空間となっていた。


 まるで神殿のように漆喰で塗り固められ、石の柱が高い天井を支えている。


 ユリカとクルトの拘束は解かれていた。それぞれディーハとナンナがおり、もし叛意を見せたとしてもすぐに制圧できるという目算からだろう。


「待たせたわね、行きましょう」


 先導していたミラが奥で待っていた者に声をかける。


 族長グイドとその腹心エンマとユインだった。エンマは白い布に包まれたセドリクの遺骸を肩にかついでいた。


「見せたいものは、この一番奥。二百年の骸の並ぶこの霊廟の、はじまりの場所にあるわ。ついてきなさい」


 そう言って、ミラはグイド達の横をすり抜け、慣れた様子で暗闇の中へと踏み入った。

 途中、ミラがグイドをちらりと横目で見る。


「――あなた、私が見ていない間に天人を殺したそうね」


「武器を持ち出し抵抗をしたからだ。刃物に素手で立ち向かう保証までした覚えはない。その後見せしめとして役に立ってくれたおかげで他は誰も死んでいないだろう」


「できれば、誰も殺さないで済んでほしかったのだけれど」


 ミラは静かに嘆息し、足を進めた。


「ここは、ご存じの通り、霊廟よ。死しても朽ちない天人の骸を永遠に納める場所」


 ミラが歩くと、長い黒髪が揺れる。

 松明の柔い明かりで照らされたそれはひどく妖しい美しさをしているようだった。


「どこから話せばいいかしらね。とても長くなるわ」

「ご託は結構だ。水源の秘蹟を教えていただこう」


 グイドが静かにそう言うと、ミラはちらりと横顔を見せたが、すぐに前に向き直る。


「その説明よ。ちゃんとお聞きなさい」


 ホールのようになっていた広い空間を抜けると、また別の広間のようになっていた。

 そこに踏み入った瞬間、横に見えたものに気づき、ユリカは硬直した。


「……っ」


 思わず因縁も忘れてディーハの袖を掴む。

 ディーハも驚いてはいたが、そこに恐怖の感情はないようだった。


 左右の壁に上から下までびっしりといくつもの大きな窪みがある。


 窪ませたそこには――天人の遺骸が横たえられていた。


 死してもなお、天人は美しい。

 それがいっそう不気味でもあった。


 ディーハが外套を拡げ、その内にユリカを招き入れてくれた。ユリカは是非もなくそれに縋る。背に添えられた手が温かかった。


 死しても朽ちることのないという天人。

 二百年分の骸があるというのならば相当の数になるはずだった。


 霊廟は奥まで続いている。

 ミラは慣れた様子で進むが、グイドやエンマですらその光景には多少の動揺を禁じ得ないようだった。


 クルトはここにたどり着くまでに天水を飲み多少は回復していたが、この状況で元気に立っていることは流石にできていない。


「ここでいいわ、ありがとう」


 途中で不意に立ち止まったミラはそう言って、エンマからセドリクの遺骸を受け取った。

 そして布を丁寧に開いた後、近くの壁に二つあいていたうちの一つの窪みに、眠っているかのように目を閉ざしている彼を横たえた。


 少しの間祈るように目を閉ざしていたミラは、その後再びグイド達を導きながら奥へと進む。


 ユリカの村では、死者は土に弔われる。やがて朽ちて土になり、霊峰の一部になっていく。

 砂里では、やはり同じように砂の中に骸を埋めて別れるのだという。砂流しというその儀式を、マフトマ夫妻のために行ったばかりだった。


「すごいでしょう。このあたりはもう50年くらい前のものね。けれど、どこも朽ちていない」


 ミラが傍らの骸を示す。

 見る気にもなれず、ユリカはディーハの支えを借りながら何とか足を進めていた。不気味で、怖くて、すぐにでも逃げ出したかった。


 だが、心のどこかで彼女の話を最後まで聞かなければならないという、魔女の資質を持つ者としての使命感もあった。


「見せたいものは、もっと奥。二百年前の骸のところよ」


 そう言って、ミラは明かりも持たずにすたすたと進む。

 彼女を追う面子の中で冷静な様子をしているのはグイドのみで、斬ったはったに慣れているはずの砂里の戦士ですら、延々と続く遺骸の壁には気圧されているようだった。


 砂里にて虜囚であった頃のミラは、ただ静かにセドリクに寄り添っていた。

 その佇まいはきっとこの場所、この瞬間のためにじっと伏臥していたのだと今なら分かる。


 霊廟の主のごとき振る舞いで、ミラは奥へと進んでいく。


「あなた方はどの程度、天人について知っているの?

 天人はまるで雲上の神々のように美しく、老いることもなく、死しても朽ちない――といった程度かしらね」


 誰からも、返答はなかった。


「そして、不思議な力で水を無限に生み出し、この乾きの時代に享楽を謳歌している、と」

「何が言いたい」


 唸ったのはグイドだった。

 それまで黙って聞いていた彼は、剣の束に手を置き、蓄積した怒気を隠そうとしなくなった。


「もう少しよ。あなたたち皆に見て貰わないといけないものがある」


 ミラは振り向かない。黒髪を揺らし、奥へ奥へ。

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