第23話 霊廟へ

 夕刻、外套を深く被ったその者達は、つむじ風のように町を侵していった。


 塵すらないような整えられた白い水都の中で、彼らは強烈な違和感を放ちながら、まるで通りを一本一本砂里の色に染めていくかのように武力で制圧をしていった。


 抵抗する者はほとんど居なかった。

 何人かの男はなけなしの武器を持ち抵抗を試みたが、躊躇いなく繰り出された拳により昏倒した。


 動揺し、怯え、ただ抱き合って涙を浮かべ、震える。争いを好まない天人は、他にできることがなかった。


 中央の噴水広場では、天人達が集められていた。

 男も女も、大人も子供も、怯え絶望して身を寄せ合っている。


 その前には一人の天人の遺骸が横たわっていた。

 

 刃で斬られ、赤黒い血が広場の石畳に広がっている。評議会の人間だった。

 噴水の天水を求めるかのように手を伸ばしたまま、無惨に絶命している。


 集団の隅で、天人の母子が抱き合って震えていた。

 幼いその子は事態が飲み込めておらず、ただ母親の怯えを感じ取って不安げな顔をしていた。


「すません、ちょっとお伺いしたいんですけど」

「ひっ……」


 唐突に背後から声をかけられ、母親が息を呑む。


 振り向くと、そこにはなぜか天人の幼児を肩車した砂里の男が立っていた。


 すらりとした長躯のその男の上で、泣きはらした目をした幼児はきょとんとしたまま男の頭にしがみついている。

 遺骸を見せないようにうまく身体を揺らしながらごまかしているようだった。


「この子、向こうの通りで家族とはぐれちゃったみたいなんだ。親御さんここにいるか分かります?」


 母親が動揺しながらも周囲を見渡す。

 顔見知りの子ではあったが、その両親は見当たらなかった。


「いえ……」

「じゃあ先に修学寮ってところに入っちゃったのかな。ありがとう。


 ところでもう一つお願いがあるんだけど」


「はい……?」


 肩車した天人の子をあやしながら、砂里の男は頭を下げるそぶりをする。


「霊廟ってどっちに行けばいいですかね?」


 母親が震える手で行き先を指さすと、男はありがとうの後に小さくごめんねと言い残し、その場を去って行った。


「さ、お母さんとお父さんに会いに行こうな」という声が最後に聞こえてきた。


 乗せている幼子の背をぽんぽんと叩いてあやしている男と、自分達の背後に横たわっている骸と。

 相反するようなそれらを交互に見やった母親は、ただ子供を固く抱き締めた。


  ◆◆◆


 ナンナに伴われて水都に入ったユリカとクルトは、真っ直ぐに集合地点である水都の最奥、霊廟に向かっていた。


 長年憧れていた水都に来たというのに、ユリカの気分は沈みきっていた。

 白く整えられた都のところどころで砂里の戦士が灯していった松明が置いてある。さらさらと脇の水路を流れている天水にその光が反射し、揺らいでいた。


 霊廟は山肌に面しており、門構えだけがそこに貼り付いているようだった。

 中は山肌をくりぬいて奥に空間が作られているとのことだった。


「天人はほとんど、修学寮に収容したみたいね」


 既に通りに人気はない。

 まるで見知った街であるかのように歩くナンナに導かれて、ユリカとクルトは霊廟の入り口へと到達する。


「来たわね。皆、中にいらっしゃい」


 艶やかな声が響く。

 はじかれたようにユリカが顔を上げると、階段を少し上った先、霊廟の入り口に魔女であるミラが佇んでいた。


「ミラ!」


 クルトが怒気を含んだ声で呼びかけると、優美に笑うミラ。

 水都のこの状況を招く元凶であるとは思えない笑顔だった。


 その後ディーハも遅れて到着した後、ナンナが先頭になり松明を掲げながら、ユリカ達は霊廟の中へ入っていった。

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