第20話 月夜の侵攻
いっぽう、ユリカをはじめとする捕虜達は、それまでの馴れ合いを破棄し、まるで仕切り直すかのように拘束された。
セドリクの遺骸を擁したミラは行軍に同行することになっている。
クルトも人質としての価値があると連れていかれることとなった。
ユリカは水都攻めそのものでは利用価値はないものの、その後のルンノに対する交渉材料なり人質になり得るとして、野営地までは引き上げられることとなった。
これらは、いずれもエンマとディーハが口八丁で作り出した理由だった。
内通者であり案内人ともなりうるミラはともかく、クルトとユリカは用済みであり、砂地に捨て置かれてもおかしくない身分だったが、アニとユニ、そしてサナイにも縁のできてしまった若人達を、情に厚い砂里の男は見捨てることができなかったのだ。
とはいえエンマが族長の片腕であることは紛れもない事実で、水都攻めが確たるもののなって以来、クルトがエンマを見る目はよりいっそう険しいものとなった。
エンマ自身もそれ以上の情をかけないようにするためか、ほぼ天幕へ戻ることは無くなっていた。
アニとユニは幼いながらも事情を分かっているらしく、サナイから端布と糸を貰いせっせとお守りを作っていた。
ディーハは変わらず留守居としてエンマの天幕でユリカ達を見張っていたが、口数も少なくどこか後ろめたそうにしていた。
ユリカもそれ以上踏み入って距離を縮める勇気もなく、ただ虜囚として静かに時を過ごした。
◆◆◆
そして、満月の夜。
昼の間静まりかえっていた砂里は、日没と同時に蠢動を始めた。
あらかじめ骨組みをいくつか抜いていた天幕はあっという間に解体される。
荷役用の馬を総動員し、麓で待機する組のためのいくつかの天幕の資材を積み、西へと進ませる。残った天幕は砂に横たえ、必要なものだけを携えてその場を後にする。
円い銀月は煌煌と砂を照らしている。
その下で、民の行動は迅速だった。本当に必要な荷物だけを抱えて、女も子供も、老いた者も。西にそびえる霊峰に向かって歩き始めた。
今の湧水点を引き払ったのは、もはや他に行けるところなどどこにもないと思い知らせ戦士を奮い立たせるためのグイドの計らいのようだった。
情報を交わすことなどを避けるためか、捕虜のミラ、クルト、ユリカはそれぞれ別の集団に放り込まれ、ユリカは腕を拘束され、女達と共に歩かされることとなった。
ユインの他、数人の女戦士が勇ましく武装をしており、ユリカも監視されていた。
残る女達は自分で持てる荷物だけを抱え、黙々と西へと進んでいる。
アニとユニも手を繋いでいっしょうけんめい歩いていたが、どちらかが転び片割れも巻き込まれ、ごろごろと何度も転んでいた。
サナイは足が萎えているためそりに乗せられている。
遅れて出発したその馬がちょうどその横を通りかかった際、そりの上ですら縫い物をしているサナイの姿を認め、ユリカは声をかけた。
「おばあちゃん、それは……?」
「おまえの花嫁衣装だよ」
「!」
いつも背を向けてせっせと縫い物をしていたのは知っていた。
双子の服でも作っているのかと思っていたが、掲げて拡げられたそれは、優美な曲線をした美しい装束だった。
白い生地に青い糸で端麗な刺繍が施されており、溜息が出るほど美しい出来をしている。
「ふつうは婿の母親が作って嫁によこすもんだが、あの悪戯坊主に母親はおらんでな。まだここの刺繍が終わっておらん、後で取りに来な」
「…………、うん」
喉が詰まり、それ以上の返事ができなかった。
ユリカはそりを離れたあと、静かに泣いた。
足を止めると、隊列の女が寄ってきた。
かつて水浴びした際に手伝ってくれた女達だった。
「どこか痛いのかい?」
「エンマのやつこんなに強く縛るこたないのに」
「あんたは気立ても良いし、きっといい子を産める。里の女になっちゃいな」
などと口々に語りかけてくる。
どうして、優しい人たちが優しいままでいられないのだろう。
俯くと、ユリカのその涙は音もなく砂に吸い込まれていった。
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