第11話 砂里・2

 砂里での捕虜としての暮らしは、それほど悪いものではなかった。


 一晩明けると、老婆サナイはユリカとクルトを客どころかそこらの支族の子供と思い込んで世話をし始めるし、双子の女児アニとユニはオモチャが舞い込んできた程度にしか思っていないようだった。


 エンマは砂里の戦士の中でも重要な地位にいるらしく、翌朝すぐに天幕を出て行ったが、入れ替わりでディーハが満面の笑みでやってきて、当たり前のような顔をして朝食をがっついている。


「婆ちゃんおかわり!」


 当たり前のように椀を差し出しコーン粥をねだるディーハ。


 変わらずぐったりとしているクルトには双子がつきっきりで構っている。

 金色の髪がよほど珍しいらしく、クルトに抵抗する気力がないのをいいことにつまんだり撫でたり結んだりとやりたい放題をしていた。

 そしてサナイは孫よりも先に嫁取りに成功したことになっているディーハにぶつぶつと言いつつも粥を足してやっている。


 初夏のはずだがそれほど暑くもなく、敷布はひんやりとしていた。

 厚かましくも三度目の椀を掲げようとしているディーハに手をつけていない自身のものを与えてから、ユリカは食物どころか水分すらも摂っていないクルトににじり寄った。


「果物くらい、食べないと」


 だがクルトはそれなりに場に馴染んでいるユリカのことすら敵のように睨みつけてくる。


「たべなよ~」


 おさげ頭をした少女二人が自分の分をクルトの頬にぐりぐりとおしつける。


「はなせ、やめろ……っ」


 と抵抗する間に、アニに何かの果肉をねじこまれるクルト。

 もごもごとしていたが流石に吐き出すことはせず、眉間に皺を作っていたものの何とか嚥下をしていた。


「おいしい~?」

「うまい~?」


 ユリカが食べさせたときは必ず不味いと返事していたクルトだったが、あどけない二人の期待いっぱいの眼差しは拒めなかったようだ。

 気まずそうに目を逸らした後、曖昧に頷いていた。


「良かったねえ」

「元気出してね~」


 大人達の事情など知らずただ顔色の悪い男の子を励ます少女達。

 クルトの複雑な心中は察するにあまりあるが、何をするにもまず今日を生き延びることが最重要だった。

 彼女達に任せればひとまずは大丈夫だろう、そう思ってユリカは少しだけ肩の力を抜いた。


 ◆◆◆


 エンマは日中ずっと戻ってこなかった。

 きっと水都を攻める算段をつけているのだろう。


 そう思うとただ留め置かれているこの状況を何とか打開したいという気持ちになるのだが、実際にはディーハがへらへら笑いつつも抜け目なくユリカ達を見張っている。刃物どころか尖った物すら近づけさせてもらえない。

 気の抜けたような顔をしてはいるが、少しでも不審な動きをすればあっという間に制圧すべく動ける姿勢を取っているようだ。


 アニとユニが友達に誘われたとかで出て行った後、ディーハがやたらと構って欲しそうにちらちら見てくるのに気づかないふりをして、ユリカは横になっているクルトに囁きかけた。


「大丈夫?」

「そう思うなら、あの子達を何とかしろ」


 天幕の隅でユリカに背を向けたままのクルト。

 さらさらの金髪には細い布の帯がぐちゃぐちゃに巻かれている。


「とにかく、今は食べられそうなものはできるだけちゃんと食べないと」

「……水都が砂里に滅ぼされるというなら、生きていても意味が無くなる」


「それは、そうだけど……そういえば、連れてこられたときに何を訊かれていたの?」

「水都の内部構造や入り口の位置だ。

 けど、僕が教えなくてもやつらは先に知ってたんだ……セドリク先生が、事細かに、絵までつけて説明したって。僕はその真偽について尋ねられただけ」

「あの人が……」


 ユリカは捕虜の天幕に力なく横たわっていた白髪の男を思い出す。

 クルト以上に顔色が悪く、起き上がる気力もないほど衰弱していた。


 クルトは苦しそうに声を漏らす。


「先生は……攫われて来たんじゃなくて、魔女ミラを連れて、自分で水都を出奔したんだ。

 そして砂里にかけあって、水都の情報と引き替えに、保護して貰ったんだ。

 彼らは……裏切者だ」


「何で、そんなことを」


「先生は魔女ミラのことが好きなんだ。

 いつも、魔女が水都で必要以上に蔑まれていることをいやがってた。魔女は水都の中で歩くことの許される道も少ないし、そもそも外出すらあまりできない。

 ……死者を霊廟に納めるときなど、水都の皆が堅く戸締まりした中で一人だけで遺骸を運ばされるんだ。

 まるで忌むべき存在みたいな扱いを受けている。それが許せなかったんだろう」


 クルトの表情にはどこかあきらめのような色があった。


「先生は、魔女ミラを水都という枷から解放したいのかもしれない」

「……それで、わたしが繰り上がりみたいに魔女に誘われたんだね」


 もはや逃げる幸せも残っていない気がした。ユリカは俯き、唇を噛む。


 砂里の戦士たるディーハは聞こえないふりをしているし、サナイは何やら座り込んで繕い物をしている。

 そんなときのこと。嫌な空気に包まれてしまった天幕の中に、不意に、わっと外からの声が聞こえた。どよめきの唱和のようだった。


「む」


 ディーハが首を巡らせ音の源を探る。

 その後天幕から顔を出して様子を窺ってから、どこか困った顔で呟いた。


「決闘かあ。見に行きたいけどなあ……アニユニ帰ってくるかな」

「……け、決闘?」

「そ、決闘」


 言いながら、ディーハは腰に佩いているナイフを示す。


「砂里の掟でさ、何かを決めるときに意見が分かれて、話し合いで解決しそうになかったら支族の長同士で決闘すんの。で、勝った方に従う」


 情けない村長のもと一応は一丸となって村の暮らしを続けてきたユリカの価値観からすれば物騒にしか聞こえない手段ではあったが、きっとそれは戦士の支族の集合体である砂里にとっては合理的な解決方法なのだろう。


「うわ、やっぱりカマクさんかぁ。見たいなあ……」


 何度も天幕の外とユリカ達を交互に見やるディーハ。

 ちょうどそのとき、おそらく帰るように大人に指示されたらしきアニとユニがぷうぷうと口を尖らせながら天幕に戻ってきた。


「つまんなーい!」

「おもしろくなーい!」


 言いつつも、お人形もといクルトのところに駆け寄り、双子は再びかいがいしく天人の世話を再開する。


「よし、お姫様達、お客さんのお世話、よろしくな?

 兄ちゃんはちょっと外ですっごい大事な仕事してくるからな。ちなみにこれ叔父さんには内緒な?」


「はあーい。ちゃんとおいたんに言っとく」

「ディーが逃げたって言っとく」

「ちがーうってば」


 そのとき再びどよめきが起きる。


 いてもたってもいられなくなったディーハが、双子に捕まったクルトはともかくとしてユリカの方を困った様子で見つめた後、


「仕方ない、おいで」


 と、おもむろにユリカの手を取って天幕を出た。

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