第5話 流れた星

 長旅を終え、また二人だけの静かな生活が始まる。風が冷たさを帯びる季節になり、本格的に暖炉の出番となった。


「水やり終わりました~」


 ステラがそう言いながら入ってきて、手に息を吹きかけるのが聞こえてくる。早く暖炉の近くで暖まるように促し、昨日から作っておいたスープを魔法で丁度良い具合に温めた。ステラに手渡すと嬉しそうにお礼を言われ、静かに啜る音がする。

 そんな、少しずつ慣れはじめた生活音に安心したのか、私はいつの間にかスープを飲むステラの向かい側で眠ってしまっていたようで――。


「魔女さん、もう夕食の時間ですよ」


 肩を揺さぶられ、目を覚ますと既に美味しそうな良い匂いがする。


「……作ってくれたのか。悪かったな、長い昼寝をしてしまって」


「良いんじゃないですか。だって、魔女さんの時間は魔女さんの時間なんですから」


 ゆったりとした口調でそう言うと、ステラは私の手を引っ張って食卓まで連れて行き、自分も私の向かい側に腰を下ろした。どちらからともなく「いただきます」と声を合わせる。

 ステラの作ってくれたものは、シチューだった。

 村でもらってきた調味料と畑で採れた野菜。使っている物は同じはずなのに、自分が普段作っているものとはまた違う味を醸し出していて新鮮に感じる。

 ほぼ同時に食べ終わって、また「ごちそうさま」と声を合わせた。

 後片付けを済ませ思い思いに過ごしていると、不意にステラがいつもと違う声音で話しかけてくる。


「魔女さん、よく夜空を見上げていますよね」


「ああ……見えなくても、昔の癖でつい、な」


「……星を見るの、好きなんですか?」


 ステラは躊躇いがちに尋ねてきた。その言葉に、遠い記憶――まだ見えていた頃に目にした星空が脳裏に蘇る。


「幼い頃、孤児だった私はよく夜空を見上げていた。何も頼るものがなかった私にとって、暗い空に輝く星は希望だった。あの光が、温かく優しい光で輝いていてくれたから、私はあの日々を生き抜けたんだ」


 私と同じような境遇の者もいたが、私には魔法があるからと誰も仲間に入れようとも手を差し伸べようともしなかった。魔法が使えても、食料や衣服が手に入るわけではない。そんな日々で、星の光は唯一のよりどころであり希望だった。


「星、好きですか?」


「好きだよ。感謝もしているし、できることなら息絶える前にもう一度……」


 奇跡が起こらない限り、あり得ないことを口にしようとして止める。ステラだって、そんなことを聞かされても困るだけだろう。


「魔女さんの願いは、きっと届いていますよ」


 表情は見えないのに、笑顔を向けられていると分かった。けれど、何か様子が変だ。


「ステラ……?」


「魔女さん、流れ星って見たことありますか?」


「いや、見えている頃には見ることは出来なかったな」


 違和感を感じながらも聞かれたことに答えると、ステラは少し涙声になって言った。


「流れ星は、願いを叶えることができるんですよ。進路を間違えるドジな流れ星でも、願いを叶えられるんです」


 その日、ステラは何故か私のベッドに潜り込んできて一緒に眠った。いつもは別で寝ているのに。ステラが何故そうしてきたかいくら考えても正解は出なかったが、ただ一つ……少しだけ悪い予感はしていた

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