家と生きるということ

 この時代の家は、大きく分けて三パターンあった。



 一つは任意の場所まで家が移動していき、ある地点で停止するような、いわゆる"目的自走型"のもの。

 営業などで稼ぎ頭が何度も転居を繰り返すような家庭などはこれを購入し、その地点から職場の近くに移動して定住する、というのがセオリーだった。

 この家は動き続けることが目的では無く、あくまで最初の居住地を決めるときと、転居をするときだけしか移動することを考えていないので、作りが割としっかりしているという特徴があった。

 

 その特徴を活かして、この世界における、いわゆるアパートのような一つの建物に何個もの部屋が区分けされており、何世帯もが暮らせるようになっているものもこの形態が一般的だった。

 というより、その形しか見たことがない気がする。


 昔はそんな目的自走型を見ながら、羨ましいなあだなんて思ったこともあったっけ。

 今となってはヤモちゃん以上の家なんてどこにもないと、胸を張っていえるけれど。


 それでも、周りの子ども達に馬鹿にされたときは奥歯を噛みしめるときも何度かあった。



 二つ目は、以前源さんと会ったときに近くにあった"デカぶつ"。これは"大樹固定型"と呼ばれ、大体は俗にいう金持ちたちが住んでいるか、観光地のような場所に宿として建っているかどちらかだった。

 このタイプは、目を見張るほどの大木に数え切れないほどの部屋数が割り振られており、部屋の中には最新型の設備が備わっていてこの上なく過ごしやすいのだという。


 大樹固定型、というだけあって、このタイプの建造物は基本的に一切動くことは無い。

 ただ建造物として育てられた場所で根を張り、人と共に生きていく。

 

 噂によると、あれは数多の住宅の集合体で、それぞれの住宅の都合の良い遺伝子だけを取り込み、全体の遺伝子を常に書き換えた結果できたものだとか―――。

 自分が行ったことが無いし、根拠という根拠が無いからあくまで噂止まりだけど。



 そして最後の三つ目が、僕らのようなのが住んでいる不規則に動き回るタイプ。

 これらは一つ目の目的自走型に至るまでの"失敗作"と呼ばれるものだった。いわば旧型である。

 目的自走型は行き先を指定でき、その目的地以外を彷徨うことは無い。だからエネルギー効率も良いし、突拍子もない場所に飛ばされる心配も無い。


 しかしここまで改良されるまでには苦難が多かったようで、その改良途中で"行き先を指定できないけれど、自走可能な住居"というものが生まれたという。

 その改良途中の旧型が今でも使われているのには、それ相応のニーズがあるからなんだろうと思う。


 まず目的自走型に比べて内装含め、全体的に作りもサイズも控えめな旧型は比較的安価な傾向がある。それ故に、僕らみたいな裕福でない人たちにとっては良い住まいとなる。

 加えて、旅人のような行き先を決めずに彷徨うことを生きがいとしている人たちにとってしてみたら、この旧型は安価で、それでいて雨風もしのげる移動式の住居であり、とても便利な代物なのだろうと思う。

 

 逆に言えば、そうでもない限りは常に不規則に動き回るこの家はとても不便だと捉えられるものなのだろう。



 この三つの家にはそれぞれ利点があり、欠点がありながら、同時にそこには間違いなく格差というモノが存在していた。


     *

 

 僕と源さんが昔話に花を咲かせていると、周囲から嫌な視線を感じた。


「あの人たち、"旧型"の集まりじゃない?」

「そうよ、あのサイズと貧相な感じ、絶対そう。しかもあの子ひとりであんなに健気に商売なんかして、かわいそうに」

「きっと両親がろくでもないのよ、ほんとに、見てられないわ」


 望んでもない慈悲ほど、切なくなるものはない。

 初めは後ろを向いていた源さんも、ねちっこい彼女たちの言葉が耳に障ったようで、

「なあに知ったような口ぶりで言ってやがんだ? お前らには関係ないだろう。それとも何か? 人形、買ってくのか? そうじゃないならとっとと失せな」

 と一声でおばさんたちを追っ払った。


 彼女たちは「あら、言葉遣いが荒いこと―――」だとか「そんなだから―――」などと尽きない小言と共に去って行った。

 

 服装や進行方向からしてデカぶつの住民というわけではなさそうだが、そこらの目的自走型から見ても、僕らは憐れみの対象なのだろう。


「ケンちゃん、気にすることはないぞ。きっとご両親だって、今でもケンちゃんのこと―――」

「大丈夫だよ、源さん。ありがとう。俺には、ほら、ヤモちゃんがいるから」

 居心地が悪そうに僕を励ます源さんの言葉を遮り、僕は根っこを手のひらでポンと叩いて言った。

 周囲の目線とは逆に、なめらかで柔らかい手触りが僕の手のひらに広がる。


「なんだかね、ヤモちゃんはいつでも僕を守ってくれている気がするんだ。現に、ほら、見てくれよこの綺麗な木目。それとこの手触り。こりゃあ他にない味があると思うんだ」

「違いねえ。きっとヤモちゃんなりにケンちゃんを守ろうとしてるんだろうよ」

 ヤモちゃんに手を当てて思いを馳せる僕の横に移り、源さんもヤモちゃんに触れながらそう言った。



 半ば自分に言い聞かせたような言葉だったけど、僕は時々本当にヤモちゃんに守られているような気持ちになることがあった。

 その時、僕は決まって過去のことを思い出す。


 幼い頃、ヤモちゃんの周りで遊んだ思い出。ヤモちゃんの中で沢山お話しした思い出。樹の良い匂いがするなかで三人川の字になって寝た思い出。


 そのどの景色の中にも、両親の顔が色濃く写っていた。

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