僕とヤモちゃんの年輪
両親は、僕が四つの時に死んだ。詳細は聞いていないが、事故だったらしい。
僕の家に突然、両親が骨となって届けられた。その時初めて、人は死ぬと骨になることを知った。
旧型の家に住んでいるくらいだから、頼れる親族なんていなかった。そんな僕を助けてくれたのは、周りの大人達だった。
昔から繋がりがあったわけでも、僕の両親から僕を託されたわけでもない、正真正銘赤の他人のはずだった彼らは、僕をいつでも支えてくれた。
僕を彼らの家に呼んで、色々なものを振る舞ってくれたり、それでは家がどこかにいってしまうかもしれないと言った人たちは僕の家まで来てくれたりもした。日帰りでいろんな人が来て僕を世話してくれた光景は、誰がなんて言おうと優しさで溢れていた。
源さんは、そのうちの一人だった。
このような生活が始まったのは、紛れもなくあの骨が届けられた日からだった。当時の僕は、目の前の両親だったものを、どうすればいいのかすら分からなかった。
形式を知らなかったのもあるだろうけど、それ以上に、何も考えられなかったし、考えたくなかったんだと思う。
「一部は骨壺に残しておこう。俺たちで、いいものを取り繕ってやろうぜ。残りは―――そうだ、埋めてやったらどうだ? 家のすぐ下に」
誰かがそう言った。周りの大人達も、それがいい、と賛同していた。それにどのような意味があるのか、僕は分からなかったけれど。
なんとなく、両親がヤモちゃんの一部になる気がして、僕もそれに乗り気になっていた。今になっても、あの決断を後悔したことはない。
それから二日間、ヤモちゃんはその場を動かなかった。こんなことは初めてで、僕は少し戸惑った。
でも、ヤモちゃんもあの二人と少しでも一緒にいたいと思ってくれているのなら、と考えると自分の中で納得できてしまって、それ以上気にすることはなかった。
再び窓から見える景色が変わるようになった頃、ヤモちゃんの身体に変化が訪れた。
いきなり全身の質感が変化したのである。
元はただ硬く、なんだか冷たい感じのする、量産型の代表といえるような質感だった。
それがその時をきっかけに、暖かく、それでいてどこか柔らかさを感じられるように変化した。
例えるなら、そう、人のぬくもりが内在しているようだった。
こうなってからのヤモちゃんから出た廃材は、加工するのにもってこいの質感だった。
昔からヤモちゃんの身体のいらない部分を親に貰って、彫刻刀などで削っていろんなものを作って遊んでいたけれど、削りやすさも肌触りも、誰が見ても分かるほどに変化していた。
こうして、僕は両親の遺産が尽きた時のために、人形作りを始めたのだった。
初めはお遊びの工作程度で、売れものにはなりそうもなかったが、一年もするとある程度形になった。
それから五年経った今も、僕は人形作家として生きている。
「にしても、だいぶ離れたなあ、元いた場所から」
話題を変えようと、源さんはこちらを覗き込みながらそう言った。
「うん、でもいいんだ。あのデカぶつの近くじゃあ、人形が売れづらいんだもん」
「そうなのか? ああいう金持ちの方が好きそうなのにな、こういうインテリアみたいなのって」源さんは人形を眺めながらそう言った。
「住んでる世界が違うってだけで近寄ってこないんだよ、あの人たちは」
僕がそう言うと、源さんも心なしか哀しそうな顔をした。これは悪いことを言った、と思った僕が、悪かったと言って人形をもう一つ付けようとすると、源さんは「気にしてねえ、大丈夫だ」とそれを拒んだ。
「まあ、なんだ。あれは神木みたいなもんなのかもしれねえからなあ」
源さんはデカぶつの方を見つめている。その目はなんだか虚ろだ。
「そんなたいそうなもんじゃないと思うけどね―――僕は」
何かを知っているように語る源さんに、僕は怪訝な顔を向ける。
金持ちが住む家は神が宿るとでも? そんなばかな話があるはずも無い。
「いや、何でもねえ。どちらにせよ、あれから離れたのは良かったのかもな」
源さんは僕の頭をくしゃくしゃと撫で、暗い顔をみせずに姿を消した。
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