やっぱり源泉水は貴重なものだった
結城さんに怒られて林さんに案内されるまま皆さんの前に並ぶ。
知らない人に思いっきりみられてるし、村瀬たちの姿は見当たらない。
いや、遠くから声が聞こえてくるからこの中のどこかに居るのは分かったが、聞こえてないと思ったら大間違いだぞと俺が何かしでかしながら期待している話をする様子に俺もあっち側がいいなーなんて思いながらも山の気候とは違う暑さに上着を脱げば……
「相沢、上着は着ていなさい」
結城さんの小さな声での叱咤。
まあ、確かに上着脱いだら邪魔になるよなと思った所で本日のシャツを思い出した。
胸元にでかでかと書かれた
『そうだ、お山に帰ろう!』
俺の早く帰りたい思いを書き綴ったTシャツだったことを思い出した。
「その京都に行こうなんてノリのシャツ、どこで売ってる……」
平常心を保とうとしていても少しオコな結城さんに
「久野さんが作ってくれました!
試作のTシャツだからってプリントしてほしいものあるかって聞かれてたのに雪の写真は却下されたので」
白Tに真っ白の雪じゃ面白みがないと言われて思いついた言葉に俺は悪くないという様にきりっとしたいい顔で言うも
「だからってそれをここに着て来るか……」
「着替える機会があると思っていたので。まさかちょっこーで来ると思わなかったからでーっす」
再度俺は悪くないという様に言えば
「何のためにユニフォームを作ったか……」
頭が痛いという顔をする結城さんに最前列の人達は視線を反らせながら、はたまた目を瞑りながらもお腹をぴくぴくさせながらも俺達の茶番を黙って聞いてくれていた。みんな仲いいな。
「ええと、所でこれは何の集まりでしょうか?
移動中ずっと寝てたから俺何も聞いてませんが」
「安心しろ。これが本日のプログラムだ」
なんて一枚の紙きれを渡してくれてそれで十分だろと連絡はすべて終わり。さっきのタイミングで教えてくれればいいのに相変わらずの鬼仕様だ。
内容は挨拶から始まり、ダンジョンの1つを消滅させたことのおめでとう会からの俺達のご挨拶からの感想、そして攻略のコツとかをetc、etc……
うん。こういうの必要か?
自衛隊の人達とずぶずぶだからいろいろ諦めていた事もあるが、こういうのが一番必要ないんですけどと心の中でなんで止めてくれなかったのかと結城さんを呪っておく。
読んでいる合間にも司会進行役の人が嘖々と進めていた。
とりあえず俺達の事をほめてくれているようだけど目の前に並ぶ皆様の無表情さ。
「このギャップ耐えれないんだけど」
無表情の皆様に拍手される俺達。少しトラウマになりそうだ。ちなみに花梨は雪が空気を呼んでおねむだから抱っこしてと甘える様子に抱っこして寝かしつけていたので堂々とオール無視。子供と動物に弱いのはそんな花梨と雪を眺めている皆さまも同じのようだ。
良いなー花梨。雪しゃんに抱っこせがまれてなんて羨ましーなんて見ていればその向こう側に居た岳はすでに目を開けたまま眠っているようだった。
時々頭がコクリコくりと揺れるタイミング、まるで頷いているかのようなミラクルを連発する……
さすが成績はどん底でも教師たちからかわいがられるだけあるわとなぜか貧乏くじを引いてしまう俺は司会進行役の人と林さんと三人でいろいろ大学ダンジョンとは違ううちのダンジョンの話を披露することになった。なんたって攻略出発前に撮った動画が今世間を騒がしているからね。トイレダンジョンだって突っ込みが激しいけど無事帰ってきて寝落ちの所で終わる水井班の方たちが手を加えてくれた作業、あざーっす。
そんな事も含めた事を加えたやり取りもあって無事解放されれば次に案内されたのはおなじみのダンジョンの入り口だった。
「あ、斎藤さんだー」
数日ぶりの再会に思わず手を振れば、応えるように少し苦笑しながらも待機のポーズのままのお仕事モード中。おじゃまはしませんよとこれ以上絡むことをやめれば結城さんが
「本日は今夜からダンジョン攻略の為の説明と担当の斎藤班との顔合わせとする。
なお、本日この場をダンジョンの素材の受け渡しの場とし引き渡しを願いたい。質問は?」
「ダンジョン行くのは良いけど、その前にここのダンジョン少し借りてもいい?」
聞けば結城さんはまた何をやるという顔でめんどくさそうにするも
「これからダンジョンを潜る人たちにもひょっとしたら遭遇するかもしれない借金鳥を紹介したい。
この場に居る人はすでに知っている人の方が多いけど、改めて理解してほしいのもあるし、かといって呼べるかどうかは確実ではないので変な所で出会うよりもここをお借りして紹介をしたいと思います」
何をするつもりだというような結城さん。
俺はおしゃべりしながらもダンジョンの入り口に向かって歩き一歩入る手前で
「借金鳥おいで~」
「はあぁ~いいい」
たっぷり寝て回復した俺の魔力を大量消費して現れたのは全身真っ黒の……
同じく真っ黒な鎌を鈍い色で光らせた借金鳥だ。
本能的に未知の存在との対面に背筋を這い上がるようなぞっとした見た目と声。
脳裏にこびりつくその声色に今晩悪夢決定だと思うもそこそこ慣れた俺達←?
見た目も声も本能から拒絶するような恐怖を覚えるもののこの性格、なんかかわいいんだよなーととりあえずは
「来てくれて悪いな。とりあえずおにぎり食べてみるか?」
おにぎりを入れていたタッパーごと渡せばそのままおなかに向けて押し込んでの完食。
「美味いか?」
「美味い!」
ふさふさと羽を震わせて喜ぶその仕草、妙にヒトに近くてかわいいよなと思う俺はたぶんおかしいと思う。
周囲の人たちは魔物が喋ったと大騒ぎで交流が持てている事に驚きを隠せないでいるのに俺は工藤に向かって来いとゼスチャー。
顔を引きつらせながらも来る男は八桁の借金を背負う男。
前に何度も借金鳥に直接返済させたので度胸はついている。
だけどここはダンジョンの外。
ダンジョン内のスキルも能力も使えない今足取りは重い。
だけど奴隷となる覚悟を決めた工藤は重い足取りでも俺達の前にやってきて借金鳥と対面をする。
ダンジョンの入り口を境界に向かい合う工藤と借金鳥。
俺は工藤のステータスを起動して周囲の皆さんに見られても構わないという様に披露する。まあ、雪しゃんが見られても恥ずかしくない程度に鍛えてくれたから逆に驚かれるぐらいには育ったけど、レベル50オーバー。
これならどこに放り込んでも問題ないなと雪しゃんの教育は間違いではなかったことを飼い主として誇らしく思うのだった。
とりあえず俺はまずという様にダンジョンの中から一歩も出てこない借金鳥を確認して工藤にペットボトルを渡す。
国内中どこにでも見かける山の景色のラベルがまかれたヤツ。水なんて買う必要があるのかと言われたりもするペットボトルにたっぷりと入れた源泉水は約500ミリリットル。
工藤は恐る恐るという様に時には一気に飲み干してしまうそれを借金鳥へと渡した。
翼なのにまるで人の手のように動かして受け取り……
おなかへと押し込み、収納と同じく淡く借金鳥の腹の部分が柔らかく波打ちながら収められた。
消滅じゃなくって収納なんだよな。
おにぎり食べた時は波打つことなくもさもさと羽の間に消えていった感覚は間違いなかったかとこの実験が皆様の白い目を向けられながらも確信する。
一見非常に無駄な観察にも見えたが、俺的にはすごくすっきりとした気分なので問題は無いだろうし、実験とはそういうものだと俺は思っている。
だけどここで大問題が発生。
なんとあのペットボトル1本分で約100万円分の返済となってしまった。
みなさん借金鳥と交流ができる事にも驚いてくれたが、俺的にはその金額の高さに驚いてしまった。
1ケース24本で5ケース分を渡してしまえば完済の懸案。
本数なのかリットルなのかそこまでじっくり調べるには人目が多くて出来そうもないし緊張でそこまで目が向いていない工藤は置いておいて、林さんなんか納得いかないという顔をしていた。
だけど俺はその命を買うという事で金の力に頼った以上、その返済には協力することを決めていたから林さんは何か言いたそうだったけどそこは誰にも文句は言わせないという様に1ケースぶんを工藤に渡して借金鳥に返済させるのだった。
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