空気が美味し!
全力でここまで駆け抜けた終末を目の前にして全身の力が抜けた。
いくら俺がした事とはいえ目の前の、今も広がる血だまりに恐ろしさが後からやってきた。
光を失った目と俺の目が合っても目の前の結果をまだ受け入れきれない俺はぼんやりと見てしまうだけ。
だけど後悔はない。
万が一こいつが勝利したとしよう。
いくら考えてもまた新たな戦いが始まるだけ。
俺達の世界の蹂躙はもちろん勝利に酔いしれて残りの蝙蝠様たちの虐殺、そしてより一層厳しくなったヒエラルキーが生まれるそんな世界が出来上がるのだろう。
さらに世界が他にもある事を知っている以上、他の世界も支配下に置きたがる強欲で傲慢さ。
きっとダンジョンの数だけまたこいつらに会う事になるのだろうけど、それでももう12枚の奴に会う事はない。
これが一番の大きな成果だ。たぶん。
ぼーっとしていれば次第に背中が温かくなってきた。
「遥っ!お願い!返事して!」
なんか名前を呼ばれている気がしてゆっくりと振り向いた。
どうやら花梨が必死に名前を呼んでくれていたらしい。
俺がどれだけ固まっていたのか知らないけど涙の溜まる目元が見えた。
首はぎこちなく、古いねじを回すように後ろへめぐらせば
「あ、バカやろっ……」
したたかな痛みと驚く視線、おもわずそむける視線、反射的に瞑る目がいくつも俺を取り囲んでいた。
「いっ、え?何?どんな状況?!」
「ぼーっとしてるお前に気合一発グーパンしたところ」
「なるほど……」
痛くはないけど驚きから急に頭が働きだせば背中の暖かさの原因でもある花梨は頭を何度もたたいていた。なんだろうこのかわいい生き物。ニヤニヤしてしまう代わりに俺をバカ呼ばわりしたのは工藤で、あまりにも綺麗に決まった右ストレートを打ち込んだ態勢のまま固まっていて、そんな俺達を囲むように千賀さん達もいた。
「大丈夫ですか?!」
きっと工藤に殴られた事ではないだろう心配をする橘さんにはとりあえずうんと頷いておく。そしていつの間にかその肩に雪が乗っているのは理解できなかった。さっきまで俺の服の中に居たのにいつの間に……
「それよりもアレ来るよ!早くお片付けしないと!」
岳の慌てる様子に働きだした頭はどんどんこの後の予定を一気に思い出して
「ヤバっ、光は?!」
「く、くるっ!」
「クッソ! 収納っっっ!!!」
戦いの余韻もなく容赦なしだな!なんて叫ぶ間もなくご褒美の宝箱の出現ではなく襲い来るように光があふれ、それは広がり……
またね
どこか遠くで不吉な言葉を聞いたような気がした。
「水井さん、サツマイモ全部抜きましたよ!」
「おう、サツマイモの蔓は取っておいてほしいと言われてるから袋の中に入れておいてくれ。それと……」
「畑は耕して石灰撒いてすき込んでおきました!」
「畝は作っておきました!」
「班長、草取り飽きました!」
「班長、佐藤が猫に絡まれて幸せそうに昇天してます!」
「イチゴチョコ大福のわんこ部隊、仕事をせずに癒されてる阿呆は川に捨ててこい」
「「「わふっ!!!」」」
「え?うそっ、ちょ、イチゴさんごめんなさい!チョコさんもごめんなさい!大福さん、お願いだから靴を脱がすのはやめて!あ、靴下まで!!! どこに持っていくの~!!!」
わっふわっふと尻尾を揺らしながら近くの川へと佐藤を連れていく秋田犬系雑種の力強さ。一体何を見ているのだろうと結城は庇が作る影の中で相沢からお願いされていた仕事をこなす水井班を眺めていた。もちろん足元では子猫たちがにゃーにゃー戯れている。
結城の本日の仕事は水井班の仕事を邪魔する子猫たちの監視と言う高難易度のミッション。踏ん張りの利かないあんよでもよちよちと思い思いの方向へと段ボール箱から脱出する毛玉の管理と隙を狙ってこちらをうかがっている野生動物との戦い。地上はもちろん上空からも襲われるこの環境。
「家の中でサークルか何かに入れて管理しておけばいいだろう」
といったものの
「そうやって一人で子ぬこたん達と戯れてにゃんにゃんするつもりでしょ!結城一佐不潔です!」
佐藤のわけわからん反論と水井班の白い目を食らう羽目になった。
仕方がないからこうやって水井班の仕事が見ることが出来るこの場所で子猫たちを連れてやってきたのだけどその瞬間どこからか現れたタヌキが子猫を連れてこうとしたところをやたらと風格のある猫達が撃退するという事件が勃発。
「結城一佐!ちゃんとぬっこ達の面倒見てください!」
「お、おう……」
ガチで怒られてしまった。
いや、なんでここまで怒られないといけないのか?
理不尽と思いながらも足元と言うか靴ひもが気になるのか足にまとわりつく子猫たちのせいで身動きが取れないまま立ち尽くしていれば……
何か空気が変わった。
その瞬間佐藤を引きずっていた犬たちが雑草畑に放置したかと思えば全力でこっちにやって来て小さな窓に向かって吠え出したかと思う間もなく
ばきっ!ずさっ!!!
重々しい音が誰もいないはずの家の中から聞こえてきた。
「な、なにがっ!!!」
驚きながらも子猫たちを急いで拾い上げて土足のまま窓から家の中へと最短ルートで侵入。音がした場所、トイレへと向かえば……
「しゅ、収納っ……」
緑の草の中から手や足、頭が生えるというひどい景色。
いつの間にトイレに雑草が生えたと思うも
「くっさ! 水草臭いんですけどー!」
「なー……」
「なにこの三個百円だったホテイアオイの増殖力……」
「ミント系がなかったけど、根付いちゃってこっちに帰りたくないってだだこねたとか?」
「それよりも回収忘れの荷物、トイレの壁を壊して……」
「相沢、残念な報告。天井も壊れたぞ」
「それに続いて二階部分も一部壊れてますね……」
「って言うかさ……」
言いながらみんな重なるように山になっていたけど頂点に鎮座していた雪がすぐにお外で待っていたイチゴチョコ大福達に帰還の挨拶をしに行ってたからみんなもすぐ降りてくれた分楽になったのはありがたい。
「ダンジョンが無くなったのは良いんだけど、トイレもないままか……」
そして元トイレがあったという名残のようにえぐられた地面。その一番下に俺はいた。
「まあ、この状態でトイレが復活されても嬉しさのかけらもないだろう」
「確かにそうだけどね!」
中身入りの和式ボットン便所が戻ってこられてそこに転がる俺なんて姿はさすがに想像しちゃいけない。
俺の一つ上に折り重なっていた工藤がどいてくれて穴の上に腕の力だけで上がればすぐさま引っ張り上げる手を差し伸べてくれたけど
「称号、別の奴に切り替えてくれ」
真剣な顔で言われて借金鳥の返済の事を考えれば俺も賛成だ。
工藤のステータスを起動してこいつに一番合ってそうな格闘家に変更しながら借金額を見る。
「うわ、8桁余裕で突破とか……」
「俺の借金はお前の借金でもある。返済頼むぞ」
「まあね、俺が言った手前もあるしね。あるけどね……」
ここまで膨れ上がるか?なんて思いながらもそれだけの長時間だったことを思えば仕方がないだろうとため息を吐きながら伸ばされた手に引っ張り上げられるのだった。
「お前たちはどうしてもう少し普通に帰って来れないのだ」
なんてトイレの扉の前で待ち構えていたこぬこにじゃれつかれている結城さん。魚臭さと水草臭さに顔をしかめる様子、なんかムカつく。
「わふっ!」
破壊された壁の外からイチゴチョコ大福達を始め水井さん達も眺めていた。
「あー、ただ今戻りました。ダンジョン攻略完了しました」
疲れ切った俺達は個人宅のものとしては狭いとは言えないトイレの壊れた壁をくぐって脱出して庭の片隅で
「やっと帰って来れた……」
「ただいま私」
「やっぱり山の空気うましー」
花梨と岳と頭をくっつけるように寝ころびながら澄み切った青空を見上げ山の木々のさざめきにそっと瞼を閉じた。
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