まだまだ働かせようとする人がいる件について
気が付けば周囲は真っ暗だった。
ここはどこ?
真っ先に浮かんだ言葉だが見慣れた天井。そして嗅ぎなれた匂い。
ゆっくりと体を起こせば見慣れた仏壇がすぐ横にあった。
とりあえず寝起きの体が訴えるのは
「トイレ……」
寝ぼけながらも立ち上がって歩こうとすればすぐ隣には岳が横になっていた。
思わずなんで岳が隣で寝ているのかと考えながら周囲に目を凝らす。
花梨がいない、そんな理解から込みあがる焦りと共に襖を開ければ
「おー、起きたか」
千賀さんがうちの待機所でいつみても器用にPCを操っていた。ダンジョンがないのにここに居るという事は単なる留守番役だろう。よく宅急便の受け取りをしてくれたからここにいる間は留守番役が必要必須の流れになったと想像をつけておく。
寝ぼけ眼ではまぶしいくらいに家の中は明るく、たくさんの声が耳に届く。
しかも家の外からもたくさんの声と
「にゃ~」
見上げれば梁の上には雪が尻尾をゆらゆらと揺らしながらくつろいでいた。
何時もの様子に少しほっとした俺に千賀さんは
「沢田君なら彼女の部屋で休んでもらっている。
女の子だからお前たちと一緒の部屋で寝かせるわけにはいかないし庭の真ん中で寝かせたままにしておくわけにもいけないからな」
思い出せば雑魚寝はしょっちゅうだったことは割愛しておく。別に千賀さんに睨まれたからと言うわけではないと自分に言い訳をしていれば
「不埒な事は二度と起きてはいけないのだよ」
まあ、工藤もいるしという様に視線を窓から外へとむければ
「うわ、結城一佐が庭に居る」
「我々も少し前に目を覚ました所だから詳しくは一佐に聞いてくれ」
コホンと咳払いしながらもしっかり仕事モードになっている千賀さんに
「ちなみにこの酷い騒音は何?」
と聞いたくせに聞かなくてもわかっていたが正しく理解するための質問に
「明日の午後から雨が降るらしい。
だからその前に屋根と壁だけでも作れるところまで作れと真夜中でも構わずの結城一佐の命令だ。
まあ、近所迷惑になるような家もないし暇を持て余してる奴らばかりだからな」
「なるほど」
庭では一応ブルーシートの準備はしてあり、そしてからっぽの納屋の中に資材を置いて夜間照明ではないがライトの下で木材をカットしていた。
「納屋やトイレの灯り使っても薄暗いだろうに」
「いや、我々もライトを持ち込んでいたのだが……」
想像以上に暗い山の夜。光が反射するものの少ない庭ではいくらライトを持ち込んでもその場しか明るさが届かないのは諦めるしかない。
そんな状況でも万が一に備えてシートを張る所まではいって欲しいので母屋のブレーカーの所に行って普段は使ってないスイッチを入れ、台所の普段触る事のない戸棚の裏に隠れてしまったスイッチを入れた。
「「「おおー!!!」」」
ぱっと明るくなる庭にどこからともなく驚きの声が聞こえてきた。
爺ちゃんたちが生きていたころ、親せきを集めての大騒ぎには家の中だけでは狭いからとこの庭を昼間のように明るくしてバカ騒ぎをしていたのが少しだけ懐かしく思い出してしまう。たんに転ばないようにと明るくしたのがきっかけらしいけどそこは夜中に堂々と外で遊んでいた俺の楽しい思い出だった。
「どこにスイッチがあるのかと思えばブレーカーから切ってたのか」
ここのスイッチの存在は知っていたのに残念だねと笑っておく。
「まあ、婆ちゃんが逝ってから使う事なかったしね」
電気代の節約の為に切っていたと言えば庭にライトがあるのにスイッチが分からなくて探したという千賀さんのボヤキには俺がいない間に盗聴器とか設置したのにそれぐらい把握しとけと心の中で呆れていたのは内緒だ。
「とりあえず怪我しないように明るい所で仕事してください」
「ありがたく使わせてもらうよ」
そんな話をする合間にもかかとの潰れた靴を引っかけてトイレに小走りで向かう。
さすがにヤバいと夜の寒さに体を震わせながらも納屋のトイレへと飛び込んだ。
狭い個室の中にはほっとする白い便座と頭上は裸電気のいろいろな時代が混ざり合った小さな個室。短い間だけどご厄介になったよな、これからも使うけどとこんな山奥でも清潔で衛生的に使える簡易水洗のありがたみを噛みしめながら用を済ませて外に出れば凶悪な顔のお猫様がそこに居た。
するりと俺の横を通り過ぎてひょいと便座の上に座り、それからの……
「お前も出来るようになったか」
「んなー」
見せもんじゃねえという鳴き声。
失礼しましたと少しだけ扉を開けておけばまたするりと俺の横を通り、猫相手でも自動で水が流れるトイレの有能さを褒め称えるしかない。
「便利な世の中だ」
これが家庭用なら下水管が詰まるとかそういう話も聞いたことあったがあいにくここの基本はボットン。しかも寒冷地仕様なので水量は最小限。
それは他のもそうかもしれないが、便座があったかい事を知ってしまったお猫様たちは誰が教えたわけではなくてもここですることを覚えたようだ。そして猫の数を考えれば冬の前に一度綺麗にしてもらわないといけないなと頭を痛めるのだった。
とりあえずすっきりしたのでぴょんと飛び跳ねた寝ぐせの事は考えずに結城さんの所へと足を運ぶ。
「はよーっす」
「まともに挨拶も出来ないのか」
「まともに挨拶する親の下で育てられなかったので」
チクリとかつての部下はそういう人間だったことを言ってみてもさすが一佐。無反応だったことはつまらない。
「とりあえず千賀から聞いたかもしれんが明日の午後から雨らしいから今のうちにできる限り修復を進めるぞ」
「あざーっす」
ぞんざいな俺の返事に
「あとお前の希望のトイレも設置中だ」
「ありがとうございますっっっ!!!」
腰から綺麗に折って深く頭を下げながらガチで感謝してしまった。
過去一感謝感がないなと言うような半眼の結城さんの視線を浴びていれば頭を上げた所で
「あ、工藤ユンボ使えるんだ」
小回りが利いて側溝掃除とかちょいちょい役に立つユンボを乗りこなす工藤を意外と思えば
「ああ見えても土木系に関しては上手いもんだぞ。班長になったのは実力だからな」
まじめに仕事をしている姿が想像つかないとは言わないが
「恐怖政治からの地位じゃなかったんだ」
「競技大会でいつも一位を奪っていたらしい」
「まともに仕事ができるとか意外過ぎるんだけど、って、いったいどういう競技大会?」
「配属先でそういう事もあるだけだ。ちなみに私は見た事がないが、これだけの技術が純粋に自分の実力と認める事の出来ない面倒なガキだ」
自身が自身に正当な評価を与えれないのはたぶん話に聞いた工藤の過去が影響しているのだろう。
俺だってダンジョンにうっかり足を入れてしまったばっかりに一番縁のない職業についてしまって未だに理解できないという事が自分の身に降りかかっているのを認めたくないというのに……
「俺は目的が達成したから自堕落な平穏な日常に戻るだけだよ」
ちゃんとわかってる自分の身の丈を。
世界を救うなんて縁どころか心構えすらない俺はこの世からダンジョン撲滅を目指す皆様を応援するのがせいぜいだ。
「この年齢で引退して、朝寝を堂々出来る幸せ……」
「なに馬鹿な事を言ってる。
お前は明日には東京に行って今回の件の報告と質疑応答、さらには記者会見は阻止してやるから会議には出席してもらうぞ」
「せんせー、おなかが痛くなったので保健室行ってもいいですか?」
「却下だ。そして私は先生ではないし保健室などない。
沢田君と岳、雪も一緒に東京見物に行くつもりで出席しろ。
そしてダンジョンを一つ潰してもらいたいのだが?」
「ハードワークすぎて却下!」
さすがに昨日の今日でダンジョン攻略は無理だと叫べば単なるジョークだとまったく笑ってない目の結城さんを睨んだ。
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