ここはダンジョン

「ははっ、ここダンジョンなんだ。ここはダンジョンなんだよ」


 呟いた言葉に俺はこのダンジョンに翻弄されたことを思い出しながらもある程度融通が利くという事も知っている。

 いけるか?

 まさか、そんな言葉が頭を駆け巡るも今もピクリともしない雪。

 きっと、なんて期待を膨らませながらも裏切られたらと言う弱い心に躊躇いは生まれる。だけどその躊躇いがこの悲劇を起こした、そう考えたら行動するしかないと手を天井に向けて


「ステータスオープン!!!」


 今更レベルなんて見る意味なんてない。

 ただそこに目を向けるのはステータスに接続した直後の初期画面。

 称号の横に書かれた『+』の文字。

 俺は神に祈る、と言うよりダンジョンに期待を込めて祈りながらそこを指で押す!


 ズラリ……


 何の気なしに見た時と変わらない文字の羅列。

 無限異空間収納、鑑定眼、経験値2倍から始まるツリー。

 誰よりも早く反応したのは林さん。

 俺の凶悪スキルを知っているだけにこれだけ選びしろがあると判断してか岳たちにお魚を渡す手は止まってしまっていた。

 俺はあの時一通り見ただけで、でもポイントが足りなくて無視した下層へとスクロールする。

 まだダンジョンをアトラクションのように考えていてダンジョンを知らずに常識に固められていた俺がパッと見ただけでこれはだめだと思ったあのスキルを探せば


「見つけた……」

 

 スキル:蘇生(スキルポイント・10)


 いつの間にかだけどため込んでいたポイントと同数字。

 一度見ただけでこの前後に並ぶ凶悪なスキルにかかわらないようにしていたけど、雪を取り戻せるのなら躊躇いはない。

 その文字に触れてステータスの詳細画面を見れば俺のスキル一覧の一番下に『蘇生』と言う文字。

 

もう躊躇わない。


  躊躇う事で失った俺の半身。


だから大きな声で呼ぶ。


「戻ってこい雪っ!!!」


 こんな状況の中ごそりと魔力が消費される。

 だけどたぶんほぼカンストに近い魔力に突出した俺。

 それでも急に失われた魔力に眩暈を覚えるもののわずかばかりに残った魔力。足りた事に喜びを覚えれば……


「に、なぁー」


 か細いながらも雪の小さな産声。

 こんなにも焦がれたものはあっただろうか。花梨に言えば嫉妬してくれるだろうかと言う邪な心もあるがそれよりも今は


「雪っ!!!」


 今一つ理解できないという顔の雪の背中に俺は顔をうずめながら雪の匂いを胸いっぱい吸い込んだ後は源泉水を取り出して雪に飲ませて、俺も飲み、残りは橘さんの頭からかける。


「雪、ごめんなっ!

 俺、もう躊躇わないから!」


 どこかまだ錆びた匂いを纏うもこれをふくめて再度雪の匂いだと胸いっぱい吸い込めば


「に、にゃっ!!!」


 にゃにすんだよ!セクハラだっ!!!と言う一撃。

 そして今日も決まる俺とのレベル差を無視する貫通攻撃。

 顔面に朱線が走るのを橘さんは目を見開いてみていたけど


「これでこそ雪だよ」


 俺はここがダンジョンであることを感謝しながら、そして期待を裏切らなないダンジョンであるからこそ笑みを浮かべ


「今度こそ羽なし堕天使様を倒しておうちに帰ろう。

 みんな待ってるからさ!」


 言えばしょうがないなというような「にゃー」と言う返事。

 俺の頼みの綱の魔力はほとんどすっからかんだし雪も血を流して体力はほとんどない。

 橘さんは俺を抱えて走るのが精いっぱいで、みんなお魚戦争で生臭くって……


 これがダンジョンのラスボス様との戦いだなんてどんな光景だと笑いたくもなるがその前に


「花梨! 雪しゃんふっかーっつ!」

「え、雪?」

「相沢、お前は今度何やったんだ!!!」

千賀さんの叫ぶ声は枯れている。

「詳しくは後っ!

 とりあえず弾幕よろしくっ!」

 そんなお魚補充。


「橘さん、もう大丈夫です。守ってくれてありがとうございました。

 おかげで生き延びて雪と再会が出来ました」

 

 なんて今も俺を抱えて走る橘さんは俺の言葉に涙ぐんで、だけどもともと口下手な人。

 歯を食いしばって一つ頷けばポロリ、ポロリと零れ落ちる涙。

 俺は雪事橘さんの首に腕を回して感謝の意を込めて抱きしめる。

 その間静かに、だけど何度も鼻をすする音を聞いていればやがて千賀さん達と合流してそっと降ろされた。

「みんなで帰ろう」

 服の袖で涙をぬぐう橘さん。爆風を受けて埃まるけの服で拭うから逆に顔が汚れてしまえば思わず笑ってしまい、その隙を狙って雪が俺の腕の中から飛び降りてしまった。

「あー」

 珍しくおとなしく抱っこさせてくれてたのにと少し寂しく思うも激しく自分の体をぺろぺろしだす雪。

「そんなに源泉水ぶっかけられたのが嫌か?」 

「お前の匂いが付いて嫌がってるんだろ」

 俺と雪の姿を見て工藤も器用にお魚を投げつけながら容赦なく突っ込んできた。

「うーん。やっぱり血の匂いが残ってるからな。帰ったら一緒にお風呂入ろうな?」

「相沢がセクハラしてるー」

 なんて岳も明るい声で「雪、お帰りー」なんてはしゃぎながらもお魚を投げつけながら笑ってくれた。

「それよりも雪、あんなことあった後で言っていいのか分からないけど遥の事お願いね。どうしようもないおバカさんだから」

 言いながらポケットから取り出したちゅーるを取り出して与える花梨。

 まさかのちゅーる装備、こうやって仲良くなってたのかと納得の短期間の仲良しぶりに

 一瞬でその話が締結。雪しゃん、いくらちゅーるが好きだからって安請け合いしすぎだよとあの悲劇の結果を見たばかりなので俺がきちんとしないとと改めて自分に注意喚起。

「にゃ~」と甘えた声と共にちゅーるをちゅるっと食べるその食欲。俺にもあーんしてほしい。ちゅーるをくれって言うわけじゃないけど一瞬で回復する雪。

 ひょっとして源泉水よりヤバい代物になったのではないのかとちゅーるを睨みつけてしまうも俺までちゅーるを食べる羽目になるのはいかがなものだろうかと突っ込みたくても全く気付いてませんよと言わんばかりに口を閉ざして我慢をしてお魚の肉片塗れの堕天使様を見る。

 究極の癒しの雪を見た後にこれとはむしろえんがちょな気分になるものの


「悪いけどこの部屋から脱出するにはおまえが倒れてもらわないといけないから、本気で行かせてもらう」


 だったら今までは何だ、そんな突っ込みはご遠慮してもらいたい。

 それぐらいに躊躇いはない。

 最初からできていればあんな悲劇と痛みを知らずに済んだ後悔。

 俺は手を横に振り払ってクズの槍を俺の周囲に設置する。


 いくぞ


 口の中で静かに決意を放った。







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