家族とは
「雪、なあ、なんで動かないんだよ……」
そっと抱え上げればべっとりと赤いものが手を染めていく。
ただでさえ軽い体がどんどん軽くなっていく。
ぬくもりの残る体にあふれ出る赤を目の前にしてもまだ目の前の事を受け止めきれない。
「いったい何が起きたんだ……」
俺同様何が起きたのか分からない千賀さんたちも唖然として声がこぼれ落ちた。
そんな俺達とは別に
「先輩があんたをかばったんだよ……
剣が、あいつが襲い掛かって、だけど誰も反応できない中、先輩が身を呈して軌道を……」
俺の一瞬の躊躇いの中、目にとらえられない出来事があったという。
あまりに悲劇な悲しい結末。
取り返しのつかない結果。
「うそだ、そんなの絶対俺は認めない……」
認めない、あるわけないと思いつつもあふれる涙は俺だけではない。
崩れ落ちてぼとぼとと大粒の涙をこぼして悔しそうな歯ぎしりと響かせるのは工藤。
「お前がっ、お前が躊躇ったからっ!!!」
今にも俺を咬みつかんと言わんばかりのその視線。
そう、俺がすべての原因。
たかがヒト型と対面して躊躇したのがすべて。
本来散るはずだったのは俺の方なのに、代わりに雪がだなんて……
「俺の家族だったんだ……」
親父や母さんはもう家族とは思っていない。
山の家に引っ越してきてからずっと世話をしてくれたばあちゃんももういない。
残されたのは雪とイチゴチョコ大福。
俺の愛すべき家族で、あの無音の冬を共に過ごしてくれた大切な家族。
気が狂いそうなくらい音のない世界で側にいてくれたからこそ俺は俺であり続けることが出来た家族たち。
「なあ、そろそろ目を開けて何時もみたいににゃーって言ってくれよ」
抱えた雪の傷を消すために、もう血を一滴も流さないためにも源泉水で傷口を癒す。なのに
「なぁ、もう痛くないだろ?」
ピクリともしない雪にさらに声をかける。
「ああ、濡らされて怒ったのか?」
タオルを取り出してぬぐってやれば残っていた血がタオルを染めていく。
「頼むから、目を開けて何時もみたいに怒ってひっかいてくれよ」
案外このやり取りが嫌いではない俺はこれこそ雪が最大限に甘えている姿だと思っている。
馴れない、媚びない、甘えない、なんてことはないがある程度の距離を置く雪だからこそひっかいたりする行為こそ心を許している証。俺以外やらないだけに一つの愛情表現だと思っていたのにだ。
「なあ、雪……」
言葉が見つからない。
雪が降る積もるなかにゃーにゃー幼い声を上げて我が家にやってきて、納屋に住み着く仲間に会いにどれだけ深い雪の中でも確認に行く雪。
真っ白同士で名前の通り溶け込んでしまいそうだけど振り向いた瞳とちょこんとした小さい鼻、そしてにゃーとここにいるという様に振り向いて教えてくれる小さな口。
そうだ。
雪が俺を置いてきぼりにするはずがない。
何か、何かっ!!!
俺は何を見落としたっ?!
タオルに包んだ雪を抱きしめながら考え込む俺。
だけど現状は全く許してくれないこの環境。
「相沢っ! 立てっ! 剣を構えろっ!!!」
「馬鹿野郎っ! 先輩だけじゃなくお前はっ!!!」
千賀さんと工藤が何かを言っている。
だけど何かあるはずだと懸命に考える俺には遠くに聞こえる雑音でしかない。
「遥っ! 雪を連れて走って!!!」
「じっとしてたら狙われますっ!」
「動けないならそのままでいろっ!!!」
花梨が林さんが逃げろと言う中で橘さんが雪を抱きしめる俺事抱え上げて広いとは言えないドームの中を走り出せば、さっきまでいた場所に光の玉が着弾してド派手な爆音を巻き散らかしていた。
「橘ナイスっ!!!」
三輪さんの弾む声、だけどそう聞こえないのは俺が完全にフリーズ状態にいるからだろう。
俺を抱えて走る橘さんのすぐ後ろに、むしろ爆風を受けながら足を進める橘さんにだって限界はある。
悲鳴を上げずに食いしばる口元からは血が流れ落ちている。
「あ……」
その匂いに浮上した意識。
だけど橘さんは俺を見ずにただひたすら走れる場所を探して俺を抱えたまま駆け回っている。
だけど爆風にあおられながらも不思議な事に橘さんと堕天使さんの攻撃は直接当たらない。
理由はちらりと視界の端に映る光景で十分だった。
岳と三輪さんがもうやけっぱちと言わんばかりにあの足の生えた魚を投げまくっていた。その中にいつの間にか工藤と千賀さんも混ざって投げまくっていた。
さすがシューター持ち。4人そろえば100%の的中率。
だけど
「相沢っ! お魚さんぷりーず! お替りちょうだい!!!」
消費も4倍。あっという間の出来事。余裕だと思っていたお魚は消化してしまったようだ。
って言うかこの弾幕と言うか肉片はお魚さんなのか……
「って、なにそれっ!!! ありえないんだけどっ!!!」
こわっ! ヤバっ!
途端に意識が目の前に向かう。
必死に俺を抱えてく走ってくれる橘さん。
ものすごい必死の顔で魚を投げる岳たち。
花梨と林さんは足りないお魚の代わりに瓦礫を集めている。
もちろんただお魚を投げつけられるだけの堕天使様ではなく俺に向ける攻撃を花梨たちにも向けるけどそれを阻むお魚さん。
なんというカオス……
それよりもだ。
「遥っ!お魚、ほんとちょうだい!!!」
必死の花梨の言葉。
瓦礫も飛び散ってお魚も少なくなる中で俺は魚を補充。
みんなの明るくなる顔とこれからも魚の破片を浴びる事になる堕天使様。いや、俺達もだけど。
室内が魚臭くなっていくその中心にいる堕天使様。
「生ぐさー」
ありえないんだけどと言えばぷっと小さい声で笑う橘さん。
「やっといつもの相沢になったな」
明るい声の橘さんだけど顔色は悪いまま。
俺からは見えないけど爆風から俺を守る背中は頑丈な隊服を貫通する衝撃を受けてボロボロなのだろう。
雪に続き俺までとなればこの後はどうなるか想像にたやすい。
ワンチャンで工藤が、と思うもその後の人生は生きてる方が辛い生き地獄になるのは考えなくてもわかる。
みんな必死に、生きて帰る事を胸に俺を守ろうとしてくれてるし、俺だってここで負けたくない。
ただ気力が問題で、だけど待ったなしの状況。
俺が願うのはただ雪の存在で、甘ったれるなと言われるのが分かっていても魂の兄弟と言うべき雪を失った俺が早々立ち直れるわけがなく……
「相沢っ!お魚もう一回お替りっ!!!
岳の悲鳴。
ものすごい消費だな、カラス達でもここまで食い尽くさないぞ。さすがダンジョンと頭を抱えてしまえば
「ダンジョン……」
ぽつりと自分で落とした言葉。
息が上がっている橘さんを見て俺はすぐに源泉水を直接橘さんの頭の上からかける。
滴り落ちる雫が口に入って乱れた呼吸は途端に整い、そして俺を抱える腕には力がこもった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます