一瞬の

「返せっ!

 それは私の翼だっ!!!」

「違うだろ。お仲間の翼だろ?

 見ればわかるよ。全部ばらばらのサイズと色合い。剣を作り出した翼それだけがお前のものだったはずだ。

 そして武器にもなる翼を取り上げるのは定石だろ!」

「にゃ!」

 雪も賛同したのだから間違いない。

「蝙蝠様、案外そのお姿も結構お似合いですよ?」

「こんな醜い羽が私に似合うはずないだろう!」

「いやいや、あなた様が思うほどでもないですよ。

 だって、もう何者でもない姿、ピッタリじゃありませんか」

 ここまで言ってやっと自分が今どのような状態なのか理解したようだ。

 どういう理屈かは知らないがまるで自分の翼のようにゆっくりと広げられた他人の羽が背中からその体を包むようにして見る事になった漆黒の蝙蝠の様な羽にそっと触れるように、だけど拒絶するかのように触れられずにいるその葛藤。

 あの虚無のような世界ではただ生き延びる事に、そして帰還する事だけを願って過ごす時間は想像も追いつかない。

 いや、そもそもあそこに時間という概念はあるのだろうか。

 気にはなるが間違っても行きたくない場所なのでこの考えはそこで強制終了。


「はやっさん」

「はい、何ですか?」

「しっかりヨ様の姿カメラに収めておいてください」

「もちろんです。人類以外のヒト型生命体、ぜひ解剖してみたいですからね」

「それは却下で」

 しれっと恐ろしいこと言うよこの人と身震いをしながら

「雪、そろそろ終わらせようか」

「にゃ!

 にゃにゃ、なー?」

「了解っす先輩」

「って、今の何言ってたのか分かるのか工藤?!」

 千賀さんの驚きの声に

「まあ、大体は」

「これぐらいは入門編だよな」

 うんうんと頷く俺。

「貴様ら、神獣の言葉を理解するのか?」

 なぜかヨ様も驚きに目を見開いている。

 いや、これぐらい

「雪の言葉ぐらいわかって当然だろ」

「いや、わからないし」

 三輪さんの冷静な突っ込みだけど

「え?先輩わからないのですか?」

 まさかの橘さんのお言葉。

 驚きに目を見開く三輪さんとこれぐらいわかるでしょうと目を見開く橘さん。

 二人とも面白い顔をしてるなーと思うも考えたら圧倒的に雪と一緒にいる時間の差だけの話。

 比較的顔見知りなら人を怖がらない雪だからこそいろいろ行動を一緒にすることがあれば大体理解できる、その程度。

 むしろその意思疎通で満足している皆さんを見た俺としては皆さんより長く付き合ってきたことを証明するようにこともなげに言って見せる。

「英語で話をするようなものだよ。あとフィーリングだね」

「つまり何を言ってるか正しくは分かってないと」

 冷静に言ってくれるなはやっさんよ。はやっさんには雪しゃんのお言葉なんか一生理解できなくて困ればいいと呪っておく。

「さて、みんなのお土産の蝙蝠様の羽をいただこうか。

 工藤、頼むぞ」

「はっ! 先輩の命令だからおまえにいわれるまでもないっ!」

 どうやら俺と工藤の間で雪が蝙蝠の羽を欲しがってるのも一致しているようだ。って言うか工藤よ。お前はいつ雪しゃんの舎弟になったんだ?

ふと思い浮かぶのは野性味しかない納屋に住み着くお猫様集団。その中に混ざっても違和感ないだろうなんて酷い言葉だと思うがなぜ人間に生まれたのだろうと考え着いたのはなぜか。まあ、共通点の目つきの悪さぐらいが理由だろうけどね。まあ、納屋で飼うだけならいいけど。

 そんなよそ事に思考れている間にヨ様の顔には俺達みたいな翼を持たない低俗な人間から狙われる恐怖をやっと身をもって体験しているようで顔を真っ青にしながら後退りしていた。


「元天使様よお、べつに翼なんてない生活だって苦もないんだぜ?」


 もともと翼のない人間、まだ恋しい年ごろに母親と引き裂かれて理不尽を一身に浴びた子供時代を経験した人間はそう軽く言って見せる。


「そうそう。上を向いていればなんだってできるんだぜ?」


 妙に意味深な言葉にふてくされて棒に振った青春を今ごろ必死に取り戻している俺も乗っかる。

 だけど完全エリートな元12枚様には全く理解のできない言葉。共感する部分すら見当たらないようだ。

 ひたすらあの懐かしい日々を求めているその瞳に俺達の言葉なんてまったく届かない。

 まあ、俺達も天使様たちの生活なんて全く想像もできないけど。

 だからそろそろ本当に終わろうか。

 お互い理解しあえる存在でもないし、一応待ってくれている人たちもいる。野郎ばかりだけど。

 それにだ。

 まだ普通の天使様たちの方が話が分かる。いや、蝙蝠様か?

 考えれば考えるほど雲の上の方たちほど会話が成り立たない、この世界にでも普通にある現象じゃないかと思えば底辺に居る俺達の言葉なんてかけらも届くわけがない。

 「みんな、もう帰ろう」

 今回の探索の収穫はここまでだといえば目を開けて立ったまま少し寝ていたような岳がはっと目を覚ましたかのような呼吸にこいつのこういう所すごいよなと笑ってしまいながら剣を構えて


「じゃあ、さようならだ」


 俺の周囲に黒い球をアホほど出す。それこそ俺の背後を埋め尽くすくらい。

 先手必勝と言わんばかりのその数にすかさずヨ様も光の玉を出すけど彼らの力の源と言うべきか羽はあっても翼のないその状態。発生する光源は圧倒的に少なく、そして輝きも弱い。


「弱体化成功!」

 

 岳が黒い球の隙間からかすかに見えたのか喜んでいる声が聞こえる。

 だから後は黒い球を光の玉にぶつけてその合間を俺と雪と工藤がくぐりながら羽を切り落として……


 その先は?


 誰が……


なんて言う一瞬の疑問と言う恐怖。

 踏み込むべき最後の一歩を躊躇ってしまった。

 だけどずっと戦い続けていたヨ様にはそれで十分だったらしい。


「相沢っ、動けっっっ!!!」

「遥ぁぁぁ!!!」


 外野で見ていた千賀さんと花梨の方が俺よりも反応が早かった。

 

「こんな時にためらうなっ!!!」

 

 工藤が白と黒が交わる爆風を剣圧で吹き飛ばし、相棒となった剣を投げつけてくる。

 もちろんすでになにもないヨ様は背中の蝙蝠の羽でそれを一枚切り落とされながらも剣をはたき落していた。

 その頃には俺も忘れていた呼吸を思い出して整えるけど


 ヤバ……


 剣を構えなおして翼で出来た剣の軌道をずらすも俺の技術ではそれが精いっぱい。

 剣を持たない方の手が俺の顔面を捕まえた。


「あっ、ぐっ!!!」


 信じられないほどの握力。

俺の頭を潰そうとするその握力に俺は剣を手放してしがみついて離そうとするもずっと剣を握っていたやつの握力に俺程度の握力ではどうしようもない。

 呼吸を忘れるような力に絶叫を出せるほど体力はなく、目の前は真っ赤に染まりいろいろなものがあふれ出そうになった所でふとすべてが楽になった。


「あ……」


 気が付けば俺は床に落ちていた。

全身を真っ赤に染め上げた工藤が壁際まで俺を投げ飛ばしてくれたらしい。

 背中の痛みを覚えるもそれより早く林さんがペットボトルの水を俺に頭からかけていた。なぜか目に手を当てて視界をふさがれたけど、微かに声が零れ落ちた所ですぐにその手が離れ


「声は聞こえるか?! 目は見えるか?! 喋れるようなら返事をしろ相沢っ!!!」


 ものすごい顔で言われてそのまま一つ頷き


「見える、聞こえる、声も出……」


 と言った所で真っ白の何かが俺の前に滑るようにやって来た。

 いつの間にかいくつもの朱線を刻まれた工藤が敵から視線を反らせてでも俺へと届けてくれたそれはすでに真っ白ではなくなっていた。

 理解が出来るまでのわずかな時間。

やっとそれが何か理解できたそれは赤く染め上げられ身じろぎ一つしない……


「雪?」


 ゆっくり手を伸ばしても触れてみてもすべての力の抜けたその体からは何も反応がなかった。




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