このために頑張って来たんだ
巨大蟹、足一本でみんな満足。
一句できた。
季語どころか5・7・5にもなってないこれが俳句かなんて怒られそうなただの感想文をつぶやきながら俺達は腹をさすりながら砂浜で寝そべっていた。
「やばいくらいうまかったすね」
「蟹の炊き込みご飯最高でした」
「おお味だから期待してなかったけど、姐さんのテクニックにしびれました」
「蟹とトマトの組み合わせも良かったけどやっぱり味噌汁が美味かった。ほんの少し殻を焼いて風味を出して、薬味の葱たっぷりのシンプルさに米が進んだよ」
「グラタンソースに絡めてチーズを乗せただけがこんなおいしいなんて思わなかったわー」
「ヤシガニも美味しかったけど蟹ってどうしてこんなにも美味しいんだろうね」
なんてみんな蟹を堪能して満足げだ。
「だけど普通に茹でただけが一番微妙だなんて」
「ちゃんと料理しなさいってことなんだろうけどね」
俺の言葉に沢田は困った素材だという様に潮風に髪をなびかせていた。
一仕事やり終えた沢田の満足げな様子。
目の前ではこの後マゾ討伐後のご飯も仕上がっていて、俺はできたてアツアツの料理を収納していく。
とにかく食べたいというようなメニューではなく作りたい!と言う料理をしている間に岳が貝もいくつか拾ってきた。
初めましての貝は当たると怖いからととりあえず開いて贅沢にも貝柱だけ頂く。
紐は目の前で天日干しにされている。
ダンジョンから戻ったらおっさんたちの晩酌のお供になる予定らしい。
実際貝がどんなものかは結城さんにお願いして調べてもらえればいいし……
蟹は食べちゃったけど、なんでも口に入れるなと怒られていただけあってまた怒られておこうと思う。
みんな大好き蟹さんに満たされた腹ではさすがにすぐ動く気にはなれなくまどろんでいる様子を見て
「沢田、少し散歩に行かない?」
そう。
これが本来の目的。
ここの所ずっとダンジョンに翻弄されて遊びに誘う隙もなかった日常。
まあ、ダンジョンのおかげで告白する勇気と言うのも出たのだが……
それから全然進まない関係。だけどここにはちょうどいい雰囲気の場所があった。
ダンジョン内だけど早々来れる場所ではないし、こんな静かな場所早々にない。
家に帰ればまたニャンズたちの子守に戻ってしまう沢田にせっかくの急速になれば、そしてこの広がる目の前の景色を無駄にする理由もなく誘う俺、柄にもない事をしているので緊張してます。
遠目にニヤニヤしているおっさん集団とこんな俺に気遣ってか村瀬たちが岳の足止めをしてくれている。
あとは沢田の返事次第。
「そうね。さすがにおなかが苦しいからちょっと歩こうか」
空気を察して少し照れたように笑う沢田。
『千賀さん!ちょっと散歩行ってきます!!!』
『迷子になるなよ。一時間ぐらいで戻って来いよ!』
そんな報連相。
一時間って子供じゃあるまいしと思うもこの後俺達にはマゾを倒しに行くというミッションがある。
そう、この13階に潜るための名目。
後続隊が任務しやすいように大量に魔物を間引いてくるから13階に沢田を案内させて!
結城さんにそんなおねだり。
さすがに自衛隊管理の場所に民間人は入れないし、こういう事ならと妥協してもらったのがマゾ討伐。ちなみに14階もこっそり毒霧撒いて来いと言われている。
まったく人使い荒いななんて思うも俺達が通り過ぎた11階では大変なことになっている。
ダンジョン対策課に協力を仰いで支援活動に徹している自衛隊に工藤の食事やその他の嫌がらせに対する捜査が行われている。
いくら工藤のしでかしたことが目に余るものがあったとしてもそれを理由に彼らがしたことは立派な犯罪。
理性と知性を保ち過酷な任務にあたる自衛隊の人間が一人の犯罪者に集団で暴力を加えるそれは人として許しがたい行為。
そして幼いころから虐待を受けてきた工藤はそれを忍耐によって受け入れる心がすでに出来上がっている人間で、工藤が犯罪に走る事になったきっかけでもある事を繰り返すわけにはいかない。
ましてや24時間監視下に居る工藤が与えられる食事以外を口にするチャンスはほぼなく……
食事に異物、そして薬品を混ぜる行為は殺人にも等しい行為として結城一佐は俺達の訪問という気の緩んだタイミングで一斉捜査に乗り出してくれることになった。
生き生きしてる結城さんを見た時なんて頼もしい!なんて思ったけど、この出来事を知る千賀さんとあらかじめ打ち合わせしているダンジョン対策課の人は顔を引きつらせるほど緊張していたのはこの捜査で十分な証拠を掴むことがすでに確定しているからのやる気。
いや、この時点ですでに証拠を掴んでるってどれだけ雑な事をしてたんだよと突っ込みたいけど何かと懐事情が厳しいこの昨今。こういったことで手っ取り早く人件費を抑えよとする態度。大した金額にもならないだろうと思うけど今後の展開もかねて厳しく罰するそうだ。
そんなこんなで掴んだこのチャンス。
時々海から素敵な足を持つ魚が襲い掛かってきたりするけどそこは電撃で一発しびれさせておけば問題ない。
死ぬことはなくショックで気絶してる状態だからいつかは復活するけど当面おとなしい安全は買える。
とはいえおかげでムードもへったくれもなくなったけどな。
けどありがたい事に目の前に浮かんでる食材は一度沢田も捌いたことがあったのでそこまで興味を持つことがなく、俺達はそのままマングローブの森へと足を運ぶ。
浜辺の暑さとは違い心地よい日陰の中を水面から覗かせる太い根の上を渡り歩くように手を引いて移動する。
やだ、ちょっとなんか恋人っぽいことしてない俺?
沢田も濡れたマングローブのような木の太い根に足を取られきゃーきゃー言いながらも俺の手を放さず根の上を渡り歩きながらこの心地の良い木陰の森を散策する。
「超恋人っぽいことしてる!」
「だよね! これ普通にデートしてるよね!」
なんて……
沢田も同じことを思ってたらしい。
とりあえず
「少し座って話そうか」
「だよね。なんか落ち着かないし」
言って隣同士に座る。
つま先は水面についていて冷たくて気持ちいい。
だけどすぐ隣に触れる暖かさ。
緊張していたのは俺だけでなく沢田も同じようで……
しばらく無言の中揺れる水面を眺めながらも触れる肘とつながる指先。
軽く引っ張れば緊張した様に振り向いた沢田と目が合って……
高校の時に知り合って六年。
俺達の関係に確かな名前が出来たという様に……
木漏れ日がおちてキラキラと光を反射する水面。
揺れながら輝く光を受け止める沢田。
まぶしいくらい綺麗だと目もくらむように……
恋人らしく触れた唇にもっとたくさんの沢田の温もりを知りたいという様に息も止まるような一瞬の出来事が永遠の思いに代わる瞬間に俺達は居た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます