これを特権と言ってもいいでしょうか?

 みんなで確保したMYマゾシューズを履いて12階のぬかるみを進む。

 ありがたい事に下は水ではないので止まっても沈む事はない。

 きっと誰より詳しいだろう水井さんに

「ここの見どころってどこ?」

 なんて蚊取り線香の匂いを嗅ぎながらも毒霧をばらまき続ける。

 結界が張れてもなんとなく蚊が寄ってきそうでいやだから毒霧乱発していたら皆さん黙って13階へとただただ足を運ぶだけ。

 だったら内みたいに温泉とかないかな?なんて聞くも

「まだここは前回相沢が魔象を倒すまで未開の地だったのだから。

 見どころどこか下に行く階段への道の確保がやっとだよ」

「つまらん」

 なんて岳の頭にへばりつく雪もつまらんという様に「にゃー」と鳴く。

 長靴をはいた猫。中々にしてかわいいと思うのは飼い主バカか。いや、普通にかわいいし。

 だけどやっぱりぬかるみの跳ね返りは嫌だからと岳の頭にしがみつく雪、それもまたかわいい。

 雪的には何かが襲っていた時ぬかるみで足を取られて出遅れまいという考えなのだろうが、どこの世界にそんな発想を持つお猫様がいると思っているのだろうか。改めて雪の素晴らしさをかみしめていればさすがに皆さんおしゃべりしない事には飽きたのだろう。

「ところで少し見ない間に結城一佐とだいぶ仲が良くなったな」

 水井さんのそんな気付きに

「まあ、最初こそ俺達を威圧して支配下に置きたかったみたいだけどさ。

 ほら、俺ダンジョン外でも最強じゃん?

 結城さん程度の威圧に負けるわけないからね。そしたらやっぱり上に行く人は違うね。

 いろいろ俺との距離を測りながら合わせてきたよ。やばいよ。あの人何の目的か分からないけど俺達と潤滑な関係を取るために焼肉屋でビールとホルモンで二日酔いになるくらい自分をさらけ出してきたよ。って言うか、センマイとか食べてて大人だなって思った」

 そんな感じで俺達レベルまで落ちてきてくれた結城一佐。親父とのあれが露見してからなんだかすごく同情されているというか壁を取り払ってくれたというか……

 普通に知り合いみたいな顔で接してくれるの、何とも言えない違和感しかないけど、まあ、プライド捨ててくれたのはありがたくそして20そこそこのガキに合わせてくれて申し訳なく思う。

「まあ、仲良くやって協力的なのはありがたいし、それによってまた雪軍曹にお会いできて光栄です」

「にゃっ!」

 なんて岳の頭から水井さんの頭に移動する雪。

「軍曹は器用ですね!」

 真っ先に褒めてくれた藤原に得意満面な顔。

 空中も走れるんだぞなんて野暮な事は言わずいつの間にか藤原も立派な信者になっていて飼い主としては誇らしいけど本当にそれでいいのか聞いてみたい。


 そんな感じでこの大学ダンジョン。

別名天国と地獄ダンジョン(俺が勝手に命名した)

 地獄の12階を抜ければお待ちかねパラダイスの13階!


「え? まじ?」

「ちょ、ここ何処の南国ですか?」

「動画で見たけど動画以上だな」

「ね、ね、ここで少し休憩しない?」

「ヤバっ! 海って青いんだ!」


 鬱になりそうな蚊の群れに追い回される12階からの13階の変わりよう。

 一気にテンション爆上げの様子に俺はダンジョン用ログハウスを用意して

「休憩にどうぞ」

 皆さん一気にテンションマックスだけど沢田が真っ先にログハウスの中に入って行って、村瀬、藤原、岳は海に飛び込んでいた。

「しょっぱ! 間違いなく海だ!」

「千賀さん達も気持ちいいよ!」

 なんて手を振る岳。そして一緒にはしゃぐ村瀬たち。

 お前ら今任務中だという事を覚えてるか?

困った奴らめと苦笑する千賀さんだけど俺はその背に手を当てて


「さあ、魔物の討伐の時間です。

 蟹や鰻すきですよね? だったら頑張りましょう」


 ん?

 なんて速攻に海に飛び込まなかったちゃんと仕事意識の高い皆さんはすぐに察して


「相沢! やっば!!!

 鰻がおそってくるんだけどwww」


 なんて岳が巨大鰻に追いかけられながら笑っていた。

「うんうん。わかるー。

 ここの奴ら本当に肉食だし、サイズがおかしすぎて脳内バグるよねー」

 因みに今岳が追いかけられてるのは5Mぐらいありそうなやつ。

 俺達の世界なら主と呼んであげたいけどこの未開の海だとまだまだいるんだろうなと警戒してしまう。

 さらに

「ちょwww

 相沢、この蟹ちょーかたいんだけどwww」

 なんて村瀬が巨大なハサミを持つ蟹と対峙していた。

 しかも巨大なハサミの攻撃をいなす横で藤原がふんどしに剣を差し込んではがすという暴挙。

「え、ちょ……」

 生きたまま蟹を解体するつもり?!

 二人と言うか藤原の戦術がおかしすぎて理解できなかったけど


 ざっ……


 背後で空気が揺れた。

 思わずという様に振り向けばそこにはしっかりと水着に着替えた沢田が立っていた。

 スカート付きだけどビキニという山暮らしではめったに見ないそのスタイル。

 少々おじさんたちには刺激が強すぎたようだけど

「へー」

 なんてにやにやする工藤。

 ちょ、沢田さん、無防備すぎですよ?!

 なんて止めたかったけど、そのスタイルで手に持つハンマーとバールみたいなもの。さらにごっつい包丁。

 それを持っての出で立ちに

「へ、へー……」

 工藤の関心が迷走し始めた。


「藤原!取り合えず足の付け根に柔らかい所に剣の切っ先を入れて足を外して!」

 

 なんてわけのわからん指示。

 だけど藤原は意味が分かったみたいで

「村瀬おとりを頼む!」

 いいながら藤原が指示を出しながら足を外していた。

「相沢! 長い槍を貸して!」

「槍?! あいつ固いぞ?!」

 言うも食材を前にした沢田に危ないからやめろなんて言えなくこのフロアならクズで作った槍で十分だからと渡せば沢田はご機嫌に地面を蹴って高く飛びあがり……

 村瀬と藤原に翻弄されている蟹の口にまっすぐその槍と突き立てた。


「おおー……」


 だらんとした鋏の様子に一発で仕留めた事を理解する。そんな沢田に林さんがお見事という様に拍手をしているもののおっさんたちただ眺めてただけかという突っ込みは俺にも返ってきそうだから何も言わない。

 そして雪は……

 近くに潜伏していたド派手な極彩色の鳥を捕まえてきて俺の足元に並べるという遊びに励んでいた。

 ……嫌がらせじゃないよね?

 そう信じて

「雪しゃんこんなにも捕まえてしゅごいでしゅね!!!」

 思いっきりべた褒めすればふんという様に誇らしげに鼻を鳴らして俺の足に尻尾を軽く叩きつけてまたどこかへと走っていった。

 まあ、雪だから心配はないけど……

「対抗意識でしょうかね」

 橘さんは雪が置いて行ったド派手な鳥の羽をむしって臓物を取り出すという……

 なんか当たり前に作業するようになった人を工藤がドン引きしながら少しずつ離れていったのが小物だなと鼻で笑ってしまった。

 だけどその合間にも沢田主導で蟹の解体作業が行われていて……


「やっぱり生の蟹は食べない方がいいよねー?

 身がぷりっぷりだけど生はやめておいた方がいいよねー?!

「生はやめましょう!

 ですがしゃぶしゃぶぐらいならいけると思います!」

 沢田の欲望にすぐ待ったをかける藤原。良く言った!

「しゃぶしゃぶ!だけどこれをしゃぶしゃぶする鍋がない!!!」

「だったら焼き蟹でしょうか?」

「それもたーべーたーいー!」

 なんて欲望のまま叫ぶ沢田に三輪さんがすぐさま火熾しの準備をしてくれた。

 だけど今回一番のナイスアイディアが


「そんなにもしゃぶしゃぶくいたけりゃ蟹の甲羅を使えばいいだろ」


「「グレート!!!」」


 何がグレートか知らないが工藤の発言に沢田たちは甲羅に着いた胃袋や口を取り

「ウチコとかはないか」

「味噌少ないっすね」

 妙に藤原と連携を取りながら解体する様子。いつのまにか林さん達は外れた蟹の足から甲羅を取る作業に入っていて、少し外れた身を魔法で焼きながら食べていた。俺も仲間に入りたい。


「藤原、エラは取れた?」

「取りました!あとしゃぶしゃぶする水は……」

「ここは思い切って海水を入れて茹でようか!」

「いいっすね!子供のころよく磯の潮だまりに焚火の時に焼いた石を入れて魚とか火を通して食べてたの思い出します」

「なにそれ!楽しそう!」

 なんて盛り上がりに仲間には入れてもらえそうにないなと思っていればちょいちょいと手招きされたので向かえば

「味噌少ないけど美味しかったから食べる?

 お酒をちょっと足して焼いてみたから少し身をちぎって茹でた奴でディップするといいよ」

 なんてすでに食べるだけになったものを俺に渡してくれて…… 


 真っ先に食べさせてもらえたことにちょっと特別感を覚えるのだった。

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