尊兄ちゃん、新人研修を受ける
階段を一息に降りてしまった。
ポッポッと蝋燭が燈る広いドーム型の部屋。
すぐにチョコと大福がものすごい勢いで降りてきて膝を着いて四つん這いになっている俺を心配して寄り添ってきてくれた。
ゎおーーーんっ!!!
イチゴだろうか。
階段の上で遠吠えをしたかと思ったらすぐにやってきて俺を安心させるようにもふもふしてくれる。
「お前たち酷いよ!」
いくらかわいいもふもふ攻撃とはいえこの後待ち構える運命に思わず涙があふれそうになる。
親父たちはここにダンジョンがある事を知っているのだろうか。
そもそも相沢達はいつ助けに戻ってきてくれるのだろうか。
軽いパニックになって溢れそうになった涙がついに決壊すれば
「にゃー!」
「「にゃー!」」
「「「にゃー!」」」
「「「「にゃー!」」」」
「「「「「にゃー!」」」」」
「は?にゃ?」
イチゴの背後から相沢宅に住み着いた猫がぞろぞろと階段を下りてきた。
「え、ちょ……
どういうこと?!」
なんて叫ぶも言葉を返すことのない猫。
なんで猫がダンジョンに居るの?なんて犬がダンジョン内を散歩コースにしている事を棚上げして疑問に思ってしまう。
その合間にふんっとイチゴが鼻を鳴らすのを見て猫たちではなく部屋の中心へと顔を向ければ光の奔流があふれ出した。
やがて光は強くなっていき、形を整えて一匹の狼の姿になった。
世界を恐怖に落とした存在。
近年やっと討伐される姿がテレビに流れた。
だけどそれはモニターの向こう側の話で決して今、目の前の話ではない。
ああ、遠い世界の話だと思ってたから罰が当たったのだろうか。
思わず恐怖から逃げるように腰が引いてしまうも
「ううーっ……」
すでに警戒態勢のイチゴチョコに
「ふーっ……」
臨戦態勢の野良猫たち。
え、これどういう状況?
俺にもわかるように誰か説明して?
なんて言えば相変わらずどこか緊張感のない大福が俺にお散歩セットの入った袋を持ってきた。
「え?何これ。この状況で持ってろっていうの?」
ここまで連れてきてもらってどうやら戦力外宣告をされてしまったようだ。
だけど大福は俺の隣にちょこんと座り、しなだれるように俺に体重をかけてくる。
女の子なら嬉しいけど、いや大福でも嬉しいけど獣臭いというか図々しいというか。そういやこいつこういう性格だったよなと思いながらも目の前の光景が信じられずに目が離せられないでいる。
壁を駆けまわる猫たちにマロと名付けられた狼を噛んだまま振り回すイチゴ。遠心力で壁までふっ飛ばされたとマロに頭から突進しマロを壁に縫い付けるチョコ。
「やだ、かっこいい……」
なんて頼もしい番犬なのだろうと思うもすぐ隣の末っ子は緊張感もなく大きな欠伸をしていた。
その間にも相沢家の納屋に住み着く猫たちがその鋭い爪で猫パンチを繰り広げている。
飛び散るマロ毛。
迸る鮮血。
一撃一撃がマロを消費していく攻撃に正直ビビってしまうけどそこに俺のバットを咥えてやってきたイチゴがいた。
カラン……
レンガ造りの室内に乾いた木の音が響く。
転がっていくバットを前足で押さえつけて俺をまっすぐ見る視線は
「拾え」
なんて命令するかのようなもの。
思わずではないがその迫力に負けて手にする俺は次に何をやらされるか理解した。
異常に少ない数の魔物のダンジョン。
ところどころケガをしていた魔物の姿。
どこからともなく現れた猫達。
「あああ……つまり俺に止めを刺せと?」
「ふんすっ」
鼻息で返事をもらってしまった。
「魔法とか使ってこないかな?」
なぜかイチゴに自分の身の安全を聞いてしまったけどそれには一段と激しくなった猫たちの攻撃がそんなこと気にするなと言った返事という所だろう。
もうぼろぼろで足もぷるぷるなマロの立ち姿に魔法なんて使う余地もないという様子を理解してバットを持った俺の背中を大福がぐいぐいと押してくる。
「あの、大福さん?強引なのはちょっと……」
もともと力が強いけどこのダンジョンの中で俺よりどう見ても上の大福にかなうわけもなく、気が付けば踏み出せばすぐ襲い掛かれる場所まで押し出されていた。
ヤバイ、近くで見ると想像以上にでかい。
涙がちょちょぎれてるんだけど、とりあえずプルプルする脚と腕に一生懸命命令する。
マロを倒せ!
それだけに集中してバットを振りかざす物の
ぺちっ
何とも心もとない音が響き、マロがゆっくりと俺を確認する様に小首をかしげる。
「あああ、そこまで攻撃力なかったとか?!」
マロ討伐の推奨レベルは15。なんてことも知らないレベル6の俺の攻撃では蚊に刺された程度なのだろう
この中で一番の雑魚を見つけて鬱憤を晴らさんと言わんばかりにむき出しになった牙に背筋に何かが這い上がってきたような気になったが、それよりも早くマロの頭が消えた。
「は?」
いや、直後足元から鈍い音が響き渡ってきた。
ゆっくりと石のように固くなった体でゆーっくりと音がした方へと頭を向ければ、そこには大福によって頭を踏まれたマロがいた。いや、なんか頭の形が変な感じになってるんだけどと突っ込むよりも前に
「どう?私凄いでしょ!」
ほめて!ほめて!なんて言わんばかりに目をキラキラとさせてしっぽをぶんぶん振り回す大福となぜかいきなり遠吠えをするイチゴとチョコ。それに混ざって猫達がにゃーにゃーと寄ってきてマロのしっぽに猫パンチを繰り出しながら遊びだす始末。
一体何が……
そんな疑問はぽこん、ぽこんという様にいきなり出現した宝箱で理解した。
ゲームなんかだと敵を倒すと出てくるあんな感じのシステム。
「か、勝ったんだ……」
ぺたりと尻餅をついてしまう。
そのまま崩れ落ちて俺もあお向けになって倒れてしまうものの周囲はマロを囲んでわんわん、にゃーにゃーの大合唱。
勘弁してくれと言いたかったけど俺でもわかるくらいの彼ら彼女らの楽しげな様子にまあ、いいか。なんて命が無事だったからいえる言葉で見守ってしまえば
ぐ~……
なんて安心したからか自分の腹が騒ぎ出す音。
「腹減ったな……そういやもう昼飯時だっけ」
帰ってご飯用意しないとななんて考えていればチョコが持ってきたかばんを俺の所まで運んできた。
「そういや菓子パンがあったな」
思い出して袋の中から取り出して一気に食べる。
妙に甘いクリームが入っていた菓子パンだったけど今はこの甘さがありがたく、そして乾いた喉にペットボトルの水を飲んでやっと一息ついた。
そして見上げてくるイチゴチョコ大福と影ながら俺を支えてきた猫たちに気付いてお皿がなくて申し訳ないけどカリカリを床に直接出せばみんな気にせず一斉に食べだした。
そうだよな。
あんな巨大な魔物をこんな小さな体で倒すんだからおなかも減るよな。
そういいながら水の器だけは入っていたからそこにペットボトルの水を出して皆にも飲んでもらう。
しばらくの間響くカリカリの音に耳を傾けていればそれはすぐに落ち着いて
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
この先に続く世界に興味がないと言えばうそになる。
だけどこんな小さな猫や預かっている犬に守られながら先を進むほど俺は愚かではない。
9階に戻る階段を上がりながらついてくるみんなが頼もしくて、もうダンジョンなんて怖くない、そんなことさえ思ってしまう。いや、本当は怖いんだろうけど、今はみんながいるから怖くないんだと俺の隣を歩くイチゴの首のあたりをガシガシとなでてやれば嬉しそうにすり寄ってくる。
全員出てきたようで扉が閉まったことを確認して
「もう大丈夫だな」
あんな怖い思いはこりごりだという様に近寄らないんだからねと地上に向かって足を運ぼうとすれば
「わんっ!」
まるで俺を呼ぶように鳴く大福の鳴き声に振り向いてしまえば閉ざされたばかりの扉に前足を置いてぐっと押し開けていた……
「あああ!大福おまっ!なんてことしてくれるんだっっっ!!!」
開かれたばかりの扉の中に我先にとなだれ込む猫達。
そして再度俺を10階に連れ込もうとズボンを咥えて引っ張るチョコ。
忘れ物はないよねとお散歩袋を咥えて最後尾をついてくるイチゴの目力に負けて……
「今度は絶対地上に帰るからな!」
そんな叫び声をあげるもこれを何度繰り返しただろうか。
やっと帰ってきたころには太陽はいつの間にか西に傾いていて…
「ダンジョン怖い。イチゴチョコ大福と猫達が怖い……」
気が付けばレベル12になるまで鍛えられた俺だけど明日もこの特訓が続くことを想像もしてない新兵そのものだった。
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