尊兄ちゃん、モフ毛にはめられる

「それにしてもこのダンジョンあまり魔物がいないなー。

 なんでか知ってるか?」

「わふっ」

 なんてあまりの静かさに犬に話しかけても的確な言葉で答えてくれるわけがないのにこの心細はやっぱり緊張しているからだろう。

 さっきステータスを確認したらレベルが6になっていた。

 東京とかのダンジョンだとレベルを一つ上げるのにもダンジョンに入る人数に対して魔物の数が少ないからかなりの運が必要になるらしいけど、ここには今俺以外の冒険者がいるわけでもないのに魔物が一匹ずつやってくるのだ。安心して戦えると思っても所々ケガもしてるとかむしろそっちの方が怖いけど何とかイチゴチョコ大福にフォローしてもらいながらケガをせずに討伐は成功をしている。

おかげでダンジョンに入って数時間もしないうちにうさっきーの住むところまで来てしまい、初討伐成功までしてしまった。


「ええと、たしかダンジョンの階層≠レベルだっけ?

 やばいなー。もう9階なのに俺まだレベル6なんだけど」


 岳がダンジョンの話題が好きでよく俺に話してくれたから知ってる程度の内容とニュースで聞く程度しか俺はダンジョンに興味を持っていなかった。




 ダンジョンなんて数百キロ先の遠い地の出来事の話だと思っていたのもあるから全く関心がなかった。

 だけど妙に岳が相沢の家に入り浸っているな、それどころか住み着くとか言い出して驚いたけどその時は


「相沢が畑とその周りのメンテナンスするなら畑を好きなようにやってもいいって言うからさ。納屋で良いなら住めばって言うから当分家の手伝いできないけどいいかな?」


 まるで暗記させられたセリフを言わされている感のある言葉だったが

「あら素敵じゃない。

 動画でも農地復興とか流行ってるじゃない」

 真っ先に嫁さんが乗り気になってくれた。

 いつも岳と顔を合わせればけんか腰なのに今回は背中を押す様子になんと言うか、岳を追い出したい気があふれ過ぎてお袋が顔を歪めているのがちょっと怖いけどお袋が怖くて口をはさめないんだけど……

「でしょ!本当はニワトリとかも飼えたらいいけどあの家やたらと野良猫が多いからそこはあきらめてる」

「そうなの?

 ところでいつ向かうの?」

 それこそお袋の視線が光るほど鋭くなったものの

「ん?ごはん食べたら荷物準備してすぐ行くよ。

 荷物は一度じゃ運びこめないから何度かに分けて取りに来るけどね」

 そういってごちそうさまと手を合わせて食器を流しまで運んでいた。

「え?今??なんか、想像以上に話早いな……」

 このスピードには嫁さんどころかお袋たちも含めた全員がびっくりだ。

「あー、沢田も来たし早く稼働させたいからって」

「稼働って何をだ?」

 ついには親父まで話に入って来た。

「あー、畑の復興とかの動画?あと納屋とか離れに住めるようにDIYとか?

 収益とか考えると早く始めた方がいいだろうって相沢が言っててさ」

 なんて目がきょろきょろしているあたり嘘ではないが何か隠しているのだろうな。弟ながら嘘がつけないかわりに何か一生懸命誤魔化している様子はあるがそこはどうせすぐにわかるのだから下手な説明を聞くよりもう少し待てばいいだけだと俺はもちろん親父たちも根掘り葉掘り聞く事はしない。

「それにしても相沢君はそういう事きちんと計画してやっぱりすごいわねえ」

 普段は全く何考えてるかわからんのになと思えば

「えー?あのニートが?」

 なんて嫁さんは相沢の高校時代を知らないからそういうけど

「岳を無事卒業させてくれただけで我が家の神よ」

「ああ、何年留学するのか頭を抱えていたからな」

「岳も相沢君に足を向けて寝るんじゃないぞ」

「えー?当分雑魚寝とかだから無理じゃね?」

 なんて笑う俺達の会話にさすがに引かれてしまった。

「とりあえず今日は着替えとかもってって、あ、布団一式貸して!ベッドとか作る予定だけど今日はまだないから……」

「持ってかなくても相沢さんの家ならいっぱいあるでしょう」

 お袋が呆れてるけど

「なんかずいぶん長い事押し入れに入れっぱなしだから持って来いって言われてるんだ」

「それは危険ね」

 なんてまだご飯を食べ終わってないのにお袋は敷布団だけ持ってきて

「掛け布団は自分のを持っていきなさい。自分の匂いがしている方が安心するでしょ?」

 動物かと思ったけど

「もちろん。枕も持っていくし」

 なんて否定もせずにさっそく車に荷物を詰めていた。えー?

「ちょ、その車乗ってっちゃうの?」

「え?俺の車だし?」

「そういえばみんなで普通に乗ってたけど岳が宝くじを当てて買ったんだっけね」

「そういえば岳はくじ運だけは良いからな」

「やだなー、くじ運しかないやつみたいなこと言わないでよ」

 なんて笑ってる間にすでに洋服などの荷物は車に詰め込んでいたと見えて扉を使って布団を何とかして押し込めた。

「じゃあ、行ってくるね」

 お隣まで数メートル、目的地まで数キロの相沢宅へ向かっていくのを見送れば

「じゃあ、ごはんの続きを食べようか」

 マイペースな親父の掛け声に家の中に戻りながら泊まり込むのもしょっちゅうだしとそれ以上の深い事を全く考えていなかった。




 そしたら自衛隊の人がどんどん相沢の家にやってきたり工事を始めたり何が起きたのか全く分かんなかったけど


「こんな所にダンジョンがあるなんて言えるわけないか?」


 ご近所なんだし一番近いお隣さんなのだから言ってくれればいいのにと思ったけど、あの時は嫁さんがいたからの距離感。少し寂しく思うのは高校の帰り道に岳の勉強を見に寄ったりとかそういう事を懐かしく思いながらもいつの間にかしなくなったな。逆に岳が遊びに行くようになったがと苦笑いしながら

「まあ、あいつが人間不信になったのは仕方がないし」

 相沢のおばあさんがなくなった時の噂話も村中の人間が知っている。というか相沢はどれだけこの村に娯楽を提供してくれるのかと思うものの今回のこれはさすがに秘密を守り通したようだった。

 とはいえだ


「なんで兄ちゃんにだけでも話してくれなかったんだよ!」


 いつも俺の後ろを歩いてどこに行くにもついてきた弟の独り立ちした姿が寂しくって思わず叫んでしまえば

「わふっ」

「すんっ」

「ふぁーう」

 なんてまるで私たちがいるから寂しくないでしょなんて言わんばかりに俺に寄り添ってくれるイチゴチョコ大福。

 よくできた三匹だよともふ毛の温かさと相沢の面倒を見てきた母性(?)になんだかちょっぴり涙が出てきそうになる。

だけどこんなダンジョンの9階で泣いてるわけにはいかない。

「イチゴチョコ大福ありがとうね。元気になったからそろそろお昼を食べにおうちに帰ろうか」

 なんて言えばすくっと立ち上がる凛々しい顔つきにやっぱり気の利く三匹だけどご飯には忠実なんだななんてくすっと笑ってしまえばもふもふ度の高い大福が前足で壁をたしたしと叩きだし……


ギギギギギ……


 実際はそんな音はしない。だが俺でも知っている開けてはいけない扉を開けてしまったそんな恐怖心がさらに恐怖をあおる様に脳内で鈍い音を響き渡らせていた。


「大福!おま、何とんでもない事を!」

 

 思わず叫んでしまったものの大福はひょいひょいと階段を駆け下りていき、思わず扉に向かって手を伸ばして


「帰って来い!

 

 大声で叫んでみても帰っては来ない。

どうしたものか、相沢になんて言えば……なんて考えていたら


「は?」


 俺はイチゴとチョコによる体当たりによって階段から突き落とされていた……

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