尊兄ちゃん、イチゴチョコ大福に導かれる
相沢が現在地も知らない自衛隊の基地内に設置されたダンジョン武器開発部の建屋内で苦い思いを覚えながらも未公開の新作の武器のお披露目にテンションダダアゲのころ、山の家では……
「や、やった!うさっきー初討伐だ!」
握りしめたバットが血に染まり、そして足元に力なく横たわるうさぎ、もというさっきーの姿に力が抜けてへたり込んだのは上田尊。
岳の実の兄だ。
「わうっ!わうっ!」
「わおーーーん!」
「わふっ!」
なんて初のうさっきー討伐にイチゴチョコ大福も喜んで俺にモフモフとすり寄ってくれる。
「ああ、こら。ちょっと待て。返り血で汚れるから」
なんて言いながらもおかしなテンションに全力でイチゴチョコ大福をわしわしと首回りをかいてあげるのは単に一番喜ばれることをしっているだけ。どう見ても大型犬がもう一頭増えたようにしか見えないのはきのせいだ。
イチゴチョコ大福とは尊が店番している時に相沢を連れてくる三匹にお疲れさまとお水をあげたり賞味期限切れのパンの耳を与えたりしてから少しずつ仲良くなった。
だけど基本は飼い主のお世話をもっとうとするこの三匹。
飼い主の前では山から熊が出てきたり鹿や猪に遭遇しないように気を張っているのは忠誠心だと信じておきたい。
決して
「もう、うちのご主人様はいつまでたっても足元がおぼつかなくて世話がかかるんだからー。みんな絶対目を離すんじゃないよ!」
「あー、ご主人様がへばってもう動けそうもないよー」
「仕方がないからみんなで引っ張っていくよー!」
なんて思ってるとは思いたくない。
そんなイチゴチョコ大福だが今はこの新人のお世話、つまり俺の教育に気合が入っているようだ。
それはつい先日
「兄ちゃん、悪いけど相沢の家で留守番してもらえない?」
「いや、なんで相沢の家で?うちから相沢の家の入り口を見張っておけばいいだろ。それに自衛隊の人もいるし、むしろそっちの方が安心感あるだろ?」
「うん。だけど今回は千賀さん達も全員一緒にお出かけだから留守になるから」
「大変だなあ」
「うん。だから畑に獣が来ないようにとかイチゴチョコ大福、雪のお世話とか、後納屋に住み着いた猫たちのご飯とかお願いしたいんだ」
「えー?猫たちなら相沢の婆さんが自力で捕れって教育してただろ」
「うん。だけど相沢が甘やかして餌付けしちゃってるからあいつら絶対野生忘れてると思う……思う?」
何やら自問自答タイムに入った弟にもうそこまで甘やかす年齢じゃないだろうと思うし
「まだ水道管が凍るには早いじゃないか。そこまで必要あるのか?」
なんてどうして俺に手伝わせたいのかと思うも
「あら、ちょうどいいじゃない。
少し家から離れてみるのもいいかもよ?」
なんて言ってきたのはお袋だった。
笑顔なのに全く笑ってない視線で
「あんたが家にいると元嫁が家に来るのよ?実家に連れ戻されたのにこんなしょっちゅうやってくるのだから尊も少し家から離れてなさい」
「まだ離婚できてないです」
「したも同然でしょ。むしろ尊も自分の顔ちゃんと見なさい。
そんな疲れ切った顔で店に出すことも畑に送り出すこともできないでしょう!」
ぴしりと言った言葉の直後、なぜかすぐ横でシャッター音。
何?と思ったら岳が俺にスマホを向けて写真を撮っていた。
「うわ、写真でとると余計酷いやつれ方してるよ。
記念に写真送っとくね」
なんてすぐに俺のスマホに写真が送られてきてたのでそんなにも、なんて思えば
「うわっ……」
睡眠不足だとは思っていた。
ただそれを証明するかのようなくまと疲れてくぼみかかった眼球。頬はやせこけ、心なしか肌に張りもない。髪もどこかバサバサとしていて、なんか悲しいくらいに
「ほんと酷いやつれ方だな……」
ハハハと乾いた笑い声をこぼしてしまう。
「だから旅行に行かせるのは心配だけど相沢さんの家なら何かあればすぐ駆け付けられるから。
せっかく来てくれって言ってくれているのならその言葉に甘えさせてもらいなさい」
それくらい俺には休息する時間が必要だという事に俺は素直に頷けばすぐに岳は相沢に連絡を取ってくれて、俺はしばらく相沢の家にお邪魔することになった。
そして約束の時間。
相沢にお願いと言われて任されたと安請け合いをすれば案内されたのは相沢家のトイレ。
ひょっとしてトイレ壊れたから直せって?ちょっと他人の家のトイレは勘弁してほしいなと思うもトイレをのぞき込んで頭の中がバグった。
なんでトイレに地下室への階段なんかがあるんだろう……
って言うかだ。
「ダメだろ?勝手にトイレをこんなRPG風にいじくっちゃ……
あーあ、どんな奇抜なトイレにしたんだよ」
どうやって使うんだ?むしろ俺はこのトイレでここで過ごさないといけないのか?
家を預かるといった手前やっぱやめたは言えない。
いや、今回に限っては言っても大丈夫だろう案件。
だけどそれ以上に相沢達の行動が早かった。
多少雪がトラブルを起こしたぐらいで概ね問題は無くささっと出発して行ったバスを見送り、後は問題しか残されてない相沢家を見上げる。
「俺、無事やって行けるのか?」
離婚問題が発生したと思ったらまさかこんなご近所でダンジョン問題が発生してたとは……
「岳が帰ってこないわけだ」
嘘が言えない岳だと思っていたのに自衛隊の人と知り合って訓練場になってるって言う言葉を真に受けた俺ももうちょっと間抜けだろうと思うもだ。
「ダンジョン、入っていいのかな?」
いつの間にかそばに来ていたイチゴチョコ大福がわふっと鳴く声はまるでさあさあ、お散歩に行きましょう!と言わんばかりの返答。
とりあえずイチゴか水筒やエチケット袋などをまとめたコーナーに案内してくれて、チョコが水筒をもっていつ買ったのか給水機のタンクにいっぱいの水を入れろと言わんばかりに後ろ足で立って教えてくれて大福はまだー?と言わんばかりにドッグフードやおやつの入った箱の前で寝そべっていた。
「お前、相変わらずマイペースだな」
希望通りにおやつを箱から取り出せばイチゴが荷物を入れるリュックを持ってきてくれた。
妙に使用感もありなるほどこれを持っていくのかと袋に詰めればチョコがまた別の引き出しをカリカリしていた。
そこには
「人間用のおやつとペットボトル……」
おやつというか菓子パンだけど、まあ、当分留守にすると言っていたから代わりに食べる事に問題は無いだろう。
そしてイチゴが一本のバットを持ってきて……
「あー、岳の奴バットで戦ってたのか」
なんて苦笑いをこぼしてしまう。とはいえ
「岳に野球を教えたのは俺だからな」
なんて近所に友達のいないこの環境。せめてキャッチボールの相手ぐらいほしくて岳に教えたけど年齢差から話にもならず。だけどだ。
「岳が帰ってきたらキャッチボールでも誘ってみようかな」
遠い昔、キャッチボールをしようと言ってまだボールがうまく取れない岳にボールを取りに走らせた日々。
「今ならちゃんとキャッチボールになるよね」
今思えばなんてことだと反省できるようになったけど
「わふっ?」
なぜか寝ころんでいた大福が野球のボールを咥えて持ってきて、そのままダンジョンにもぐりこむのを見て
「あいつ、犬相手にキャッチボールしてるとか言うつもりか?」
とりあえず三匹に案内されるようにダンジョンにもぐりこむ上田尊レベル2。称号はまだ駆け出し冒険者。
免許更新以来のダンジョンに少しビビっていたが先を急ぐイチゴチョコ大福によって
「あ、ちょ、三匹とも先に行かないの!俺を置いていかないの!」
多少の恐怖心と共にどさくさに紛れて忘れるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます