ヤバい人いた……
岳のハイテンションに誰ともなく俺を気遣う視線。
まあ、さすがにあれだけ父親の事を嫌っていてもやっぱり心のどこかで親子らしい会話ができるのではないだろうかなんて期待は微塵程度には残っていたらしい。今頃になってそんなことを自覚する俺、サイテーだ。
次の場所に移動する間岳の楽し気な話に反射的な返事しかできなくてろくに何を話しをしたかも覚えてなくてごめんね。
だけどそこは沢田が相手をしてくれた。さすがは幼馴染という所だろう。
いや、思いっきり気を使ってくれていたのだろう。
思った以上に心の内側にダメージをもらってしまったが、目的地に着くまで岳と話をする傍ら、ずっと俺の手を握っていてくれた。
情けないと思う反面嬉しいとざわつく心もある。
窓にもたれながら瞼を閉ざして寝たふりをしていてもつながった手の温盛に少しずつ凍えていった心が解けていくのが分かる。
あの時に勢いまかせというか、なんというか。
大切だった親友が今にも消え去りそうなその姿にさらにダメージを与えるあの状況。
岳の初恋が沢田だっただけにそれじゃあないなと思っていたけど、むしろあの状況からあふれ出した言葉に自分の本音を知った。
あんな家庭環境だからか恋愛やましてや結婚なんて考えた事もなかったけど、どうやらただの親友では収まっていなかったようだ。
まあ、思い出しても赤面するしかないし、あれから沢田も何も言わないし、俺からもこれと言ったアクションはしていない。
ただ少し沢田の事をかわいいなあと思う回数が増えただけで……
こうやって手を握られると沢田が男前すぎて俺の方が勘違いしそうになる。
あの場の雰囲気に流されただけかと思ったけど、なんて。
とりあえずそんなことを悶々と考えている間に車は目的地へとたどり着いた。
ダダ、今回は地下駐車場へと車が向かったために建物の全貌を俺は見ていない。寝たふりをしていたからね。
というか、いつまで寝たふりをしていればいいのかと思うも
「相沢、着いたよ」
なんて岳が起こしてくれた。
沢田じゃないんかーいなんて思ったけど
「うわ、いつの間にか眠ってた」
なんて涎が垂れてないかまずチェック。うん、これでばれないはずだ。
「ほんと良く寝てたわよー。
途中渋滞に巻き込まれて一時間以上かかったのに全く起きないんだからこっちもびっくりよ」
記憶にございませんがどうやら本当にガチで寝ていたらしい。
いや、それならそれでいい。
一人で一つのテーマについて一時間も討論してたなんて恥ずかしいじゃんと思わず両手で顔を覆ってしまうものの
「それよりもようこそ対ダンジョン武器開発部へ。
君たちが日々送ってくれる魔物の素材を受け取って一人でも隊員の命を守るための研究をしている所だよ。
私はここの所長でもあり、一科学者とも開発を行っている久野市子だ」
もうどれだけここにこもっているんだろうなというくらい女性をやめたというような人が出迎えに来てくれた。
よれよれのどこか薄汚れた白衣にざっくばらんに一つだけまとめた髪。化粧は申し訳程度という世に言う喪女スタイルだけど、滲み出る覇気は研究が楽しいと言わんばかりでその証拠に目の下のくまがひどくてなんだか申し訳なく思った。
「ええと、相沢です」
「沢田です」
「岳です。そして猫の雪です」
そこ上田じゃなくって岳で良いのか?なんて思ったけど
「君達の事は資料をもらって知っているよ。気を悪くしないでくれ。
決して君たちの動画にくぎ付けになって会いたかったというのが理由ではないからね」
「まあ、会いたかったのは素材の方でしょ……」
思わずぼそりと小さな声で言ってしまえば彼女、久野さんはくるりと回って
「よくわかってくれた!
君たちが送ってくれる見た事のない素材、そして開発の困難さ、だけど素材だけは常に山のようにやってくるから多少の失敗も気にせず研究に没頭できたよ!ありがとう!」
なんて俺たち一人一人に握手をしてくれた。
背後の人がそんな久野さんを睨んでいるが、彼女は一切気にせずに
「ところで君たちの武器のメンテナンスはどうだ?奥でゆっくり話を聞きたい。
あとチームのユニフォームについても意見を聞きたいが、何か希望はあるかい?」
なんか思いっきりリサーチをされている気はするが、そこは口では勝てそうもない、どちらかと言えば勝ったら負けのような気がしたので沢田の肩に手を置いて
「ファッションの事なら女性の意見を優先って言うのがセオリーでしょうか?」
なんて聞けば久野さんはにんまりと目を細めて
「了解だ。もし希望があれば言ってくれ!個別対応はするつもりだよ」
「あ!だったらリムたんの刺繍入れてくれる?ゲームのキャラクターなんだけど俺の嫁だからね!」
岳の初恋は綺麗に区切りがついていたようでほっとするも久野さんは少しだけ顔を歪めて
「できない事はないが、君たちが潜るダンジョンの深さだとスパイダーの糸で織ってから作る予定だからすぐに破れると思うぞ……」
ガーンとショックを受ける岳にまあ、そうだよなと納得。
なんか俺達の知らない所で研究をしてくれているようだが、だったら丁度代わりの物がある事を思い出して
「20階でゲットした奴ですけどこれならどうです?」
ついこのあいだゲットしたばかりだけどあまりにいろいろな事がありすぎて懐かしささえ感じるのは天界の衣。
真っ白の反物だけど軽くて丈夫そうなやつ。
「こんなすごいものを使ってもいいのか?!」
初めて見るアイテムに子供のように目をキラキラとさせて興奮していた。
「後ろに待機している人も好奇心と驚きでのぞき込んでるけどそうこうしているぐらいなら反物に飛びついた久野さんをどうにかしてくれと言いたい。
だけど
「一応我が家の猫対策でカーテンに使う分は残してもらう事が出来れば問題ありません」
なんてきりっとした顔で主張をしてみれば
「君は何寝言を言ってるんだ。
ダンジョン産の布をカーテンにするバカ者の話なんて初めて聞いたぞ」
「まあダンジョン産の布をカーテンにするバカ者は俺が初めてでしょうからね」
きりっとした顔で言い返す。
お猫様を飼っている家なら皆さん悩みの種だろうにゃんこのカーテン登り。レースのカーテンなんて常にボロボロ。古民家の我が家が一瞬にして廃屋となるアイテム。
この問題さえクリアできれば俺は何度だってカーテンをもらいに20階へ足を運ぶだろう。
もうね、天界の衣ってカーテンにしか見えなくなっているのよ。
せっかく目をキラキラしてくれているところ申し訳ないが反物を三つだけ渡して
「たぶんこれで足りると思うのでよろしくお願いします」
そうやって渡しているうちにひらひらしている反物が気になって雪が飛びつくのを俺はもうすぐカーテン登り放題だからなーと心の中であのかわいさを思い出してにやにやするのだった。
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