とりあえず沢田の勝ちで
お線香の香りの残るたぶん謁見の間とか玉座の間とか言われるだろうこの部屋にある石造りだけどちょっと凝った作りの椅子に座って俺は少しうとうとしていた。
仕方がない。
座り心地は石造りなので硬いけど座面が広くてなかなかおさまりがいいのが敗因。
ひんやりとして気持ちがいいのも一因だが雪が守ってくれるという安心感。さらに圧倒的にお骨様の出現率が減ったのだ。
とても良い事だ。寝るしかないというものだろう。
肉の腐る匂いとかは全くしないけど妄想を掻き立てられて……
心の安寧って言うの?
とても大切だと思う。
だけど雪はこの部屋の上から降りてくるはずの魔物がなかなか降りてこないのでやってくる扉を前に尻尾を揺らしながらお待ちする後ろ姿……
このしっぽを見てると眠気が加速するんだよ。
リズムよくメトロノームだったっけ?音楽で使うテンポをはかる奴。
それみたいで音楽の時間を思い出して意識が遠くなりそうだけど雪の耳がピクリと動いた気がしたと思えば
「あー!相沢発見!雪もちゃんといたー!
二人ともお待たせー!」
足取り軽く、ではないが足元は泥だらけだけど元気に走ってきた沢田と
「俺も到着!
それよりこの城の周りどうなってるんだ?局地的な雨でも降ったのかってぐらいびしょびしょだったんだけど?」
岳の足元も泥だらけだけどいかにも美味しそうな鹿のような魔物を担いでいた。あまりの量に慌てて収納。沢田も岳もにっこにこだったが毒霧撒き散らしていたのは黙っていようと思う。
「まあ、いろいろあって。着替えるなら荷物出すけど?」
「んー、また汚れるからいいよ」
「帰り道もあるし俺もいいよ」
たくましすぎる親友の言葉のおかげでかわいそうな事に千賀さん達の選択も決まったものだ。
何年かなんてわからないけどその汚れを水で一気に押し流したからボロボロとはいえいろんなカーペットとかを含めて城の外に排出されている。
入り口の所でちょっと詰まってたけど……きっとそれをきちんとどけたり押しのけたりいろいろあっての感想なんだろうけど、俺もあれは自分がやったとはいえ酷いと思う。ちなみに俺は隙間を潜り抜けた派だ。
「やっと到着」
「おら、はやっさんしっかりしろ」
「工藤悪いな……」
なんてチームおっさんたちもやってきた。
って言うか工藤が林さんの肩を支えてやってきたいつの間に仲良しになったのと言う疑問しかない光景。
そのあとに続く橘さんや三輪さん兄貴たちはそんなわけあるかと言わんばかりの微妙な顔でお肉をしょって黙ってついてきたので俺はすかさず皆さんに源泉入りのペットボトルを渡すのだった。
「なにがあったのですか? 」
なんとなく聞きたくなかったけど一応気にしなくちゃいけないような雰囲気に
「なに、林の膝がな……」
この急こう配の階段にお膝が耐えれず痛めたという所だろう。戦闘員の前にデスクワークが中心だからか足腰がどうもなまっているようだ。
まあ、その程度なら源泉ですぐに治るけど……
「ペットボトル持ってましたよね?」
「この城が見えた所で飲み干したからな」
「まさかのアラサー、すでに体がアラフィフ状態とか?」
あーあと呆れてしまうも俺から源泉を一気に呷って痛みが引いたという様に立ち上がるのだった。
「で、お前らなんでこんなところで普通に飯食ってられるんだよ……」
工藤に突っ込まれたけどみんなバーベキューコンロを囲んでお肉を食べながら何が問題だと小首をかしげた。
「ちょうど昼時だからな」
「そうよー。工藤のせいでいつもより遅い昼ご飯なんだから」
沢田のさりげないレベルマウントに工藤は顔を歪めるも岳が遠慮なく取り皿と割りばしを渡して皿の上に焼けた肉や野菜を乗せていく。
当然悔しそうにがっついたところで俺は皆さんの為に炊飯器のご飯をどんぶりに盛って渡せばそれも気持ちいいほどかっ食らっていた。と言うか自発的にどんぶりのご飯の上に肉を並べて焼肉のタレをかけて食べるという……
「おま、さりげなくどんぶり作ってみせんじゃねーよ!」
「ああ?千賀は品よく食べてください」
なんてけんか腰のおっさんに
「二人ともわかってない!」
なんてまさかの沢田の参戦。
どんぶりなのでご飯少なめだったけど沢田は焼けていた野菜をどんぶりのご飯の上に置いてさらにその上にタレをたっぷりからめた肉を並べる。
「それが?」
工藤の挑発的な視線に沢田は生卵を取り出して卵黄だけを乗せた。
「な、ちょ……白身!白身は?!」
岳の見当違いな驚きに沢田は
「白身なんていろいろ使い道あるから問題ないわ!相沢、はい」
「あ、はい」
なんて迫力に負けて受け取ったけど沢田はその程度(岳)の妨害で負けるはずがない。
白身を入れた器を収納して次はどうなると思ってみていれば
「大葉でしょ?ゴマでしょ?コチュジャンでしょ?」
「ちょっと待て!ビビンバ風にして食べるとか?!」
なんて工藤の待ったも気にせずに
「チーズをのせて、卵黄に火が入らないようにバーナーでチーズだけがとける程度に火を通して……」
「さ、沢田君。そんな男子もうらやむカロリー爆弾な事を女子がしてはいけな……」
「今は昼なので問題ありません」
「「なっ!!」」
工藤どころか林さんも衝撃を受けていて、お前ら二人仲がいいなと俺はその合間にこっそり買っておいた牛タンを焼いて食べていた。
いくつかの手間を重ねたどんぶりを二人に見せながらあろうことか沢田は箸の先端でぷつっと卵黄を崩す。
たらり……
とろけるチーズの黄色とは違い、濃ゆい卵の黄身の色が肉の上に広がっていき
「いただきます♥」
箸ではなくスプーンでチーズとらんおう、そしてアクセントと言わんばかりの深い朱の色をしたコチュジャンを添えて大きく口を開けて食べるそんな姿を真似するおっさん二人。いや、橘さんあんたもかよ……
至福の顔でもぐもぐしながらもちらりと三人の顔をちゃんと見る沢田。
唇に付いたのは卵黄かそれともチーズか。
ぺろりと舐めとって
「すぐに用意してあげるわね?」
そういって反射的にどんぶりを差し出す四人。いつの間にか三輪さんも仲間に入っていて……
「俺も食べたいし!」
なんて負けじと参戦する岳。
ああ、これが胃袋を掴まれて調教された人間の末路か……
すぐに沢田は五人のどんぶりに手際よく野菜や肉を盛り、卵黄を鎮座させた後の薬味は各自好きな塩梅に任せるという手抜き……神仕様。
みなさんそれをお替りする景色を千賀さんと眺めながら
「千賀さんは食べないのですか?」
なんて聞けば
「生卵、実はちょっと苦手なんだよ」
「まあ、スキキライ誰でも一つはありますよね」
「で、君は?」
「まあ、別に飛びつく様なメニューでもないですし」
「そうか……」
千賀さんはどこか遠い目をしながらもしっかりと俺の牛タンにレモンを絞って食べているのを見て、追加で葱盛の牛タンを贈呈するのだった。
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