思い出は封印しておいた方がいい話もある

 絶望、それはこの瞬間にあった。

 あれから雪を追いかけて15階を目指して休むことなく走り続けた。初見の足元が不安定な場所を走り続けた先で待っていたのは


「雪しゃん……雪しゃんひどすぎです!!!」

「なー」

「いえ、雪様最高です」


 文句でもあるのか?というようなドスの利いた鳴き声を落とす雪はすでに倒した魔象三体の一番高いところから俺を見下ろしていた。

「ただちょっと大学ダンジョンで見た子象をみんなにも見せてあげたかっただけです!絶対きゅん死確定のかわいいさ爆発の子象を見てもらいたかだけだったのです!!!」

 なんて力説をすれば

「なー……」

「落ち着け相沢。さすがの雪もあきれてるぞ。

子象なら運が良ければ動物園で見れるだろう?」

 なんて林さんは言ってくれるけど

「うちの近くに動物園も水族館なんかないんだよ!

 むしろ山にお住いの動物しか見れないんだよ!そいつらしかいないんだよ!!!」

「泣くな。お前の家の所だと下界には寄り付かない渡り鳥や渡り蝶、真夏に鶯の声だって聞こえる下界から見れば動物園以上の楽園だから」

 なんて岳に慰められてもうれしくもない。

「だって、だって小象が二匹だぞ?サイズ的に兄弟か?

 弟の為に頑張るお兄ちゃんとかビビりながら頑張る弟とか想像したらかわいいしかないだろう!!!」

 そんな俺の妄想に千賀さんが

「帰りに多摩動物園でもよるように交渉するから落ち着け」

「あ、遠足で行ったことがあるので他の所でお願いします。市原ぞうの国か富士サファリパークから日本平動物園、浜松市動物園、のんほいパーク、岡崎市東公園動物園、東山動物園のコースでお願いします」

 ぜひはしごコースが良いですと言えば

「まて、動物園のはしごとか、それはなんだ?」

「東名走ればコンプリートコースです!東京遠征に夢見た俺のおすすめコースです!各動物園はどれも一日ずつ満喫できます!最後の東山動物園近くの高速から中央道乗れば帰って来れます無駄のないコースです!」

「なんかよくわからんが、結城一佐に今回の報酬として相談させてもらおう……」

「って言うか、相沢がそんなにも象が好きだなんて知らなかったわ」

 なんて沢田の驚く顔に

「なにを言う。男は黙って象さんだろ?」

「下ネタか!」

 なんて殴られてしまった。

 当然のごとくお前なんかと一緒にするなという皆さんの視線も痛かったが

「虫は嫌いだけど動物は好きなんだよ。

 まだ東京にいた時隣に住んでいた幼馴染の家に猫が三匹いてさ、遊びに行くといつも黙って膝の上に座ってくれるじいちゃん猫がいたんだよ。ものすごい甘えっこで初対面の時からいつも胡坐で座るとすっぽりと収まって、約一時間はいつも寝てくれてすごくかわいかったんだよ」

 ほう?

 千賀さんのそんな一面もあるのかというような感嘆の声に

「単にベッド代わりにされているのでしょう」

 林さんの現実的なお言葉は俺には一切聞こえない。

「だけどおじいちゃんだったからすぐに死んじゃって……

遊びに行っても漫画を読んでる間寂しかったな」

「遊びに行ってるのか漫画を読みに行ってるのかどっちよ?」

沢田の指摘に

「幼馴染の年の離れたお兄さんの部屋は本棚からあふれた漫画が床に平積みで囲まれていてさ。とりあえず片っ端から読みに行ってた。ドラゴンボールは名作だったね」

「なるほど。そうやって相沢は英才教育を受けたのだね」

「どんな教育?!」

 岳の納得いった言葉に沢田がすかさず突っ込むもそれを横に俺は

「うちは親が漫画に理解がなかったから一冊も買ってくれなかったから。むだに辞書とか偉人伝とかは買ってくれたけど」

 げんなりと言う様に言えば

「一応相沢の将来を思って買ってくれたのだろう?そういうものではない」

 なんて林さんに咎められたけど

「さっき言ったでしょ?俺、動物園とか学校の遠足で行ったって。

俺の親は単身東京に残って俺一人をあの家に残して車の免許もないのに婆ちゃんの面倒を見させるような親だよ?俺の将来なんか考えるわけがないじゃん。辞書、偉人伝は親父たちが子供のころ親から贈られるプレゼントとかの時代だろ?俺の年なら大体がネットで調べられる時代だ。つまるところ親としてのパフォーマンスでしかないんだよ」

 はっと笑いながらもしゃべってる間も天井の高いボス部屋でマゾ親子を回収してからログハウスを設置し、千賀さん達のシェルフを用意する。屋外ならテントも出すが、ここなら雨が降る予定はないのでこれで十分だ。

 工藤は俺達のダンジョン探索のようすを初めて見て驚きに理解できないようで立ちすくんでいた。

「ほら、相沢達はここに来る前に大学ダンジョンに潜ってきて疲れているから早く寝ろ。一応若いのが借金鳥対策で寝ずの番をするから。

 工藤、お前も休め」

 そんな千賀さんの采配。

 俺達は言われなくてもログハウスの中に入るつもりだし、俺達が起きている間見張りをしてくれる橘さんと三輪さんは一応用意したカセットコンロでコーヒーを飲むつもりだろうか途中交代するだろう千賀さん達が起きるまでねないための準備を始めていた。

 未だに理解できたない工藤だが俺は橘さん達に

「今のうちにしっかりと食事をしていてください」

 そういって沢田が作ってくれた食事をテーブルの上に用意した。

 トロットロに煮込まれた猪の角煮。

 運悪く畑で俺につかまった奴だ。

 それをじっくり一晩に込んでくれた沢田が作る三枚バラを使った角煮はほんと舌でもほぐれるくらいのトロトロで一度煮たゆで汁を捨てて改めて煮込んでいるので臭さも一切ない。出来立てを保存しておいた俺はそこに白パンを山ほど用意した。もちろん角煮も白パンもちゃんと俺達の分はキープしてある。

 一瞬にしてこの部屋が角煮の香りに塗り替えられた。もちろん用意していたコーヒーをウーロン茶に変えるあたりなかなか橘さんのこだわりは見逃せない。さらに今から寝ようとしていた千賀さんや林さんまでテーブルの周りに集まりだして、こそっとお皿とかを入れたかごの中に忍ばせたカップ麺が並べていく音まで聞こえた。

 この後どうなるかなんて知った事じゃないと俺は久しぶりに思い出したあの男の事に腹を立てながら心配げな岳や沢田の視線を背中で受け止めつつもそのままソファに寝ころび瞼を閉じるのだった。



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