いろいろ思うところはありますが

 工藤は不思議そうにマゾシューズを眺めたのちに素直に履いて空っぽになったビニール袋に靴を入れる程度に常識があってくれた。

「とりあえず探索を終えて帰還してから返すから。先に帰る様になったらしばらくそれ履いて待ってて」

「まあ、履き心地は悪くないな」

 なんてぴょんぴょん飛び跳ねる工藤。なんか面白いなという様に眺めるも

「そんで今日は何処まで行くんだ?」

 なんて聞かれてしまう。

「借金鳥の事も気になるし、せっかくだからいろいろ実験もしたい。工藤には走ってもらわないといけないけど、とりあえずマゾの所まで行って、何もなければそのまま19階まで行こうと思ってる」

 なんてぎょっとするような工藤の視線。

「一応工藤のレベルでも対応はできるからな。防御型のマゾには勝てないだろうけどそこは逃げればいいし」

「だが、あまり深く潜ると工藤の脱出が大変になる」

 なんて、あれだけ裏切られたというのに気遣う様子。あんた本当に人がいいですねときっとかわいい後輩だった時代の思い出の工藤が未だに忘れられずにいる千賀さんの提案だが

「そこは源泉の水を持たせて走らせれば問題ないでしょう」

 林さんが酷な事を言う。

「まあ、ペットボトル二本あれば何とかいけるかもな」

 工藤自らそんなことを言う。

「いや、無理だって。その時は全員で撤退します」

 すかさずさすがにそれはだめだと言えばちっと舌打ちする林さん。ちっはだめですよ。


「この二人相性悪いね」

「とりあえず相沢にまかせておけばなんとかなるじゃね?」

「岳ってば相沢に頼りすぎw」


 おらそこの二人、聞こえてるぞ?なんて睨むも知らないという顔。


「とりあえず林さん。私怨は我慢して、探索と借金鳥の二つに集中しましょう」

「なるべく早く終わらそう」

 言えば渋々と了承をもらうが


「ま、あの鳥頭を見れば全員全力で逃げる、それが正解だから悪いが付き合ってもらうぜ」


 なんて不吉な事を言ってくれた。

 とにかく嫌な予感を覚えながらも

「この先の道案内頼めるか?」

「俺が知っているのは15階の扉の前までだ。ぬかるみが多いから滑って転ぶと置いていくぞ」

 そういって走り出す背中を本当に信じていいのかと思うも俺達が知る二つのダンジョンと同じように階段からほぼ真っ直ぐに走り出すあたり嘘はついていないようだ。


「ねえ、工藤を信じていいの?」

 

 沢田が先頭を走る背中を眺めながら俺の隣に並んで聞いてくるけど


「俺達の知識と工藤の案内は間違ってない。

 この先を雪も走ってるし……」

 転がってる魔物に道は間違ってないと言えば

「じゃなくて本当に一緒にダンジョンに潜って安全かって事」

「それは沢田に任せるよ。そのためのスイッチだ。

 ここから先の巨大生物に対して工藤一人じゃ足止めにもならないだろうけど、生殺与奪の権利は与えられたんだ。沢田の好きにしていいんだぞ?」

「嫌よ!工藤でも人の命なんて!」

 ぎょっとしたようにあわててスイッチを取り出して俺に押し付けてくるから受け取って収納に入れてしまうけど

「俺も人の命は無理だから……

 だけど沢田がこのスイッチを手放してくれて嬉しいな」

 言えばなぜか頬を赤くして

「そんな風に言って。スイッチを取り上げたいなら最初から言いなさいよ」

「いらないものは相沢の収納に放り込んでおくのが一番!」

「なにそれ、まるで相沢がごみ箱みたいじゃん」

「ごみ箱はひどくね?」

 岳まで隣に並んで笑わせてくる。

 そんな私たちに少し前を走る橘さんも話が聞こえていたようで笑ってくれる。

「本音を言えばこのダンジョン内で捨てたいんだけど、何をしでかすかわからないのがダンジョンだからな。やな奴の手に渡ってほしくもないし」

「やな奴?」

 そんなの誰かいたかと岳は視線を上げて前を走る工藤へと視線を向けるも

「そうじゃない。まあ、工藤が悪いんだけど、ここに来た時の工藤の待遇。全員で無視するとか、まあ分からないでもないけどだけどさ、なんか嫌な光景なんだよ。

 いい大人が寄ってたかって無視とかさ。かといって俺達がフォローするのもおかしな話だけど。

 それに一応あんなのでもここじゃ一番強いわけだろ?功績ぐらいは認めてもいいと思うわけよ。かといってしでかしたこともあるから大っぴらに褒め称えるのはできないのだろうけど」

 なんて言えば岳は俺の言葉を真剣に考え、沢田は苦いものを噛んだような顔をする。

「 生殺与奪の権利なんて言ったけど、ここに来た時工藤から血の匂いがした。魔物の血と人の血の匂いの差ぐらい俺でもわかる。

 たぶんダンジョンから出てきたばかりで一人だけ無茶をさせられたんだろうな。見るからにボロボロで……」

 ペットボトルの水を飲んだ後のあの表情。

 決して東京の水がまずいからとか言う話ではない。

 痛みが一瞬で消えた驚き。山にいた時になんとなく気になっていた水。

 ここにきてその違和感に気付いて、だけど今頃気付いた照れ隠しか知らないがそんな反応があの憎たらしい挨拶だったのだろう。

「俺的には工藤を使いつぶすのは構わないと思う。

 だけどそれは長いこと、一生よそ見ができないくらいに生涯をかけて被害者の人たちの為に働き続けるそんな意味でだ。

 憎い相手が死なれたら被害者の人たちだって素直に喜べないじゃん。たぶんもっと苦しめって思ってるから、許せる日はないだろうけどそうさしたのは工藤なんだから同じ苦しみを与えた工藤が簡単にリタイアするのは間違ってると俺は思うわけだ」

「相沢……」

「あんた結構エグイ事言ってるの分かってる?」

「まあ、多感な時期にいろんなことがあった少年が育つとこんな成長を遂げました的な?」

「沢田、怖いよー」

「ちょ、岳!私の後ろに隠れないの!」

「守って沢田?」


 なんてギャーギャー言いながら俺達は巨大な川の水面を走る。

 川岸を工藤が先頭に走る一団を眺めながら騒ぐ俺達を工藤は目を点にして






「あのさ、あいつら水面走ってるの、何のスキルだ?」

 思わずという様に工藤が口を開けば千賀はそういえば靴の説明をしてなかったなと思い出して

「あれはスキルじゃない。お前も履いてるだろ?その靴の効果だ」

「マジか……」

 呆気という顔で走りながら水中から襲ってくる魔物を蹴っ飛ばしている様子を眺めながら走る工藤に

「まあ、この靴は有能だけど止まるとな……」

「あ、岳が沈んだ」

 まるで見本を見つけたという様に三輪が言った。

「なぜ剣を構えた?なぜ水面で足を止めるんだ?!」

「まあ、相沢の口癖ではないが岳だからでしょうな」

あまりにもタイミングよく沈んでいった様子に千賀は叫んでしまえば冷静な林の実況と

「あんな風に沈むから川の上を走る時は注意しろよ」

 代打三輪の忠告。

 すぐに岳は水中から飛び出して俺達のいる陸の方まで逃げてきたけどおしりや足にかみつく雑魚まで連れて来ていて

「ほら工藤、取ってやれ」

 なんて林の指示になんで俺がと呟きながらもイタイイタイと走り回る岳を追いかける工藤という様子に

「割と素直なんですね」

 そんな橘の評価。

「命令に従順なふりをしてるだけだ」

 なんて林は顔を歪めるけど

「子供時代がない奴だったからな。俺達と一緒にいる間だけでも目を瞑ってくれ」

 顔を歪めたままの林に頭を下げれば

「今だけですからね……」

 そっと視線を反らせるころには岳から雑魚も無事はがすことが出来て二人して戻ってきて


「さあ、水面を走る時は注意して行こうか!」


 少しの小休憩の後の相沢の合図にまた賑やかに走り始めるのだった。




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