少し昔ばなしでも聞こうか

「工藤の育ちは実の父親の家庭内暴力で悲惨を極めていたらしい。

 働かず、妻に働かせてパチンコ三昧のクズの見本のような男だ。

 さらに酒を飲んでは暴力をふるい、妻は子供を守りながらの生活に疲れ果て、ある日失踪してしまった」

「なにその胸糞の悪い話」

 沢田が顔を歪める。

「さらに妻という金蔓に逃げられて収入源を失くした父親は工藤を小学生の時には新聞屋の早朝配達のバイトをさせたり、女を作って家に住まわせては金を貢がせたり、まさに王道のクズだ」

 クズに王道も邪道もあるのかと思いながら話を聞く。

「まあ、そんな風に立派なアル中になった父親は早々に亡くなって一人取り残された工藤にやっと母親が迎えに来たわけだ」

「うわー、そのパターンって母親はずいぶん憎まれたでしょ」

 なぜか食い気味に話を聞く沢田に俺たちの方がドン引きだがそこは結城さん。

 表情一つ変えずに話を続けてくれた。

「工藤が母親に暴力とかを振る事はなかったらしいが、それでも万引きや暴力事件と言った非行行為に警察に厄介になった経歴がある。

 それでも……」

 ちらりと千賀さんを見て

「なんとか地元の高校に入る事が出来て、所属した部活の先輩にあこがれて自分を見直したという」

「えー?なんか工藤よりもっと怖い先輩とか?」

 なんて岳が言えば

「それが千賀だ。部活のキャプテンとしての姿に憧れて真似をして、千賀が防衛大に入ったと聞いて学校の助けもあったらしいが素直に自衛隊に入ってきたかわいい奴だ」

「千賀さんどうやって手懐けたんですか?!」

 なんて沢田が驚いていたが

「どうせそれも工藤の作戦だろ。

 千賀さんの良いところを真似して周囲を油断させて、工藤班みたいなグループを作り上げた。見事だよな」

 なんて俺の評価に結城さんはそうだという様に頷いてくれれば千賀さんの苦しそうな声が口から洩れたのを聞いて少し興奮していた沢田はおとなしく席に座るのだった。

「リーダーシップに優れた千賀の真似をしていれば人が集まると学習して、そんな人間の真似をすれば周囲からとやかく言われることもないと、実際そうやってきた高校時代。自衛隊のダンジョン発生前はそれで乗り切って来たらしい」

 という事は工藤の現状が変わったのがダンジョン発生してからなのだろう。

「ダンジョンが発生して魔物があふれて、その処理の為に工藤は土木工事に駆り出され、一方千賀はダンジョン対策課で功績をどんどん上げていく。この差が奴を狂わせた原因、いや、本性を現しただけかもな」

 なんて評価にちらりと千賀さんを見れば膝の上に乗せた握りこぶしが震えていて、うまく使われたなんて考えずに苦しみを理解してやれなかっただろうなんて考えているんだろうと千賀さんを良く知る林さんを見れば呆れたような視線は俺の考えが正解のようだ。

「そんなうっぷんを貯めながら悪童が散々しでかして、今回こうやって逃げようのない証拠と共に法的な処分、ではなく我々が処分することになった。

 あまりの被害者の数というより被害者の「他人に知られたくない」という願いの多さにこういうことになった」

 裁判になればあの辛い日々を事細かく自分の口から第三者に伝えなくてはいけないセカンドレイプのような時間に耐えられる事ができないという心理はすでに見世物として世に広がっているのではという心理状況が被害者の彼女たちの心を今も深く傷つけている証拠だろう。

 法的に処分できなくて納得はできないけど、被害者の人たちの事を思えば関係のないとは言い切れないけど

「そんなこと言われたら理解するしかないじゃん」

 傷はあれどそこまで深くない沢田が耐えるしかないこの状況もおかしいが

「まあ、あの時の顔を思い出せば私は満足だけどね」

 たぶん反則技の金的攻撃の時の事を言っているのだろう。あそこまでしたんだから満足してもらいたい。

 まあ、世の為と言われたらそうだよなと言うしかないが。

 あの光景を思い出したのか林さんの顔色が少し悪く少しだけ内股なのがかわいそうに見えたが俺が気にする必要はない。


「だけどそんな工藤に助けを求める女性がいた」

「そんな人がいるんですか?」

 

 なんて間髪入れずに質問できる岳が素敵すぎる。

 この流れからもうわかるだろうって突っ込みたかったけどそこはあえて黙っていることにした。


「工藤の母親だ」


 予想通りの答えに俺はペットボトルの水を飲みながら話を聞いていく。

「逃げ出した母親はすぐに実家に助けを求めに帰ったそうだ。

 その時すでに手の指などが折られ、まともに食事もさえてもらっていなかったらしく平均体重よりもひどく少なく、工藤の父親の作ったパチンコ代の借金返済の為に体もボロボロで……洗脳されきっていたのだろうな」

 そんな評価の結城さんはそれでも表情を変えずに淡々と話を続ける。

「そんな状態でも子供の事を忘れる事ができなく、実家の両親と何度も迎えに行ったらしいが追い返されて、ついには息子を心配するあまり心を壊して入院となったらしい」

 なんて壮絶な人生なんだろうと唖然とするものの

「そんなときに工藤の父親の訃報を聞いてすぐに迎えに行ったらしいがその時の工藤の言葉はこうだ。

『俺を見捨てておいて今更母親面するな』

 まあ、工藤の視点に立てばある日突然母親がいなくなって会いに来ていたことも聞かされてなければそんな言葉を言えるものだろう」

 何とも苦いものを飲まされた気分になったけどまだ話は終わらないそうだ。

「それでも薬を飲んだりパニック障害で苦しむ母親を見たのだろう。

 少なからず母親の希望で何とか高校に入って無事就職もしてさぞ安心したんだろうな。少しずつ健康的になって病院に行くことなくなって、これだ。

 母親はあの時自分が一人で逃げ出さずに息子の手を引いて逃げ出せていればと後悔が今も強く残っていて、被害者の女性たちの賠償金を払うと言い……」

 そこまで言って結城さんは初めて視線をそっと窓の外へとむけて

「悲しいぐらなまでの母親の姿に工藤もやっと前を向く決意をしたのだろう」

 その結果ダンジョン攻略の一番危険なポジションでの活動なのだろう。

 この国では聞かなかったはずの犯罪者を最前線に立たせるという探索は散々非難していたこの国でも行われていて少なからずショックを受ける。

「工藤の討伐の褒章は君達に支払われる金額の一割以下だ」

 その金額の安さにぎょっとしてしまう。

 俺たちはダンジョン対策課が得る金額と同等の設定だけど決して一般の買取金額ほどではなく、ましてやオークションで一攫千金な金額とは程遠く……

「犯罪者に対する設定だ」

「いや、待って。そうなると被害者に支払われる金額って……」

「工藤を生涯縛り付けるためのものだ。

 彼女たちとて法的に表に出てこない以上金額はささいな問題でしかなく、それ以上に工藤が危険にさらされている事を喜んでくれたぞ」

 どっちもぶっ壊れていて言葉をなくすもそれがこの結末だから俺は何も言えなかった。

 



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