なんか沢田がおかしいけど誰か止めてください

 そんな工藤の壮絶過去という被害者だった男が加害者になるまでの歴史を教えられて言葉を失う。

 幸せというものを知らない母子の人生はこれからも幸せと縁遠いものになるだろう。

 特に一時とはいえ偽りでも幸せを知ってしまったのだ。

 工藤の高校時代のからダンジョンが発生するまでのわずかな短い時間。

 事件を起こすことなく、それどころか工藤の為に就職先を必死になって探してくれた教師もいたし、個人懇談とかで教師の口から息子を褒め称える言葉も聞いたのだろう。

 中学時代の父親をほうふつとさせる工藤の変わり身に夢と希望を持ってしまっただけに根本はあの父親の教育によって歪められた姿を再確認してしまった女性への性加害にどれだけ絶望しただろうか。

 だけどそれでも、まるで今回は息子を手放さないという様に同じ苦しみを味わうことを決断した母親にさすがの工藤でも何か響くものがあったのだろう。


「工藤は今おとなしくダンジョンに潜る生活をしている。

 与えられた武器は一応相沢の家のダンジョンで得たものを使用している」


 なんて言葉に「ん?」なんて首をかしげる。

 工藤が潜っていた時は自衛隊から与えられた物資だったはずだと思えば

「どこかのお人よしが工藤に被害者の為に一匹でも魔物を多く倒せと贈呈したらしい。まったく危険と隣り合わせというのにバカなことを」

 なんて千賀さんをちらりと見ていた。

 隣に座る林さんの冷たい視線にあんな奴に協力したのかと思えば

「武器を新調したんだ。古い武器の保管方法を考えれば適役だろ」

 クズの角からマゾの牙の剣に変えたのは知っていたが、お古とはいえ工藤に渡すなんて無謀すぎると思う。下手したら工藤は今の千賀さんより強いかもしれないのにと車内は緊張するものの

「おかげというには不適切だが無事今も生きている。十分な成果だ」

 他は早々に死んだのにな、なんて物騒な小言も聞こえてきたが俺が何かする理由にはならない。

「とりあえず、そんな工藤を中心にわけのわからない魔物が出没している。退治できるのなら退治をしてもらいたいし、出没などに関して何かルールがあるのなら見つけてもらいたい」

「って、それ私たちがしてもいいのですか?」

 なんて沢田がはーいと手を上げて聞けば事務的に

「意味は?」

 なんて無機質な声で返されてしまう。だけど沢田は気にすることなく

「だって今向かってる秋葉のダンジョンって今じゃ精鋭部隊が集まる所でしょ?そんな所に民間人の私たちがお邪魔しますって行って煙たがられない?だって秋葉のダンジョンって一般人に占拠された場所だし」

そんな心配をする沢田に結城は顔を歪めて

「ああ、そのことなら気にするな。

 向こうもお前たちに会いたがっているから」

 そんな不穏な言葉。

 千賀さんに会いたがっているのならわかるけど……

 千賀さんたち四人の元担当エリアなのだ。

邪険に扱われないとは思っているけど歓迎される理由もわからない。

 歓迎じゃないだろうけど、初対面なのに会いたがられる理由ってなんだ?

 首をかしげてしまえば

「なんでもバルサンについて話し合いたいと」

「……」

 ばれた。ばれてる。いや、三輪さんに持たせたけど結城さんが知ってるなんて話は聞いてないよとちらりと情報通の林さんに問えば視線はそらされてしまった。もちろん三輪さんごと。

「私も聞きたいと思っているが?」

 そんな絶対零度の視線に言えることは一つ。

「G退治にはバルサンでしょ」

 小さな震える声で言えば俺を見下ろす視線は何阿保な事を言っているというそんなひどい視線。

「まあ、ダンジョンの中はかくも不思議な事がいっぱいで……」

 ほんとこの人怖いと俺は窓際に逃げてしまえば

「まあ、お前たちにも冒険者としての秘密があるのは我々も理解してるつもりだ。言いたくなければそれでいい。だが、万が一の時連携が取れないのは悪手だぞ」

 そんな忠告。

 やっぱり真に受けてくれなかったかとそれならそれでいいという様に窓にもたれて

「少し休みます」

 なんて断って目をつむれば

「えー?秋葉の事聞かなくていいの?」

 そんな岳のまだ寝ないでというように俺の隣に席を移ってきた。

 「秋葉は結構情報がオープンになってるだろ?10階まではMAPも流出したし。あいつら唯一の功労だよな」

 そう。占拠していた数日の合間にすべてのフロアをマッピングして公表するという事をしてくれたのだ。

 もちろん俺もしっかりDLしてプリントアウトしたのは言うまでもない。

 何せそれから数時間もなく運営によって消されてしまったのだから。三輪さんが駆けつけて行ったのが心配でせめてという様にネットに張り付いていた時に偶然見つけたもの。

 当然ながら俺以外にも見つけた人がいてトレンドがわいたもののすぐにマロの出現にその情報はあっという間にどさくさに紛れて消え去ってしまった。

 もちろん別の人がすぐに上げてくれたけど安全上の問題から、と言うよりそこでものすごい数の冒険者の方が亡くなったのだ。自重、と言うより秋葉のダンジョンに触れてはいけないという暗黙のルールが出来上がり、それ以降は新しい情報は公表されていない。

 とはいえちょくちょく話は聞こえてくる。

 主に千賀さんにアドバイスを求めてくる電話とか。

 思いっきり俺のデビルイヤーが11階以降の情報を拾い上げていた。

 そして千賀さんも14階までの情報を惜しみなく与えてガンガン情報交換していたのでがっつり俺もまとめさせてもらっていた。

 ダンジョンに潜ってる時はさすがに無理だけど、一つ分かったのは秋葉のダンジョンには源泉はない。大学ダンジョンにもないが温泉につかる事ができないなんて日本人としてがっかりだよと言うしかないね。

 ありがたいことに12階は虫が飛び交う沼地ではなく風光明媚ではないものの川幅の広い優雅な水辺ダンジョンらしい。

 所変わればという様にいろんなステージになっているようだが、そのことは結城さんは隠すつもりはないようで岳に話す内容を聞いて俺は千賀さん達から聞いた情報があっているか寝たふりをして確認をするのだった。

 



 やがて到着した秋葉ダンジョン。

 ネットで何度も見ていた秋葉ダンジョンについて少なからず俺は感動した。

「ネットの中の世界じゃないんだ」

「お前は何わけのわからないことを言っている……」

 林さんに秒で突っ込まれてしまったけど

「えー?秋葉って言ったらネットでずーと見ていた所だけどさ、実際足を運ばないと現実味がないじゃん?」

「相沢って東京都出身なのに?」

 意外だという沢田の言葉に

「俺がいたのはダンジョン発生前だし、いた時はここに来たいとか考えた事なかったからな」

「それよりもさ、俺ちょっといろいろ観光したいんだけど!」

 岳にはコンビニ一つとっても誘惑の街という様にきょろきょろする姿がかわいいな、なんて思う。

「だったら私が案内するよ」

 まだ脱東京数か月の沢田の方が俺より詳しいという様に美味しいご飯食べたら岳の行きたいところに行こうね、なんて話をしていれば……


 ダンジョンの入り口に作られた大きなテントの下で食事をとりながら談笑する皆様とは別に街路樹が作る木陰の下で一人食事をとり終えたのか座って疲れ切ったように目をつむる辛気臭い男がいた。

 その姿は俺達が知っている姿から一回り小さくなったような気がしたが、どこかあの時のぎらぎらとした欲望の塊のような空気はなくなっていた。

 俺はその男の所に足を向ければ後ろで息を飲み込む音が聞こえたけど気付いてないというように足を運べば、勇気を出したかのように足音がついてきた。


 途端に静まり返るその一角に疑問を覚えたのか目を瞑って休んでいた男はそっと目を開けて視線を上げ、俺を捉えた。

 何とも言えないような戸惑いの視線に


「よお、玉無し。ずいぶん張り切ってるんだってな」

「田舎のクソガキか。どうした?出稼ぎにでも来たのか?」


 軽く挨拶をすれば返ってきた口は相変わらずだった。さらに


「何だ?女王様まで来るなんて、遠足に来たのなら帰れ」

 俺を見るなというわけでもなく子供がいていい場所じゃないという気づきは単に今の姿を見られたくないだけの虚勢だろう。だけどここで


「あら?反抗的ね。また縛ってあげてもいいのよ子ブタちゃん」


 なんて沢田の口調に俺は思わず林さんにどういうこと?!なんて探すも、この人ちゃっかりと豹変した沢田に驚く千賀さんの背後に隠れていたという人でなしだった。

 だけどすごいのは

「再会を喜ぶのは良いが工藤、これより特別任務だ。

 相沢達も今より説明をする。テントを借りるぞ」

 この状況でも通常運転の結城さんだと思う。突っ込みを入れる結城さん見てみたい気もするけど、その一言でさっきまで昼食をとりながら談笑をしていた人たちはすぐに口を閉ざしてその場を明け渡すという……


 改めて結城さんは近所のおじさんのように接してはいけない人なんだと思うのだった。







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