魔象の誘惑

 何度見ても重々しい扉を開ければ続く階段にポッポッと灯りが燈る。

 まるで何か厳かな儀式にでも案内するかのように見え、たどり着く先の大広間があっという間に明るくなれば中央で噴水のような光の奔流が形を作る。

 うちのダンジョンでは魔法の発動をキャンセルできる魔象の出現に驚きを隠せなく、うちよりはるかに長いダンジョン歴を持つここの主はどうなっているのかと緊張をすればこの部屋の主の魔象ともう一体何かが形つくりはじめ……


 魔象よりも遥に小さく、そして魔象に寄り添うその存在。


 これは、この、こっ、こっ……


「この子象がっ!!!」


 俺のハートを射抜いた。

 膝を折り両手をついて


「ひ、卑怯すぎるだろ……」


 まさかの子連れ魔象が出てくるなんて誰が想像するというものだろうか。

 親はともかくぬいぐるみのように愛らしい瞳で俺を見るこの子と戦えとダンジョンは言うのか。

 子供時代がかわいいのは親が万が一あった時にその愛らしさを武器に何とか育ててもらおうとかそういうあざとさからだという話を聞いたことあるが、ダンジョンよ。まさかそのかわいさを利用するなんて卑怯すぎるだろっ!!!

 こんなまだ足元も危うい状態の子象というまさかの強敵に一歩後ずさりしてしまう。



「ぱお~ん」

「ぱお~ん、かわいい!!!


 思わず身もだえてしまいたくなるような少し甲高い鳴き声を上げて父親か母親か知らないがすぐさま魔象の後ろに隠れる。

 その時に石礫をぶつけられたけどまだまだ結界効果の続いている俺にはノーダメージ。

 って言うか、魔象の後ろに隠れて攻撃が効いているか様子を見るなんて……


「いちいち可愛すぎるだろ!

 くっそ、このダンジョン!本当に俺が嫌がる事を理解してるな!!!」


 なんて天井に向かって叫ぶ。

 その間にも石礫の効果がないと思ってまた子象が魔象の前にやってきてぱお~んとかわいい一吠えの後に今度は水球をぶつけてくるも結界でそれも届かず。

 親の魔象は教育熱心なようで失敗しても攻撃しなさいという様に長い鼻で子象を前に押し出している。

 

「ぱお~ん」


 なんて地団駄、ではなく床を何度も踏みしめれば

「おお、震度1ぐらいの地震?」

 このお子様は想像以上に魔法のバリエーションをお持ちのようだ。

 だけどこれでも地震大国に住む住人。それぐらいではびくともしない精神力はある。震度1だしね。

 こうなると子象のこのかわいい攻撃がどこまで続くのか気にはなるが、これを最後に完全に魔象の後ろに隠れてしまった。

 耳を垂れ下げた姿はまるで攻撃に失敗して泣いているようにも見えるなんて

「ひ、卑怯すぎだ……」


 これは攻撃を受けるべきだったのか?

 悩ましい、なんて今も魔象が子象に攻撃を促すあたり一度ぐらいは受けておこうかと考えたところでぽろぽろと涙を落としながらまた魔象の前出でてきた小僧が大きく鼻を振り上げて……


 俺の意識はそこに集中した。

 こんなかわいい姿見逃すわけにいかない。

 結城さんから借りたビデオカメラは適当に床の上に置いて俺は自分のスマホを取り出してパシャパシャと写真を撮る。

 もちろん子象のかわいさを最大限収めるために古いスマホをもう片方の手に持って動画も撮影。


「やだぁ!超かわいい!

 ぱおーん言って! あ、こっち振り向いて!

 おしりもキュートだし、あ、保護者さんはどいて。撮影の邪魔です」

  なんてほぼ連射のシャッター音と小象を中心にぐるぐると回りながらいろんな方向から撮影をする俺。

 

 完全挙動不審となった小象は魔象の腹の下に隠れてぷるぷると震えるその姿もまた愛らしい。


「子象なんてめったに出会えないのに、こんな近くで見れるなんてちょーラッキーだね雪しゃん!」


 その瞬間、圧倒的な土を含む水の匂いが襲い掛かってきた。

 魔象を見ればその長いお鼻を子象に巻き付けて自分の背中の上にのせていた。

 完全に子供をおとりに魔法の発動を成功させていたらしい。

 いや、ここに沢田がいれば


『相沢がそんな変態なことすれば保護者だって怒るに決まってるでしょ!』


 そういって俺は殴られたに違いない。

 かわいいは正義だ。仕方なくその一撃は受け止めようと覚悟するしかない。

 だけど目の前に襲い来る濁流に俺はすぐにクズの角を壁に投げつけてその上に避難すれば……


「シャーッッッ!!!」


 容赦なく雪が一撃で魔象、小象を泥の中に沈めていた。


あ……


 苦しむことなくその横たわる姿を眺めていれば俺の肩に雪がやってきて思いっきり


 びしっ!


 鞭のような尻尾で顔を殴られました。

 そっと雪を見れば近すぎてぼやける視界の中でふんと鼻息を落とす雪の言う事には『やっと目が覚めたか』というところだろうか。

 なんとなく自分のステータスを見れば状態が『魅了』となっていて、その文字はやがてすっと消えてしまった。

 

「ああ、そうか。そうだよな……」


 本来動物はあまり好きではなかった。

 だけど近からず遠ざからずな距離で俺の目の前をちょろちょろしながら人間との距離を保ちつつもチュールの前ではデレるその姿に猫ではなく雪が好きになり……


「雪さんごめんね」


 そっと肩にかかる重みに頭を擦り付ければ珍しいことに逃げて行かなくて、こういうところが雪の魅力なんだよとあらためて気づかされれば


「これは浮気じゃないからね!

 雪しゃんがツンデレなんて思ってないからね!

 雪しゃんへの愛情は常にMAXだからそこは疑わないでね!」


 斬っ!!!


 雪に思いっきり顔をひっかかれたのは言うまでもない。

 そして改めて思うこのレベル差。

 ミンチにされなくてよかったと思いながら16階に行って毒霧を巻きまくってからの帰還。

 

 俺はいつの間にかレベル70へと到達していました……



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