じゃあ、行きますか

 水井さんに抱きしめられた後なぜかマロマントの切れ端を持たされて火の魔法で俺たちは一度焼かれることになった。

 体に12階の虫がついていないか退治するという説明は受けたけどはっきり言って怖かった。

 見えないところに魔物が張り付いてるんじゃないかという不安から焼かれたのだが、足元にポトリと落ちた巨大な蚊の残骸をみて自衛隊の協力者なのか『冷やし中華始めました』なんて季節外れのイラストと文字の書かれた場違いなまでのラフなシャツを着ているどこかで見覚えのある人が蚊取り線香を炊いてくれた。

 この人が12階で蚊取り線香を炊いてくれた人……

 ありがとうございます、と感謝を言いたかったけどその前に俺たちは隔離されることになった。

 仕方がない。

 小型のセミサイズの蚊にぶすぶす刺されて訓練服も貫通するその攻撃に体中腫れまくって誰もがみんな判別するのも難しい顔になっている。

 特に意識を失っていた二人は蚊の餌食になりさらに俺達よりもひどい状態だ。

 だけど水を飲んでから混濁しかけていた意識を取り戻していて

「ごめんね」

「足手まといでごめんね」

 そんな謝罪をの言葉を繰り返すぐらい回復をしていて……

無事水井さんのもとに帰れた時は本当に奇跡があることに感謝をした。

 そのあとは簡単な問診と診察。

 女子たちは別の場所に連れられて行ったけどたぶん俺たち同様服を脱がされて全身検査されているのだろう。

 屈辱とは思わない。

 それだけ俺たちの症状がひどくてそこまでしないとどうしようもないのが原因。

 圧倒的なかゆみに何でそんなものがあるのかと疑問を持つアイテムのムヒを塗ってくれたけどそれがまた沁みる事……

「こんなものまで用意してるなんてすごいですね」

「まあ、協力してくれている冒険者の方たちから贈呈してくれたものなんだけどね」

 不安にさせないように明るい声で俺達を診察してくれる林さんという医師が液体タイプのムヒを全身に塗ってくれて

「沁みる!!!」

「この程度の痛みぐらい我慢しなさい」

 なんて笑ってくれた。

 そのあとは血液検査と言って血もしっかりと抜かれ、最後には小さな紙コップに入った薬を渡されて抗生物質とかかゆみを抑える薬だとかをラベルのないペットボトルの水で全部飲むところまでしっかり見守られた。

 そこまでやったら今度は要観察という様に何か感染症をもらってないか、それがうつらないかという心配からジッパーが付いた大きなビニール袋の中に入れられて俺たちはダンジョンを出て地上の病院へと移ることになった。

 たぶん軍の病院で無菌室みたいな場所でプライベートもなく24時間監視状態になるのだろうけど、それも仕方がないという俺たちの姿を心配げに見守る村瀬たちの姿を見つけた。

 愕然とした瞳は失望とでもいうのだろうか。違う。命の危険を伴うダンジョンを目の当たりにしたからだろう。

 村瀬のショックを受けた顔はたぶん俺は忘れることができない。

 金を稼いで有名になって面白おかしく生きていく、そんなつもりはないとは言い切れない俺達とは違い、ひたすら魔物の撲滅を真剣に考えている村瀬たちをバカにしていた俺たちのこの末路。

 総てが適当だったから今頃ちゃんと考えておけばと湧き上がる後悔。

 もっとまじめに取り組んでいればよかったと悔み、命の価値が安いこの世界で調子に乗った結果恥ずかしいを通り越した情けなさに押しつぶされそうで、一生忘れることのできない恐怖にもう冒険とか探索なんてできるのだろうかと考えてしまう。

 だけど無事帰って来れたこと自体奇跡というくらい消耗した俺達を運ぶ自衛隊の人たちは

「よく生き残った」

「無事帰ってきてくれてありがとう」

「もう安心だから」

「みんな無事だからあとは休んでいいぞ」

 なんて俺達には不釣り合いなまでの優しい言葉をかけてくれる。

 そのたびに込みあがる涙になんて言葉を返せばいいのかわからなくてただただ言葉にならない後悔を吐き出すように泣く事しかできない俺はこれからこの先この事件をずっと言われ続けるのだろうけど……

 

 俺は誰かを助ける人になりたい。

 

 漠然とだけどあらためて気づくこの危険な世界の中でそんな強い人になりたいと願うのだった。






「まあ、一件落着って言うところですかね?」

 地上に向かって運ばれていく学生さんたちを見送れば一緒に見送った結城さんは

「とりあえずまず一つ、だがな」

 難しい顔をして俺を見て

「荷物が届いたがあれを着て12階に潜ってもらうのは可能か?」

 真っ白の防護服を見せながら当然のように容赦なく言うひどいおっさんだと思うもこれなら服の中にかが入ってこないなと渋々と着る。

「まあ、蚊取り線香とムヒが有効なのが分かったから行けると思うけど……」

 あの中に突入するのは限りなく勘弁してくれと言えないのは結城さんの顔がひどく無表情だからだ。ちょー怖いんですけど。

「とりあえずハンディカメラあったら貸してください。スマホの容量じゃ足りないので」

「用意しておいたから持っていきなさい」

 その一言に千賀さんたちはカメラを運ぶように誰かに指示をすればさっと用意されるその手際の良さ。

 わかります。

 やっぱり結城さんの無表情怖いですものね。

 お疲れ様ですという様に会釈をすれば相手はこんな俺相手ににこにことえっしゃくを返してくれた。いい人だ!

「それと岳は……」

 さっきからいないなあ?なんて思えば

「クズが多すぎだってクズ狩りに出てるわよ」

「楽しそうで何より」

 だったら心配する必要性はないなと判断して

「じゃあ、ものすっごく嫌だけどちょっと行ってくる」

 岳を巻きこめれなかったかと肩を落とせば

「頼むぞ」

 なんてどこまでも反論の余地のないような低い声に俺は歩きだすと

「にゃ~ん」

 今回学生さんたちの保護活動という大活躍した雪が『行くのなら一緒について行ってやるぜ!』なんて爛々と瞳を輝かせて俺を見上げる。

 ああ、もう……

「雪しゃんなんて男前なの!」

 抱きしめてほおずりしたかったけどここはダンジョン。俺と雪のレベル差でやっと雪の最速の動きを視覚でとらえれるそのスピードに俺の体がついていくことはできない。

 捕まえようとして空振りになった腕に沢田が

「だから雪に警戒されるのよ」

 なんていうけど俺はそんなことで雪に警戒されるとは思ってないからもう一度雪を捕まえようと全力で捕まえにかかるも……

「ほら逃げられた。

 遊んでないで12階の様子ちゃんと録画しておいで」

 なんていう風に沢田に追い出されてしまった。

 ちょっと泣きたい……

 


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