奇跡のような導きに

 ここは俺達が想像した世界とは違った。

 豊かな水量の澄んだ水がとうとうと流れる、そんな景色は何処にもなかった。

 鼻を衝く悪臭に辟易としていれば耳障りな音まで聞こえてきた。

 その瞬間全身に群がる蚊、と言うには紫にも近い赤黒いようなおぞましい色をした蚊にも似ていて蚊よりも何倍も大きい、小型の蝉のような蚊が俺たちに襲い掛かってきた。

 

「いやー!!!」


 女子の叫び声だろうか。

 俺達を樹木とでも言わんばかりに襲い掛かってくる蚊にパニックになった彼女たちが走り出したのを俺達が追いかけた所からこんな事態になった。

 いや、それに責任を押し付ける事はできない。

 12階に降りるべきではなかった。

 こんな分かりやすい場所を水井さん達が教えてくれなかった理由。

 少し考えればわかる事だった。

 この状況を考えれば当然の結果。

 あえて教えなかった場所に足を踏み入れた俺たちの責任というしかない。

 なんとかして逃げ出した仲間を捕まえたところで手足の生えた魔物が襲ってきて戦闘に入ったところで方向をロストしたけどダンジョン対策課に入るより冒険者になる事を強く願っていた仲間の一人が方向感覚に関しては鳥並みの能力を持っていてくれて何度もセミのようなサイズの蚊に襲い掛かれてパニックになりながらも俺達を導いてくれた。

 戦闘能力では俺の方が上だけどリーダーとしての素質はどう考えてもお前だろうという赤池のいう事を信じてその背中についていくように歩けば……


「何だこの匂い……」


 腐った水の、真夏のどぶの水のような世界になんだか懐かしい匂いを見つけた。

 いきなりおじいちゃんやおばあちゃんの家に来たようなそんな錯覚。 

 鍵覚えのあるこの匂いは何だっけと思えば


「なんか蚊取り線香の匂いしない?」

 

 誰かが言った。

 言われて思い出す。確かに庭先でいつも煙を上げてじいちゃんが飼っていた犬が側にいたことを思い出した。


「って言うか、なんでこんなところで蚊取り線香……」


 なんて言ったところで俺たちは久しぶりに視線を合わせた。

 助けが来た!

 しかもすぐそばまで来てくれている!

 その事実に自然と涙がこぼれ落ちた。


「水井さん達がきっと近くにいるぞ!

 俺たちはまだ見捨てられていない!!」


 背中でヒューヒューとおかしな呼吸音をする仲間も助かるかもしれないそんな希望が見えた。

 

「みんな頑張れ!水井さんたちが俺達を探しに助けに来てくれたぞ!」


 腹に力を込めて大きな声を上げればそれだけでみんなの顔が上がり……


 その瞳に希望が灯る。

 生きる希望が湧いた、そんな表情に


「踏ん張れ!11階への出口は近いぞ!!!」


 そんなどこからか漂ってくる匂いに向かって足を運ぶ。

 この世界にはない匂いに向かって足を運べばまだ半分も燃えていない蚊取り線香と


「水だ……」

 

 ラベルを外したペットボトルに

「一口飲んで回し飲みするぞ!」

 誰かが独り占めしないようにひび割れた唇で叫べば背負われてる仲間にも唇を湿らすように、みんなで一口ずつ回し飲みをする。

 気絶していたやつも唇を湿らせば無意識だろうか途端に伸ばされた手にペットボトルを奪われたけど何とか押さえつけて取り上げて全員に回せばあっという間に全て無くなっていた。

 だけど久しぶりに飲んだ水はまだまだ足りないけど余りの甘露に体は喜びに震えるように顔を上げる事ができて初めて気が付いた。

 

 この世界にも夜があることを。


 そして微か、だけど燈火が確実にあることを。

 

 水を飲んだからか涸れたと思った涙がまたあふれ出した。

 

 「みんな!救出がきている!あの光を頼りに歩くんだぁぁぁ!!!」


 まるで俺たちを助けるために置かれた水の入ったペットボトルと蚊取り線香を信じて声を張り上げればうつむいて足元だけを見て歩いていた仲間もみんな顔を上げて幻想的にまでに見える希望の燈火に目を輝かせ涙を落とす。

 そしてペットボトルに書かれた数字を頼りに俺たちは蚊取り線香をつるした木の下に置かれたペットボトルの水を大切にみんなで飲みながら11階へとたどり着く道を見つけて……


「にゃー」


 出口で真っ白な猫が俺達を待っていた。

 この世界にはいないはずの存在。

 手を伸ばせば逃げていくけど俺たちの数歩先を歩いたところでまるでついて来いと言わんばかりに振り返り……


 それを何度か繰り返すことで俺達を導く存在として迷うことなく、そして疑うことなくついていけば……


「小田か?!

 おま、よく戻って……

 って、全員連れて戻って来たのか?!

みんなよく生きて帰ってきたっっっ!!!」


 白い猫に導かれた先はダンジョンの中に設置された自衛隊の拠点だった。

 警戒中の人にみつけてもらい、そのまま案内されるように拠点へと向かえば俺たちの無事とは言えない姿だけど躊躇いもせずに水井さんが俺を抱きしめ、そして次々に一人ずつ泣きながら抱きしめてくれたところでやっと安全な水井さんの所に戻ってきたと理解すれば謝罪よりもただ感情が爆発するという様に声を上げて俺たちは無事生き延びながらえた事を……


 まるで産声を上げるかのように泣き叫ぶのだった。




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