好奇心は

 これぞ自衛隊。そんな統率のとれた結城さんの指揮下だけど

「結城さん、藤原さん達にはシャワーと着替えをしてもらってもいいですか?」

 大量のクズを抱えていたので頭からその血を全身に浴びた姿にさすがの村瀬さんも眉を顰め

「衣類は焼却処分する。しかしシャワーは……」

 そんな施設はこんな所にはないという様に言葉を濁すも

「うちのログハウスのふろ場の窓からシャワーが使えるようになっているので」

 そこで岳のカスタマイズしたログハウスから提案させてもらえば

「そういう事なら甘えさせてもらおう」

 即OKが出たところですぐに沢田にシャワーの準備をお願いすれば俺たちは窓から延ばされたシャワーを外に取り付けたシャワーフックに設置して

「お湯は使えませんがシャンプーとリンスもどうぞ。ボディソープもあります」

「まあ、暑いからお湯じゃなくても問題ないけど相沢達はいつもこんなことをしているのか?」

 俺の事情を知る藤原さんの質問に

「ダンジョンの中で快適に過ごすために努力した結果です」

 きりっとした顔で言い返すも血なまぐさい体で辟易としていた皆様はすぐに服を脱ぎ捨て、一応下着一枚の姿で頭からボディソープを使ってガシガシと洗っていた。女性の隊員さんもいるのでソコは守ってくれたらしい。

まあ、人様のは見たくないからいいけどね。

 水魔法と風魔法が使える俺と林さんはそれで体を綺麗にして乾かす一芸を皆さんに披露してうらやましがられた所に水井さんがやっと来た。

「学生たちの手がかりがあったと聞いた」

 探索に出ていたのだろう。

 担当者として息が切れ切れになりながらも様子を聞きに来るくらい必死だったのは伝わったけど

「12階に向かう足跡を見つけました。

 ただ12階はうちと違って沼地の為に足跡は消えてしまっています。戻ってきた足跡がないのでたぶん12階に降りて戻ってこれないのではと思います」

 言えば12階を知っていると言わんばかりにがくぜんとした顔。

「12階の入り口を教えたこともなければあそこは虫が多くて……近寄りもしなかったのに……

 まだ対策課で作戦を立てている段階だというのに……」

 まさかあんなところに突入したのかという表情で水井さん達が攻略に手をこまねいていた事をなんとなく察した。

「一応毒霧を撒いて蚊取り線香を炊いてきたけど、分かってるのなら先に情報をください」

「情報も何も、あの虫の多さにバルサンも使ってみたけどすぐにどこからか突入ってぐらいにやってきて……

 入り口から何も情報がない状態だ」

潜らなければ虫も出てこない。そんなダンジョンの特性を使って触らぬ神ではないが封じてきたのだろう。

「とにかく今は蚊取り線香の匂いに気が付いてくれるのを願って俺たちが準備を整える間も自主的な帰還を待ちましょう」

 なんて言うも

「5日だ」

「なにがです?」

 聞けば

「あそこの虫に刺されると関節痛、筋肉痛から始まりその後下痢、嘔吐、腹痛から多臓器不全となり死に至る、マラリアと同じリスクが潜伏期間5日で発症する」

「マジか?」

 今もこの世界の致死率ナンバーワンの病状を思えば愕然とする。

「しかも発症してすぐに対応しないと一気に病状が進行する、マラリアよりも早い対応が求められているが、マラリアじゃないからこれといった薬やワクチンはまだ開発されてない」

「マジか?!」

 そんな危険な蚊だったのかと俺は大丈夫かとビビってしまうも

「だが、林が持ってきたあの温泉のサンプルあるだろ?」

 なんてこそっと耳打ちする言葉にまさかと思えば

「あれ飲ませたら治ったぞ……」

「マジか?!あのなんちゃってポーションめっちゃすごくね?!」

「すごいんだ。俺たちが想像する以上にすごいんだ……」

 思わず俺は収納からペットボトルに詰めたそれを取り出して一口飲んでしまう。あとで皆さんにもおすそ分けをしよう。

「見つけ次第水を飲ませてやれればいいのだが……」

 そんな不安そうな声と顔だが俺はあわよくばという様に

「蚊取り線香を取り付けた木の下にペットボトルを置いてきたんだけど、それを一口でも飲んでもらえれば……」

 俺の言葉に期待するかのように視線を向けられた。

「とりあえず準備ができるまで待ちましょう」

「だな……」

 微かというべき希望に期待を込め、握りしめる手が震える水井さんにかける言葉がこれ以上見つからない俺は水井さんを連れて、ここの12階の様子を知っているはずの結城さんと話し合う事に決めた。






「き、気持ち悪い。体が、関節が痛い……」

「かゆい、かゆいのに痛いよ……」

「頑張れ、足を止めるな。傷口が化膿するから掻いちゃだめだ……」

「お母さん、おうちに帰りたいよ……」

「なんで、なんでこんなこと……」

「泣くな、体力を消耗するだけだ」


 そんな涙と言葉が止まらない集団がぬかるみに足を取られ転びながらも懸命にどこかを目指すように歩いていた。

 荷物はなく、武器だけを持つという状態。8名のうち2名は意識がなく背負われている。

 用意した食料と水はすでになくなり、すでに一日ほど飲まず食わずの状態だった。

 

「なんでこんなことに……」

 

 背後から繰り返して呟く声に小田健斗は心の中でこんなはずじゃなかったのにとただその言葉を繰り返すだけだった。

 泥だらけの顔を涙で汚しながらそれでも走ってきたはずの道を戻るように足を進める。


 計画はずいぶん前からあった。言い換えれば四年に上がってこの班に分かれてから始まった。

 防衛大学でダンジョン対策学科に入ってから自衛隊でダンジョンの攻略をするか、冒険者になってダンジョンを攻略するかに分かれてからいつか今からエリート面をしている村瀬たちを驚かせてやりたいと計画をして俺たちは楽しんでいた。

 そして夏も終わりやってきたチャンス。

 魔狼からゲットできるアイテムを村瀬たちが挑戦するという話を聞いて


「ついに作戦を実行するときが来た」


 俺はそっと仲間たちと顔を合わせて宣言する。

「水井さんが村瀬たちをどこか特別な訓練場に連れて行くらしいからその時がチャンスだ。

 魔狼を倒して11階に行くぞ。

 そして12階の入り口を見つけるんだ」

 そうすれば俺たちは村瀬たちを出し抜くことができる。

 水井さんを始めダンジョン対策課の人たちも手をこまねいている12階への入り口を探し出して驚かしてやろう、その程度の作戦だったけどあっけなく見つけた12階への入り口に俺たちの欲望はどんどん膨らんでいった。


 もし12階の情報を持ち帰ればどれだけ驚かれるだろうか。


 怒られる以上に困った奴だと認めないけど困ったような顔で誉めてくれるその姿が想像できてしまい


「12階、ちょっと見てみないか?」


 誰が言っただろうか。

 たぶん全員の心のうちにあった言葉が音になった瞬間全員がその意見に頷いてだれもまようことなく12階にもぐることになった。

 だけど降りた瞬間そこは動画で知った世界とは違い……


 風光明媚な、なんて言葉は何処にもない悪臭立ち込める沼と薄暗いまでの厚い雲に覆われた世界だった。




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