地味すぎて誰も気づいてくれない件

 結城さんが何やらいろいろお固い話しをしている間に俺は眠くなって欠伸を殺すのに必死になっていた。

 そのたびにちょんちょんと沢田が肘で起きろという様につついてくれるので何とか立ったまま寝るという技を披露する必要がなくて助かったけど、時々感じる周囲の視線がおっかなくて見向き出来ずにいる。そう、皆さんピシッと立ってそろって頭を同じ角度で話を聞く姿勢、なんてまねできないなと今も岳はMAPを必死に暗記する様子に俺もそっちに参加すればよかったと後悔。

 と言いつつも今更だけど俺は気づいてしまった。

 沢田が大学ダンジョンMAPを写メってたのを見て岳も真似していたはずだ。

 だけど今も必死にMAPを覚えようと覗き込んでいる様子……

 椅子まで借りてちゃっかり座っていたことに今頃気が付いた。

 しかも攻略のためにMAP見ながらスマホで何かメモしていると思っていたら普通にネット小説読んでいた強者。 

 え?いくらなんでもここでそれやる?

 しかもなんかコメント書いてるし、って言うか周囲が誰も気にしてないからって結城さんのお言葉を無視するってスゲー。

 もちろん俺に続いて沢田も気づいたようでびっくりしてたけど、素晴らしいことに適当にMAPを違うものに変更したり、時々退屈して机の上で寝そべってる雪をノールックでなでたり……何そのスキル。

 まあ、高校三年間授業中に鍛えた技なのだろうけどそれをここでやるメンタルさすがに見習えねえ……

 むしろそんな岳にはらはらしている間に結城さんの演説は終わった。

 あっという間だった。特に岳に気が付いてから。

 そして岳は結城さんの演説が終わると同時にスマホを片付けMAPをいつでも返せるように整えて……

 椅子を用意してくれた人にも「ありがとうございました」と言って椅子を返す始末。

 なんか岳の高校時代の成績が最悪でも先生たちの評判が悪くなかった理由がやっとわかったかも。

 そしていくら真面目に授業を受けていても何一つ理解しなかった理由、当然だな?!と心の中で叫ぶしかなかった。

 そんな俺のハラハラタイムが終わったところで

「それで相沢、君たちの救出作戦を聞かせてもらってもいいだろうか?」

 どうやら岳に気を取られている合間に今回の救出作戦の一番重要なところを聞きそびれたらしい。最初から聞いちゃいないけどね。

 だけどそこはさらっと

「とりあえずダンジョンの中は今迷子中の人たち以外誰もいないのですよね?

 でしたら先に11階まで俺と雪で向かいます。

 岳と沢田は、そうですね。林さんと橘さんと一緒に追いかけてきてください。到着までに短期滞在用に受け入れ準備を整えておきます」

 好青年を装った表情で合流するまでの予定を立てる。そして

「合流後は15階まで突入してないか雪と様子を見に行ってきます。

 なので皆さんには12階の入り口を見つけてないことを前提に沢田たち含めて皆さんで11階の探索をお願いします。水辺付近があれば学生ですが村瀬たちでも対応できると思います。レベルは十分ですし、対策も万全です。千賀さんと三輪さん。村瀬たちをお願いします」

 と言ったところで

「私はどうすればいいでしょう?」

 ぞわっと鳥肌が立つ水井さんの自分呼びの言い方。

 それが本来正しいのだけど心の準備ができてないとこうも拒否反応が出るのかと思ったけどたくさんの方が見ている手前、何とか好青年の皮を被ったまま

「そうですね。拠点で情報整理をしてください。もし何かあった時は沢田か岳に連絡してもらえれば俺達に話は届きますので」

 言えば

「だったら沢田君に拠点で待機してもらってはどうだろうか」

 そんな水井さんの提案。

 だけど沢田を一人にする。

 それで今までどれだけトラブルが発生したか……

 連絡手段として確実だけど、水井さんでは沢田の守りにするには弱い。

 ちらりと堂々と立つ男に視線を向ければ

「私に行けと?」

「終わったら階層が違ってもできる俺たちの連絡方法の手段でどうですか?」

 そんな交換条件。

 村瀬さんは少し顎を引いただけだけど、ほかの皆様はそれにざわついてくれた。

 Wi-Fiがなく、中継局も設置できないダンジョンの中でトランシーバーの範囲を超えた連絡方法。どの国でも涎が出るほどの内容の交換条件に俺が見上げた男、結城さんは一つ頷いて

「分かった」

 驚きもせずにそう言って見せるが、口元が引きつっているのばれてますよと視線で笑えばすぐにきりっとした顔に戻る結城一佐。

だんだん俺の取り扱い方が分かってきたみたいで悩むそぶりやかけ引きも見せなくなった当たり怖いなあと視線を反らせて

「じゃあ、作戦は今から始めます。

 それでダンジョンの入り口はどちらに?」

 聞けば結城さん低い声がさらに低く

「体育館の倉庫だ」

 厳かに、端的に教えてくれた。

 体育館倉庫、そう聞いて改めて防衛大の惨劇を思い出すのだった。

 詳しい場所までは公表されてなかったが、まさかあの日にあの場所で…… 

 想像が追いつかなくて、そしていろいろ時代を考えて思わず橘さんを見上げれば

「大丈夫です。向き合うために毎年足を運んでいますから」

 そういって俺はもう一人のあの時いた人のことまでは教えられなかったけど

「あんな悲劇が二度と起きないように、安心してもらえるために鍛えてますので」

 俺が想像する以上よりも胸に秘めた決意は強いという様に俺をじっと見る視線。

 下手な同情よりも

「では岳をうまく使ってください。それができれば今回の捜索は早く終わるはずです」

「当然です。

 10階の扉を閉めるためにも早く見つけましょう」

 その決意にどれだけの思いを秘めてるかなんて俺にはわからないけど……

 最悪を経験した人。

 そして一人取り残されてしまった人。

 ここで少しでも俺たちに出会ってからの成果をこの場にいる人に見せつけることができますようにと願いながら案内される本来の使い方とはすでに変わり果てた窓や最低限の出入り口以外をコンクリートで固めて息苦しささえ感じる体育館に案内されたところで続く自衛隊の皆さんの疑わしい視線を背中に浴びながら俺は壊れた扉の先につながるダンジョンの入り口を見る。

 入り口の幅と同じサイズのダンジョンの入り口。

 中に入っていた用具を喪失した程度の損失。

 思わずという様に俺は崩れ落ちて


「理不尽!!!」


 思わず買い替えのできる程度の損失。そして誰が見ても笑う事もなく、そして嫌悪感の感じることのない入り口。

 

「千賀、彼はどうしたんだ?」

「まあ、いろいろ複雑なお年頃なんだよ」


 千賀さんと知り合いなのか気を負うことなく話しかけた人になんというべきかというような顔で答えていたが


「そんな目で俺を見るな」

「悪い。改めて君の理不尽さを思い知ったよ」


 我が家のダンジョン事情を知る人たちはそっと俺から顔をそむけて肩を震わす様子に


「雪!行くぞ!!!」


 そんな声をかければひょいとダンジョンに飛び込む雪を追いかけるように一階に着地した早々


「食らえ毒霧パーティだあああぁぁぁ!!!」


 10階までは先にモンスターを倒して経験値なんてあげないから!!!

 当然ながらその俺の気持ちを汲んでくれた雪も俺が弱らせた魔物を一匹残らずとどめを刺すという……


 ちょっと大人げないけど地味な嫌がらせでストレスを発散するのだった。


 

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