結城さん、恥ずかしいなら無理しなくていいですよ?
水井さんが連れてきてくれたマンションはありがたいことにそれなりに物をそろえてくれていた。テレビやエアコン、電子レンジ、ポッド、冷蔵庫、洗濯機などはすでにそろえてあったものの洗濯機を見て沢田が少し複雑そうな顔をしたのは俺達と共有したくない、そんな顔。テーブルももちろんあるし、カーテンもちゃんと遮光性の高いものを用意してくれたようだ。短期滞在の予定なのにこんなにも充実していていいものだろうかと思うも有り難く使わせてもらう事にする。
ただ人数を増やした連絡をしたばかりなのでベッドはまだ一台しか入ってないけどいざとなれば寝袋でも十分だろう。
「沢田の部屋は個室のほうにしようか」
玄関横の日当たりはよくないけど完全個室の部屋は寝室用としてすでにベッドが設置されている場所をどうだと言えばもう一部屋は大きいけど隣のリビングと直通できる仕様になっている。
そんな間取りに誰も文句はなく
「じゃあ、この日当たりのいい場所に軍曹のキャットタワー設置しますね。軍曹いかがでしょう?」
「にゃ~」
雪の返事を聞けば眺めもいい場所に黙々と藤原さんはキャットタワーの設置を始める。
ほんとこの人雪中心だなとあきれるも俺は見つけてしまった。この家に用意されたあれを……
まるで幻かのようなその存在に思わずぺたりとしゃがみこんでしまう。
「じゃあ、鍵を渡したし家の勝手もわかっただろうから荷物を置いたら行こうか」
水井さんがそういったところで皆さん固まってる俺に気が付いてくれた。
「相沢……」
複雑そうな顔で俺を見る沢田を見上げれば思わずポロリと涙が落ちた。
「と、トイレ……
あったか便座の温水トイレ、しかも水洗!!!
ここに文明があった!!!」
トイレのドアを開けて感動する俺に皆さん苦笑。
「そういや橘も宿舎にすぐ移動した理由がやっぱりトイレだったな」
なんて懐かしそうにまだ少し前とはいえ濃厚だった日々の始まりの日を思い出す水井さん。
「生活から切り離すことのできないトイレに何の不満のない暮らしほど豊かとは思いませんかぁあ?!」
「まあ、そうだな」
あまり反論しないほうがいいだろう的な返事だけどそこは気にせずにして
「じゃあ、大学に戻ろうか」
「の前にいろいろ聞きたいんだけど」
「だったら戻りながら話そう。時間がもったいない」
そういう水井さんはダンジョンにもぐってまだ帰ってきてない学生さん達の事を心配しているのだろう。担当としては当然の事。少し早歩きの合間にまだ見ない生徒さんの話を語る表情は少し硬い。当然かと心配をする。
まだ一日。たった一日。
村瀬たちをうちに送り届けて帰ってそろそろ迎えにというそのわずかな時間。
それだけあれば迷子になる確率はぐんと上がる。
むしろ自衛隊になってそれをやったら懲罰問題じゃなかろうか。いやそれよりも
「水井さん。彼らは冒険者になったほうがいいんじゃね?」
てくてく歩きながら8名の行方不明の学生さんたちを思えば
「まあ、防衛大に来てダンジョン対策課のコースに入っても冒険者になる数は一定数あるからな。あいつらはそういったやつらを集めたチームだから。
村瀬たちとモチベーションも努力のベクトルも全く違う。同じチームにできない代わりにそういう考えもあると学ぶために交流するために俺が担当をしたというのに……
ほら、今民間で冒険者による冒険者の為の冒険者の企業があるだろ?」
「ありますねえ。俺みたいなニートだとまったく上がらない話題だけど。
あー、なるほど。大学でみっちり戦闘訓練積んで就職してがっぽり稼ぎたい的な?」
「まあ、君たちみたいなフリーの冒険者だと組合とかないからね」
「組合あるんだ」
「冒険者保険とかあるらしいよ。就職して冒険者として活躍する期間が長ければ長いほどいろいろ特約が付くって奴だけど」
「まあ、怪我前提の職業だからね」
「それでも安心を得るというところで最高額300万円、葬式代ぐらいにしかならないけどな」
「一攫千金のチャンスがあるからね。蟻の蜜だけでン万もするんだからしょぼい職業だよ」
「それを君が言うのかな?」
「それなりに苦労はしてます」
なんせ家の中にできたダンジョン。
いつあいつらがあふれかえって家を汚染されるのかと思えば恐怖に震えてしまう。
「さて、話している間に着いたから、俺達もしっかりサポートするから暴れておいで?」
なんて水井さんの笑顔に
「サポート?」
「君たちをまだまだ超えることができないうちはサポート要員でしかないだろ」
あきれた口調で、でも俺達を認めるような水井さん。
だけど到着時間が分かっていたという様に俺たちが来た直後に姿を現した結城さんと千賀さんをはじめとするいつものメンバー。
俺はその先頭の結城さんを見れば
「話は水井から聞いたな」
「大体は」
学生さんが11階以降に行って以下行方不明。
それ以上の情報はありませんよという様に千賀さんを見れば
「ではこれが大学ダンジョンの1階から9回までのMAPだ」
近くに用意したテーブルに広げて見せてくれたけど
「知ってたけどうちのダンジョンと違う構造ですね」
一般人が入れるようなダンジョンのMAPはネットでも上げられている。
もうゲームの攻略本のように知れ渡るダンジョンMAPはそれでもこういった特殊な環境下のダンジョンまで情報は知らされていない。
俺もふんふんとMAPを記憶していれば隣で岳が右行って三つ目を左でー、なんてゲームの攻略本を読むがごとく記憶する。
漢字を覚えるのも出来なかった岳だけどこの件に関しては謎の記憶力を発揮してくれるので心配ない。
そしていつの間にか水井さんから岳の肩に移動して一緒にMAPをのぞきこんでいるあたり
「雪さん天才!地図を読む猫なんて天才と言わずになんて言えばいいの?!」
「あ、バカが発生した」
沢田の呆れた突っ込みに結城さんのさげすむような視線。
なんとでも思え。
そんな俺の評価より賢い雪さんの方がどれだけ価値があると思う!
さらに言えば岳が10階までを攻略する前に通路を記憶したのかぴょんと机の上に降りて
「にゃー」
「んー、もうちょっと待ってて。
いろいろまだ説明もあるだろうからね」
「なー……」
なんて不満そうな鳴き声。
だけどここから先の説明は岳には必要がないのでどうぞという様に結城さんを横に置いて水井さんと千賀さんが並ぶ。
その後ろには大学の先生達。
机の隣にずらりと並ぶのは今回探索隊に呼び集められた水井班の皆様と知らない顔の皆様。
なんか千賀さんたちとあいさつをして、泣き出した人もいるけど下手に突っ込むと変なトラブルがやってきそうなのでMAPを見るふりをしてなんか話しかけたそうな雰囲気をシャットダウン。
空気を読んで沢田も地図を見るふりをしてくれているが、ちらりちらりと俺を見るのはやめてほしい。俺だってやだよとそのたびに目を反らしていれば
「それでは諸君に紹介する。
諸君もなんとなく見覚えがあると思うが、彼らが今世界一の冒険者であり、攻略方法のわからないダンジョンの最深部を探索し、我々にもダンジョンの素材を提供してくれている相沢遥君、上田岳君、沢田花梨君。そして、相沢の愛猫の雪だ……」
結城さんも最後まで紹介するのを悩んだようだが視線を彷徨わしながらも紹介するけど俺のキャラじゃないという様に少し恥ずかしげに言うのやめてほしい。
ただ、真剣に待機の姿勢で話を聞く皆様の向けられる視線になんとなく俺もいたたまれなく
「よろしくお願いします」
「……お願いします」
なんてビビりながら沢田と挨拶をする横で岳がまだ真剣にMAPを覚え、雪は退屈と言わんばかりに毛づくろいをしているのを羨ましく思うのだった。
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