さあ、出発だ!

「あー寝取られ兄さんだ」

「久しぶりに会ったのにお前は直接言うとか相変わらずひどいな」


 なんて岳が成長したような、そして一回りガタイの良い人を見上げればどこかぎこちない笑みを浮かべ


「やっぱり来たよ。内容証明書。

 相手の人婚約者がいたらしくてね。奥さん訴えられたよ」

「うわー、ゲスイ奴らだと思ってたけど本当にゲスイな」

「まあ、家でも会話なんてなかったから時間の問題だったのかもしれないけど……」

 疲れたような顔はきっと私には尊さんしかいないのよ?!みたいな寸劇が一日中繰り返されているのだろう。それはそれで見てみたいけど胃をさする岳もかなり精神的につらいのだろう。

「おかしいよね。恋愛結婚だったはずなのになんでこうなったんだろう」

 なんてぼやく尊さんに

「あれじゃね?尊さんの持つ資産と恋愛したんじゃね?」

「こんな資産価値のない土地と売り上げがほとんどないほぼボランティア状態の店の資産ってなに?」

「地主で農家をしているって言えば普通は羽振りいいなあって思うものなんだよ。俺が生まれた土地じゃあそうだったし?」

「東京都内と一緒にしないでくれ」

 なんて疲れたように笑う尊さん達も知っているはずだ。婆ちゃんが儚くなった時俺が受け継いだ土地トラブルを。

 しかも俺が受け継いだ土地は岳の家の土地より何倍も広いのに国産車、しかも高級車さえ買えない程度というのに本当に何を夢見たんだかと思えば

「とりあえず離婚で話を進めてるよ。

 だから岳。安心して家に帰っておいで。父さんも母さんも心配してるよ」

 一応兄嫁にいびられている事は分かっていたようで、辛くなって俺の家に入り浸っていると思っていたようだ。

「ごめん兄ちゃん。今日、これから東京に行くから。帰ってきたら顔出すから。お土産持っていくって母さんたちに言っておいてよ」

 言えば思い出したように

「そうそう、なんか俺にお願いがあるんだって?

 なんか留守番をしてほしいとかなんとか……」

 岳の言葉に尊さんが思い出したかのように俺を見れば

「時間ないからちゃちゃっと説明します!」

 言って尊さんの手を引いて台所の勝手口から家の中に上がって

「相沢、トイレがどうし……」

 誰もが笑うトイレダンジョンに目を点にする尊さん。

 だけど尊さんは笑わずに

「ダメだろ?勝手にトイレをこんなRPG風にいじくっちゃ……

 あーあ、どんな奇抜なトイレにしたんだよ」

 なんてこれどうやって使うんだと呻く尊さんはちょっと天然が入ってると思う。ちょっとか?まあ、岳の兄貴だから深くは追及しないが……

「尊さん、これダンジョンです」

 話が進まないのでさっさと本当の事を言えば何わけのわからないことをと言う顔で俺を見て

「ダンジョンって東京とか人が多いような負の気が強い場所に発生するもんじゃないのか?」

「人がいないところにも発生するようです」

「こんなトイレの便器の中に?」

「便器言うのやめて下さい」

 あえて誰も言わなかったのに、なんだか泣きそうだ。いや、泣いた。

「……」

 尊さんはダンジョンを見ながら少しだけ理解するように悩むそぶりを見せてくれるが

「俺、免許の更新した時以来ダンジョンって入ったことないんだけど?」

 現実的な返答。ずいぶん久しぶりになるけどそれでもいいのかというように聞く尊さんに

「そこは大丈夫です。雪とイチゴチョコ大福がパトロールに回るので野良たちも合わせて餌やりと一日二回ダンジョンの中に散歩に連れてきてもらえれば大丈夫です」

「……」

 それは何の冗談だ?という顔をしているけど

「相沢!そろそろ出発の時間だが大丈夫か?」

「たぶん!」

 言えば尊さんは

「俺が全然大丈夫じゃないんだけど?!」

 なんて軽くパニック。

「大丈夫です!雪とイチゴチョコ大福がいますので!」

 なんて俺たちがバスに向かうのに合わせてついてきて、すでに常連さんになった皆さんを見た。

「ええと、お帰りですか?」

 帰るのはもうちょっと先だと聞いていたのにという顔をして

「ちょっと急な任務があって、相沢君たちの力をお借りすることになったんだ」

 誇らしげにむんと胸を張る岳に

「マジか?」

 なんて呟くのはダンジョンを知ったばかりなのに預かることになった酷い話以外何もない。

「だが、雪君とイチゴチョコ大福の三匹がいれば完璧に君を守るだろ……?」

 と千賀さんがよろしく頼むというシーンで半眼になった。

「いや、雪君。君はなぜに沢田君のシャツにしがみついているのかな?」

「雪、留守番頼むって……」

「シャー!!!」

 手を伸ばせば振り向き際に俺の手に爪を出した前足でひっかこうとする。

 俺は余裕に逃げれるけど

「ちょっと相沢!今むりやり雪を引きはがそうとしたでしょ!」

 なぜか雪を抱きしめて守るその姿にやっと気が付いた。

 そう。

 雪はこともあろうに沢田の胸の部分に爪を立ててしがみついているのだ。

 引っ張ればとんでもないことになるし、雪ともめればそれもとんでもないことになる。

 これは何という

「雪!それはセクハラです!沢田から離れなさい」

「ナー……」

 嫌だという用に低く鳴く声は反抗期ですか?と問うもの。

「おうちのお留守番をお願いしますって言ったでしょ!」

「ナー」

 ものすごい拒絶の態度の後は甘えるように沢田にすり寄る雪。

 ちょ、おま、俺がそれやったらぐーぱんものなんだぞ?

 むしろうらやましいと沢田の胸の谷間に頭をフィットさせるその姿。

「写真とってもいいですか?」

「やめて」

「別に沢田の胸の写真を撮りたいわけじゃないのに……」

 おもくそ殴られた。

 

「まあ、相沢。せっかく雪もやる気なんだから連れて行けばいいじゃないか」

 

 なんて林さんが言えば

「よかったねー雪。知らないダンジョンでいっぱい遊べるよ?」

 喉元を撫でられご機嫌な雪はごろごろと鳴いて満足げに沢田の腕から降りてバスへと乗り込んでいくその一連の動作の滑らかな事。

「林さん、うちの雪、病院の予防接種以外家から出たことのない箱入りなんですよ?

 何かあったら責任とれるのですか?」

 なんてものすごく気楽に雪を誘ってくれた人に苦情を言うも

「まあ、ここでやって行けたらどこでもやって行けるだろう。心配するな」

「それより早くバスに乗れ。行くぞ」

 なんていうも朝になったら出発という予定は……

「ああ、もうすぐ夜が明けるな」

 気が付けばそんな時間。

 思いっきり予定通りになってしまった朝出発。

 三輪さんがハンドルを握るバスに乗り込んで席について窓を開ける。

「とりあえず鍵の隠し場所知ってますよね?それ使ってください。

 何かあったらすぐにスマホのほうに連絡ください。イチゴチョコ大福をお願いします」

「うん。信頼してもらえるのは嬉しいけど、鍵まだあそこに隠してるんだね。お兄ちゃん的には逆に心配だよ。誰も来ないような場所でもね」

 ハハハと空笑いの尊さんがそれでも手を振ってくれるのを見れば

「兄ちゃん行ってくるね!」

「岳も頑張っておいで。花梨も岳の事お願いな」

「任せておいてー!」

 なんて手を振り返す沢田と岳。

 これは何という

「遠足か?」

「楽しそうでよかったじゃないですか」

 笑って俺の隣に座ったのは村瀬。

 他に席はいっぱいあるのに横に座るのかと思えばニコニコとした顔の村瀬は

「相沢さんはダンジョンの外でもスキル、使えるのですか?」

 なんて慎重に聞いてきたけどそれよりも前に

「相沢さんはやめてくれ。見てみろ。鳥肌が立ったぞ」

 袖をめくって見せた腕の毛穴がぶつぶつになったそれを見せればうわっと引かれてかれて

「地味にショックなんだけど?」

「すみません」

 素直に謝れてもショックを受ける俺って案外デリケートなんだなと思う事にしておいた。

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