希望という名の絶望

 これからも林さんにからかわれるのはもう諦めてさっきからうるさいくらいにスマホが騒いでいる千賀さんに彼女たちのちっぽけなプライドという動機は理解したけどそれに対する処罰はと大学生の身分なので大学側はどういっているというように視線を向けて

「ほかにもいろいろ言いたい放題だったんだろうけど、結果どうなりました?」

 先に対応を聞く。

「とりあえず学校に帰還と同時に今回の任務から外れてもらう。

 大学からの連絡もあるし、自宅待機とかいろいろ指示も出るだろう」

 それでももそもそと食事をする彼女たちの名前…… 思い出せないけど少し鼻をすすりながらカレーのスプーンを握りしめているのは単に寒いだけだろう。みんな鼻をすすってるから俺は気にしない。

 やっぱり外で夕食はこれからの季節厳しいなーとそれでもカレーが空になるまで食べつくす村瀬たちよ、米が足りなくなってもスープとして食べるか?なんて同じ年の無尽蔵な胃袋に少し恐怖を覚える。あれだけ作ったのにまだ足りないとはどれだけ食べるのだろうかと……

 それを満たしていた沢田はやっぱりすごいな、っていうか足りないのなら少ないよってぐらい言ってくれればいいのに……

 いや、ひょっとしてこれがそれなりの仕返しかってやつ?

 わかっていて黙ってたとか?やだ怖い。

 胃袋掴まれるのは地味に恐ろしいと沢田だけは怒らせないようにしないとと思うのはしっかり胃袋掴まれているから恐怖に身を震わせる俺を笑ってくれてもいいぞと言うようにふんぞり返ってしまいながら


「ところでさ、なんでダンジョンの中でそんなことしようとしたの?」


 わざわざダンジョンの中でなくてもいくらでも機会はあっただろうと直接俺が彼女たちに聞けば三人は食事をする手を止めてぽろぽろと目から鼻水を落とすそんな器用な真似をしてくれた。

 涙は何とかというように数々の美しい名言を残してくれているがこれほど価値のない涙を見たことがないと話にならないからちょうど食事の終わった村瀬に「なんで?」と聞けば


「所詮はダンジョンの中の出来事になるからだって」

 ものすごくシンプルな言葉で片づけてくれた。

「へぇ、そういう理由なの。だったら俺達もやっちゃっていいってこと?」

 にやりと笑う俺に村瀬は少し俺から距離を取りながら

「学生だし何をしても許されると思っていたらしいよ」

「何その都市伝説w」

「だから伝説」

 

 まあ、今まで一緒に頑張ってきた相手の行動に動揺しているのはわかるけどもう少し詳しく言ってほしいと思う。

「そういう理由だったら俺達もやっちゃっていいってことだね?

 結城さんの時みたいに15階、いやせっかくだから20階に放り込んでみようか?

 これぐらいお役に立たないとね。貴重な実験だ」

 なんて三人に向かって言えば顔を真っ青にして

「ごめんなさい!ちょっと脅かそうって思っただけなんです!」

「怖がらせたかっただけで、命までとかは考えていません!」

「ただみんなが沢田さんの料理ばかり褒めるから頑張ってる私達の事もちゃんと認めてほしくて!」

 再度ごめんなさいと頭を下げられたけど

「いや、あの料理で対抗とか無理だろ?」

「沢田は一応料理人だったんだし」

 一度皆さんが作っている野営料理を食べさせてもらったがその酷い事。料理以前じゃね?なんて俺でも皆さんにお替りをして食べてもらえるくらいの腕前を持っているのにその嫉妬はどこからか来るのかと思いながら

「千賀さん、ダンジョン対策課に入る皆さんには魔物の解体を含めて料理の勉強が必要かと思います」

「ああ、俺も必須スキルだと実感してるよ」

 11階以降は広大なフィールドダンジョン。挙句に美味しいお肉が向こうからやってくるのだ。

 冒険に必須の食糧問題は自給自足。あとはいかに美味しく食べてモチベーションを維持するかだ。迷宮ダンジョンでは火事の危険性と酸欠問題から火の使用は禁止されているうえに人でごった返しているのだ。キャンプなんてしていたらすぐ横から搔っ攫われるのがお約束だろう。

 って言うか、世の中普通に魔物の解体できる人そこまで多くないし。

 それも含めてこれからのダンジョン攻略はいかに調理ができるかが命運を分けるポイントになるかもしれないけど……

 

「まあ、少なくとも結城さんは沢田の意見を尊重してくれるよ。

 なんせ殺されかかったんだからな」

 なんて岳と一緒にこの話を聞いていた沢田は


「えー?でも実際は相沢が全部先手を打って私は全く被害にあってないし?」

 

 だから大丈夫、なんて言う沢田ではない事を知っているからその先が続くのを待てば


「泥まみれになって、公開処刑されて、自分でイタイ子ぶりを発揮して、友人、大学、就職先の信頼を自分で捨てて今までの大学生活もフイにしてこれから卒業まで自宅待機でそのまま延々卒業できないとかになって自主退学を選ぶことになるんだよね。って、退学じゃないのおかしいよね?」


 誰もそこまでは言っていない。

 だけどきっとこの意見が通る未来を予測すれば林さんが綺麗な笑顔で頷いてくれた。

 はい確定きました!

 留年おめでとう!

 面と向かっては言わないのはまだまだ沢田の言葉が続くから。

「それにこう言う事が実績のある人って確かダンジョンのライセンスとか没収でしょ?

 せっかくの四年間が無駄、じゃなくって有効活用できないのはかわいそうすぎてもうそれぐらいで十分じゃないって思うんだけど?」

 さらにライセンスを取り上げるつもりの沢田。やっぱりというか

「女王様だな」

「女王様だね」

 背後で岳と林さんが震えているように、俺の視界の端でも村瀬や藤原たちも震えていた。そこまで求めるのかと……当然じゃね?

「沢田君、その辺で良いかな?」

 なんて千賀がもうこれぐらいで許してやれと言えば沢田は見たことがないくらい笑顔で


「うん!あとは三人の称号を冒険者にリセットしておけば完璧だから。

 ね、相沢!!!」

「了解でっす!」 

 秒で女王様のいいなりになる俺。これが女王様効果、仕方がないだろうというものだ。


 そして俺は全員が見ている目の前でダンジョン外でスキルが使えるところを披露する。

 三人のステータスを呼び出してくるくると称号の変更。

 見習いナース、戦場の天使、癒しの女神などというなかなかに意味不明な治療系の称号なんだろうがそれによる影響された魔力と防御力の半端ない上がり方……

 なんちゃってポーションのおかげで一切見る機会がなかったが一応ちゃんとここまでやってきたことは認めてやる。

 だけどそれを自らドブに捨てたんだ。

 人を殺そうとする人間に治療や医療なんて誰も受けたくない。

 俺は沢田の希望通りに称号を操作して三人を冒険者にしたところで驚くほど低くなったステータスを見て満足した。

「これで何かあってダンジョンに入ることになっても今までの努力は反映されない」

 愕然とする顔は村瀬たちも同様だ。

「だけど称号は努力で勝ち得るもの。

 何かの縁があってダンジョンに入った時。ひょっとしたらこの称号を取り戻せるかもな」

 ここで一つの希望という名の絶望を与えておく。

 こんな風に言ってみたけど十中八九取り戻すことはできないだろう。

 だってこの称号のシステムは称号をゲットしたときに自動で切り替わるもの。すでにゲットしたものに変わることはなく……

 ただ類似する称号、今まで持っていた称号の上位互換なものに限り手に入れることしかできないだろう。ましてや自力で、そしてこのレベルでただの冒険者の基本ステータスではたどり着くにはハードルが高すぎる。

 それでも半端な希望に夢を思い出したかのように泣き崩れる三人を見て

「千賀さん!」

 早くいきましょうというように言えば

「15分後に出発する! 

 それまでに全員荷物をもってバスの前に集合!」

「「「「「はっ!!!」」」」」

 腹の底からの気合の声に全員の、いや、三人以外の意識が切り替わる。

 泣き崩れた三人はそれでも村瀬に促されて立ち上がり、荷物をまとめに足を運ぶ頃一台の車が麓から上がってきた。


「あー、やっと来た」

「兄ちゃんこっちー!」


 なんて岳が手を振れば慣れたように一台の車が車庫の前に止まり


「東京に行くんだって?岳から聞いたけど俺なんかに家を任していいのかい?」


 なんだかげっそりとした顔の岳のお兄さん、たけるさんが車から降りてきた。

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