アイスクリーム戦争

 沢田が風呂にいる間に俺たちも五右衛門風呂で軽く汗と埃、そして魔物を仕留めた匂いを落とす。

 沢田の異変に気付いたのが雪だけではなくめったに家の中に上がらないイチゴチョコ大福まで風呂の扉の前で待機していた。 

 時々イチゴが前足で扉をカリカリとひっかく音が聞こえ、それに返事をするかのように風呂の中から扉をひっかく音が聞こえた。

 うちの獣達はなんてイケメンなんだろうと思いながらも夕食を作る。

 さすがに今の沢田にあいつらの夕食まで作れとは言えない。

 といっても俺たちの作る料理だからご飯を炊いて鍋に適当に野菜と肉を入れただけのカレー。もちろん売り上げ一位のはちみつとリンゴのやつ。

 前に麓の町のスーパーで当店のランキングとかいうPOPにそう書いてあったのを見て以来俺の中に刷り込まれ、これを買っておけばまず間違いないという奴を三箱入れる。

 これで足りるかどうかは考えない。足りない分は米を食えという事で許してもらおう。ってかなんで許してもらわないといけないか考えてみたが…… この中から俺たちの分も削り取るのだから。残り物で文句を言うのならもうお帰り願おうそんな気分。

 そこは時間を無駄にしない林さんがいるから心配はしていない。目的の為にえぐい事を平気で要求するあの人の直接の部下じゃなくって良かったと思いながらも確実に胸糞悪い話を聞く事になるだろう。この時点でそれが想定できて、内容も想像が追いつくけど、それでも少しでもこれからのストレスに負けない為に食事だけはしっかりと済ませておく。

 風呂から上がったのにもふもふ攻撃にあっている沢田と岳と三人無言での食事の光景にいつもは味見させてとすり寄ってくる大福ですら近寄ってこないのだから今の俺たちの異常さは三匹にも気を使わせて悪いと思って、食べ終わった俺はすぐに席を立って


「じゃあ、イチゴチョコ大福、そして雪も今日は留守番ありがとうな。

 もう戻って休んでいいぞ」


 そういって骨付きの肉でとった出汁がたっぷりの鍋にご飯とドックフードを入れて納屋へと向かう。

 こうなれば三匹とも尻尾をふりふりとふり回して俺についてくるいつも通りの三匹だ。

 雪もついてくるあたり納屋に住み着く舎弟、ではなく彼女さんたちのご飯も用意しろという事なのだろう。

 まあ、いつものことだからいいけどね。

 真っ暗の納屋に近づけば待ってましたと言わんばかりにニャンズの目が爛々と輝いている様子は正直ビビって叫んでも笑われることはないと思っている。

 雪がご飯を食べさせてやれという猫たちは沢田の事もあり、まあ、その前からだけどちゃんとネズミ退治ぐらいはしてくれているのでギブアンドテイクという事で割り切っている。家の中に入ってこないしね。

 そんなニャンズがにゃーにゃーとすり寄って餌を催促してくる。

 おまいらおっかない顏なのにかわいい声で鳴くんだなとギャップに毎度笑わせてもらいながら一匹一匹にお皿を用意してキャットフードを用意する。

 お皿は婆ちゃん自慢の山ほどある食器を使わせてもらっている。

 そのまた昔、冠婚葬祭は自宅でやった時代の家だから謎の食器が山ほどあるが、今時ただの遺物でしかない。

 それを思えばこうやって有効活用してくれるニャンズのカリカリ入れは毎度皆さん綺麗に食べてくれるので洗うのも簡単でありがたい。

 時々イチゴチョコ大福のご飯をたかりに行くニャンもいるが、エサをあげといて俺が言うのもなんだが長生きしたければカリカリを食べていなさいと言いたい。まあ、言わないのはイチゴチョコ大福を含めて山で勝手に狩りをしておやつを食べているからせめておなかで変なものを飼わないで下さいと願う程度。

 いつの時代の飼い方だと動物病院の先生に怒られそうだけど、残念な事にこの山間の町の獣医は一切そういう事は言わない。

 鹿の角には気をつけなさいとか猪には注意するんだよとかどこかずれているように思うのは俺だけだろうか。

 まあ、どうでもいいけど.

 一応餌用の水も換えて綺麗な水を用意する。勝手に沢の水を飲んでいるので必要か?と思うも用意しておかないと虐待とか言われそうだからという俺の言い訳の為かもしれないとそっと笑う。

 

「さて、と……」


 まだカリカリとキャットフードをかみ砕く音を聞きながら家に戻る。

 台所では沢田と岳が並んで食器を洗ってくれていた。

「悪いな」

「なに言ってるのよ。ご飯ありがとう。久しぶりにこのカレー食べたよ」

 なんて置きっぱなしのルゥの箱を俺にちらつかせながら笑う笑顔はまだどこかぎこちない。

 沢田が戻ってきてから泣き顔ばかりだなと、せっかくここを逃げ場にしたつもりだったのに全然守れてないなんて、そうか。俺、落ち込んでるんだとやっとこのわけのわからない感情の正体を見つけて落ち込んだ。

「情けない」

 頼ってくれと言っておきながらまったく頼りがいがなく

「ほんと情けない」

 言いながら納屋の冷蔵庫にビールを取りに行ってくると言って外へと戻る。

 空を見上げれば高地なだけあって満天の星空は少し見上げているだけで流れ星を見つけるくらい澄んでいた。

「ちっぽけだな」

 星明りのおかげで明るい夜空をしばらく眺めながら改めて俺は大した人間ではない事を思い知る。

 所詮はその程度。

 頑張ってきたつもりだけど親友一人すら守れないことに笑うしかない。

だけどそこでふと思い出すかの軍曹は


『勝手に自分の価値を自分で決めのではない。鍛え上げた筋肉こそ己の価値と思え!』


なんて謎語録を残してくれたのをふいに頭をよぎったがそもそも俺に価値があるのだろうかといつの間にか世界でもトップレベルになっていた俺は二十代前半でちょっとぷにっていたおなかが締まった程度でしか努力を表すことができない。

 問答無用に情けない……

「はあ……」

 言葉もなくため息をこぼしていれば

「相沢、にゃーん達にご飯たべた?」

「相沢、ビールよりアイス食べようぜ。今日は沢田がハーゲンダッツのお許しが出してくれたから早く来ないとストロベリーは俺がもらうぞ」

「それ私の!」

「早い者勝ちです」

 そんなアイスクリーム戦争が突如勃発したのを見ていつの間にか普段と何も変わりのないような光景に口の端が上がっていく。

不安なのは俺だけじゃない。

こうやって一生懸命日常を取り戻そうとしている、むしろ岳だろうな。こうやって気を使ってくれる岳だからこそ俺はこの状態で平静ではなくても平静さを装うことができる事に気づけば小さな感謝をするも


「悪いな、ストロベリーは俺がいただいた!」


 その宣言と共に俺は岳からストロベリーを取り上げれば

「ずーるーいー!

 こういう事にスキル使うのって卑怯よ!」

「そーだ!そーだ!早い者勝ちって言っただろ!」

「ふっ、早い者勝ちって言うのはこういう事を言うんだ」

 なんて小学生かっていうくらいの低レベルな俺たちのストロベリー争奪戦は俺の圧勝というように蓋と中のペロンとするやつを取ってスプーンですくえば岳が握りしめていたので程よく溶けて食べごろの状態。

 ピンクの中に赤い果肉の混ざるいかにもお高いアイスを二人に見えるように持ち上げて


「ほら、最初の一口は沢田にな」


 俺が大きな口を開けて食べようとしたのを見て大きな口を開けていた沢田の口にスプーン事大きく掬い取ったアイスを口の中に放り込めば反射的にスプーン事咥えてしゃがみこんでいた。

 

「ふっふっふー、冷たかろう。よーく味わって食すが良い」

「んー!んー!んー!!!」

 絶対頭にキーンと来る奴。

 だけどその顔は幸せそうに両手で口を押えもだえる姿に満足すればもう一人のターゲットに視線を向ける。別のスプーンを取り出せば逃げようとするもそれより先に動いて同じように岳の口にも突っ込む俺。やっぱ最強じゃん?

 もちろんその頃には岳はその塊を口の中に突っ込まれたら危険な奴と十分認識していたから目じりから涙が出ていたのが笑えたけど

「んまー!んっま!!!」

 沢田と同じように両手で口を押さえてもだえ叫ぶ岳の姿に笑いながらすっかり少なくなってしまった残りを俺は優雅に食べる。

「やっぱりハーゲンダッツはこうやって味わって食べたいよな」

 アイスクリームというようにがちがちの状態ではなく程よく溶けた状態がおいしい滑らかな氷菓子を堪能することにした。

 ちょうどよくビスケットがあったからそれで掬い取って食べるという事をいまだに悶えている二人の目の前で披露する荒業(?)に一瞬にして目が血走る二人。

 え?そこまで怒る事?

 その瞬間俺の手の中にあったアイスは消え去って、さらに机の上にあったはずのビスケットの姿もどこにもない。


「美味しいの知ってた!最強のコンビなこと知ってたけど、やっぱり美味しいんだから!」

「どうしよう、アイスだけでも美味しいし、ビスケットだけでも美味しいのに美味しいと美味しいが合わさるとさらに美味しいってこれ以上美味しくなったらどうすればいいんだよ!!!」


 口には出せないけど言わずにはいられない。


「そう思うのなら手を抜かず最高に美味しい状態を用意しないとな」


 言った瞬間アイスの蓋と蓋にくっついた中のぺろんとした奴事俺の顔面に向かって飛んできたところでようやく俺たちはいつもの状態に戻っていることに気付くのだった。


 

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