宝物のような小さな憧憬
みんなが振り返るその前に俺はクズの角を壁に突き刺し
「クズの上に飛び乗れ!」
その指示を出しながらマゾ剣を掴んで一気に駆けよれば俺を認識したマゾはすぐさま危険を察知して魔法をキャンセル。それと同時に走り出して俺の一撃を受けつつも即死を逃れ、逆に踏みつぶそうと襲い掛かってきながら再度魔法を構築。
濁流を放つ独特の泥臭い水の空気にこれは発動確定と判断しつつも被害を最低限にする為に振り回す鼻に向かって切りつける勢いのまま俺は振り上げた剣でマゾの首を叩き切った。
ごとり、血をまき散らして床に転がる前に術者のコントロールを失って発動した濁流はすぐに破裂した水風船のごとくあふれ出して一気に部屋を埋め尽くす。
「相沢!これが例の現象か?!」
千賀さんの声に
「全員避難は?!」
林さんがすぐ確認を取れば
「一部が足を取られてっ!!!」
村瀬の悲鳴。
よくよく見れば女子三人組が濁流に足をとらえて立ってることもできないように溢れる泥水の中にうずくまっていた挙句流された上に壁に叩きつけられて脳震盪でも起こしたのかぐったりとしていて……
その中でさざめく様な小さな笑い声をきいた。
「…………」
全身泡立つような鳥肌が浮き上がったけど俺はとっさにマゾの背中に逃げたもののすぐさまクズの角の上に移動してさらにクズの角を壁に突き立てていく。
もちろん彼女たちのそばにもクズの角を壁に投げつければ刺さった角に合わせて救出に向かう三輪さんと橘さん。
他からも助けに行けるように周囲にも角を投げつければ千賀さんや林さんも救助に向かい、その中に村瀬達も混ざる。
一人を二人で何とか泥の中から助け上げて階段のようにフロアの上部に逃げれるように角を突きつければあふれ出た濁流はマゾの頭の高さぐらいまで埋まったところでやっと止まった。
あまりにもの光景は部屋の入り口と出口を隠すほどに泥水がたまり……
俺はその上に飛び降りて何の逃げ場のなくなってしまったこの部屋を見て
「収納」
すぐさま泥水を回収すればまるで何もなかったかのような景色だけがそこにあった。
「いや、それができるのなら救出する前に泥水を抜いちゃえばよかったのでは?」
なんて林さんの突っ込みだが
「どの程度濁流を吐き出すか知りたかったんだよ」
「それは彼女たちを犠牲にしても、か?」
視線は恐怖から泣きじゃくり、泥だらけの手でも無事生き残ったことを喜びながらの三人で抱き合っていた、そんなどこかホッとした空気の中で林さんが感情を殺したかのような声での質問に今の俺はただ
「沢田に害を与えようとするやつらを助ける理由なんてないでしょ?」
林さん同様感情を殺してただ心に浮かび上がった通りの言葉を口にする。
「まあ、今回は学生さんたちのお守りをお願いされているからね。これでも最低限の手助けはしているつもりだよ」
そういって俺は泥だらけの三人を見下ろせば
「悪いけどお前らがこのダンジョン探索の中でどさくさに紛れて沢田を嵌めようとしてる計画知ってるから。
俺たちが世話役だからって女子同士でグループ組んで自分たちが弱いことを理由に無茶ぶりでどさくさに紛れて…… なんて計画丸聞こえだから」
一気に空気が固くなったのを肌で感じた。
「もちろん俺たちはすでに結城さんにあんた達の事は報告してるし。
今回は未遂で終わったけど結城さんから大学にすでにあんたらが計画していたことの連絡もしてもらってるから。
俺たち協力関係なのに協力できない人と一緒にはいられないから」
ばれていた計画に彼女たちは顔を真っ青にし、そして村瀬たちも彼女たちのたくらみを知って顔色を青くする。
「そんなの私たち何も知らない!」
「私たち何もしてないし!」
「そっちこそ勝手に私たちを嵌めないで!」
なんて喚くもそれこそダンジョンの中の出来事。
この一件を期に判断するのは俺達ではなく不信を抱いた村瀬たち。
ここから先は彼女たちの人のなりが勝手に坂を転がり落ちるのを待つだけだ。
「ダンジョンの中でも外でも俺、あんたらには負けないから。
裏切りを計画する人に命預けて戦うの無理だから」
そうだと頷く岳と彼女たちには絶対負けないという視線を向ける沢田。
計画を知ってなお任務を続けないといけない千賀さんたちの感情を殺した表情は今のこのタイミングで事故を誘発する気だったのかと感情を殺した表情が逆に恐怖をあおる。
子供のいたずら、ではもうすまされない流れに俺は沢田と岳の手を引っ張り
「ここからなら千賀さんたちだけでも帰れますよね。」
「ああ、ここから先は俺たちが全員で彼女らを地上に連れて帰る」
「お願いします。
彼女たちには今回の騒動を自分たちで処理してもらいたいので」
千賀さんに言って水の入ったペットボトルを収納から取り出してそのまま手で受け止めずに床に落とす。ころころと転がる筒状のペットボトルに入れられた貴重な飲み水を俺は見ないようにして岳と沢田を抱え上げて
「じゃあ、先に帰りますんで」
その言葉を残して俺はまっすぐ地上へと向かった。
途中まったく落ち度のない沢田がわけもわからずに殺されそうになっていたことをゆっくりと理解していって俺と岳にしがみついて静かに涙を流していたのを岳が必死に慰めて、俺は少しでも早くダンジョンから出ようと休みなく足を運んだ。
約五時間の走破の後に家にたどり着けば夜を迎えたばかりの時間。
予定よりも早い帰りに雪がもう帰ってきたかというようににゃーと声をかけてきたものの沢田の様子のおかしさにすりと足元に寄り添ったけど沢田は雪を一撫でしてすぐさま風呂場へと向かった。
同じ年齢の女の子たちと友達になりたい。
子供のころからの小さな憧憬は今も心の片隅に残っていたようで、少しでも仲良くなりたいと思っていた相手にまさか嫌がらせどころか殺されそうになっていたことをゆっくりと理解したかのようにシャワーの音に紛れる嗚咽を俺たちはただどうやって慰めればいいのか無力さを味わっていた。
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