決断、寝言は寝て言えとは言わないで

 目を覚ませば頭がすっきりとするそんなぐっすり睡眠だった。

 見覚めた俺はリセットされた思考で何が良いのか考える。

 うん。

 なんで俺が尻拭いしなくちゃいけないのかだけは理解できた。

 そして十分断る事ができる問題だという事も理解できた。

 だけど……

 人の命がかかっている。

 しかも助けられるかもしれない命。

 見過ごしてもダンジョンの中だから仕方がないといえる価値とはいえ……

 それでも駆け付けた命があった。

 それが命令かどうかなんてわからないけど、その人は少なくとも一緒に笑い一緒に悩み、一緒に飯を食った人。

 覚悟を決めるには十分な冷静さの中で俺は寝ぐせの跡も涎の跡も気にせずにみんなを集め


「全員で魔象を倒しに行こう。

 装備をそろえてから大学ダンジョンに乗り込む。

 出発時間は準備でき次第すぐ。

 トイレの入り口は雪とイチゴチョコ大福に任せて行こう」


 部屋に逃げる前の疲れ切った頭ではできなかった判断。 

 決意を込めて言えばすでに朝食を食べ終えて片づけをしている沢田と岳の


「なに寝起きに言っちゃってるの?」

「すぐ行こうって、学生さんたちもう店までランニングに出て行ってるよ?」

 

 正常なつっこみで指摘されればきりっとした顔のままみんなの通常テンションぶれないなあと感心する。もうちょっとリアクションほしかったのにと拗ねてしまいそうになるがこんな所では負けない。

 その間にも沢田にご飯食べちゃってと用意してもらった朝食はシンプルにごはんとみそ汁とダンジョン産の魚の干物。

 手と足は取ってあるとはいえ美味しいのが悔しいんだよなとだんだんおいしい魚を見分けられるようになって豊かになった食事。そしていまひとつな奴らを処理してくれるために増えたカラス。お前らそろそろ暖かい地方に移動する季節だろうと言いたかったけど残念なことに言葉が通じない者同士。

 そのうち雪の積もらないところに行くだろうと考えるも俺達が食べないやつを処理してくれることをありがたく思うもこの一面黒い景色は何とかならないかなあとため息をこぼしてしまう。


「ところで出発時間は準備でき次第ってどういう事?」

「今からなら潜って夜には帰ってこれるだろ?

 そのまま大学へ朝までに移動が希望なんだけど」

「お前ら何恐ろしいことをさらっと言ってる……」

 

 ダンジョン番の千賀さんが待機場所から突っ込んでくれた。

 

「要請出したの千賀さんたちじゃん」

「いや、そうかもしれんが無茶というものがあるだろう。

 せめて明日の朝出発ぐらいのスケジュールの余裕を持ちなさい」


 そんな指摘をされれば確かにと頷く。

「ですね。沢田と岳は一人で倒せるから千賀さんたちも問題ないと思うけど学生さんたちはそうじゃないから時間かかるだろうしね」


 冷静に考えれば魔狼を倒すほどスムーズにはいかないことを思い出す。

 悟った後半は巻きで作業をこなしてくれて効率のよい魔狼の倒し方を見つけてくれたけど、魔象はそうはいかない。

 レベル30ぐらいの攻撃力でやっとダメージを与えられるのだ。

 今でこそ雪は一撃で仕留められるようになったけど最初は皮一枚切れるかどうか。

 岳や沢田でさえ何度も攻撃を加えて倒すことができ、さらには岳の時に現れた変種も今後も出ないとは限らない。

 

「学生たちと岳と沢田たちの混合チームで魔象を攻撃する。

 もちろん千賀さんたちにも混ざってもらうから。

 効率は悪くなるけど安全に魔象を倒して学生さん達の糧になってもらいたいし一人ずつ戦って時間をかけるよりは早くマゾグッズを入手することができる」

「相沢ー、マゾグッズはやめよーぜー」


 なんて岳の突っ込みはスルーする。

 

「今回の目的はあれば便利なマゾシューズの確保がメインだ。

 うちのダンジョンはサバンナからの森林、そして水辺に代わるように大学のダンジョンもそこまで差があるとは水井さんからは聞いていない。

 そんな場所だからこそマゾシューズの効果が有効だ」

 

 いえばはっとしたように顔を上げた岳と確かにと頷く沢田。


「マゾシューズならぬかるんだ地面も足を取られることなく歩くことができる。多少の踏ん張りは効かないけど普通の靴に比べれば全然戦闘向きだ」


 足首を締め付けられる感覚は相変わらず苦手だけど、それを我慢できる性能があるのだ。

 

「マゾ盗伐が目的じゃなく全員分の装備確保が目的だ。

 それを踏まえてなら俺は大学ダンジョンの応援に行く」


 助けてやる義理はない。

 だけど助けたい人がいる。

 少なからず助けられる力はある。

 ただし、あの広大なフロアで出会える可能性はどこまでも低い。

 それでも優しくしてくれた人に報いたい、そんないつの間にか生まれた仲間意識が俺を突き動かす。

 そんな俺の決意に真剣な顔をした千賀さんはスマホを取り出し


「橘か?悪いが学生を連れて至急戻れ。

 今からダンジョン15階攻略を全員で始める。戻り次第すぐ出発するぞ」


 そんな宣言。

 そこからは何事も早かった。

 まだそこまで離れてなかったからかすぐに戻ってきて、あっという間に準備を終えてダンジョン一階で待機というのはいくらうちが広くてもこの人数が土足でそろえる場所はあまりない。

 魔象討伐という目的に普段見ないような表情が並び、だけどというように俺は全員にペットボトルを持たせ


「全員水分補給をした後出発だ。

 雪は留守番頼んだぞ」

「なー」


 不満しかない声が聞こえたけどここでイチゴチョコ大福を従えての留守番になるのだ。

 

「頼りにしてるぞ」

「なー」


 不満はあれどダンジョンに入れば賢い雪さん。

 仕方がないというようにあきらめてくれる鳴き声に甘えて


「じゃあ行こうか」


 もう少し気合入れれば?なんて岳の突っ込みは無視して


「マロ部屋まで目標時間90分。

 置いて行かれた分休憩時間が減るぞ!」


 10階までは心配のない顔ぶれに容赦なく足を進めるのだった。



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