動きたくても動けないわだかまりを分かってほしいとは言わないけど

「それよりもさ、なんで学生さんたちのダンジョン攻略を早めたいの?」


 そんなそもそも論で話を戻せば千賀さんと林さんは苦い顔をして、三輪さん、橘さんもそっと視線を反らした。

 何かあったという事は十分なこの様子に

 「水井が呼び戻されたところから話がおかしな状況になっていることは薄々感じていたのだが……」

 なんて林さんが言ったところでヤバミな感じと思っていれば


「村瀬たちとは違うもう一つのグループも水井は担当しているのだが、そいつらがしでかしたんだ。

 同じ講師に学んでいるのに俺たちが置いて行かれるのは納得できない。だったら俺たちの力を証明しようって暴走したんだとか」

 

 もう嫌な予感が当たりすぎておなかいっぱいだよとうんざりしながらも耳を傾ければ


「村瀬たちと同じ今学生たちの間で一番学びたい講師が水井だ。 

 まあ、あいつも苦労した経験があるから救済じゃないけど下剋上したいだろう学生たちに手を伸ばしたんだが……

 今回のこの研修に参加できなかったことを逆恨みにして大学のダンジョンの10階以降に突入したらしい」

「わぁお」

 なんてどう反応すればいいんだよと言いうように言えば頭が痛いというように頭を抱えながら

「そこで水井が呼び戻されたわけだ。10階以降にもぐりこんだあいつらを回収に行けと」

「わーお、自衛隊のブラック発動?」

「ブラックではない。人命救助だ」

 なんて耳障りの良い言葉に言い換えるけど

「だけどそこで俺たちに話をするっていやな予感しかないんだけど」

 と聞けば

「我々にも応援要請が来た。もちろん大学のダンジョンを一番知る村瀬たち学生にもだ」

「ふーん。頑張ってください」

 速攻でこの話を終了すると言うように席を立つものの千賀さんがすぐに片手でも俺にしがみついてきた。

 当然無視して足を進めるもののものともしない俺の歩みに片手でしがみつく千賀さんを引き連れて二階に逃げるなんてさすがにはできなくて……


「源泉の水をペットボトルに詰めます」

「そうじゃないのはわかってるだろ」


 なんてしっかり俺たちを戦力としている様子に心はだんだん冷えていく。


 どれだけ助けを呼んでも来てくれなかったのに身内に対してはすぐに救援要請をするその行動。こうやって長いとは言えないけど一緒に過ごしていたにも関わらずこの対応の差を見れば第一印象が最悪だと思い出して素直になることがどうしてもできない。

 後発の応援の水井さんたちに当たるのは間違いだとは思っている。

 そしてダンジョンで簡単に人が死んでしまう以上人手不足というのはこの短期間でも十分理解できている。

 とはいえ俺たちからこのダンジョンを奪おうと、そしてあわよくば初回特典をもらおうなんてことも考えていたのにいざこういう事があれば手数にしようなんて……


「ずる過ぎます」

「その件に関しては本当に申し訳なく思ってる」


 頭を下げて深く謝る千賀さんは俺の醜い心のことを見抜いているのだろう。

 表面上はご飯を一緒に食べたり、一緒にお酒を飲んだりしていても肝心の求めている情報、俺が知るダンジョンの最深部の景色を教えない俺のわだかまりも察してくれているのだろう。

 

「だが助けられる命があるのなら助けたいのだ! 

 それが大学のダンジョンならなおさらっ!!!」


 前に水井さんから聞かされた話。

 千賀さんはそこで身ごもった奥さんと両親を亡くしている。

 幕僚までまっしぐらなコースに乗っていたはずなのにダンジョン対策課に移動して魔物を倒しまくる狂戦士になったことを。

 大学のダンジョンにこだわる理由は十分理解できた。

 

だけど……

 

 葛藤する俺の肩に人のぬくもりを感じた。


「相沢、悩む気持ちわからないでもないけど……」

「難しいことを考えないでさ。

 水井さんを助ける、そんなシンプルな考えで良いんじゃないかな?」


 肩のぬくもりと反対からかけられた俺の知る限り俺に絶対の悪意を持たない声に安心を覚えながらゆっくりと呼吸を繰り返してもうんとは頷けなかった。

 ただ岳と沢田が来てから手が緩んだ千賀さんを振り切って俺は二階へと向かい、部屋を仕切る障子を派手に音を立てて閉めるのだった。

 たとえどこからでも入りたい放題の部屋とはいえ仕切られて外からの視線がないというのは安心を覚える、そういうもの。

 決して障子一番下のマス目の和紙を突き破って雪がやってきて


「知らないダンジョンに行こうよ~!」


 なんてニャーニャー鳴き叫んでも俺はフラットな感情のままベッドにもぐりこんで目を閉じる。

 

「にゃ~……」

「分かってるよ。


 きっと俺は大学のダンジョンに行くことになるんだろうけどさ、だけどまだ『うん』って言えないだけなんだよ」

「にゃー……」

 

 なんて慰めるような、情けないとでも言いたげな声をこぼしながら俺の足元でくるりと丸まって、俺が眠りにつくまで一緒にいてくれるのだった。





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