思いというものはなかなか伝わらないらしい
沢田の土間台所からマツタケご飯の匂いが漂ってきてそわそわしているのはイチゴチョコ大福や雪たちだけではない。
「やっぱりいい匂いだよなー」
「日本人に生まれてよかったーって気分になるね」
なんて俺と岳もまだかなーとそわそわしている。
因みにイチゴチョコ大福たちはこの時間はご飯の時間なのでいつもそわそわしているだけ。マツタケが目的ではなく早くご飯をもらいたくてそわそわしているだけだからもうちょっと待っていようねとここで手を出すと確実に噛まれるのでそっと見守るだけにしている。
やがて甘いご飯の匂いの中にマツタケの香りが漂ってくれば幸せな思いに包まれるのは当然だ。絶対おこげもおいしいだろうしね!
因みにマツタケを見て岳はご近所さんの家に俺を引っ張って寄り道をして今年の新米をマツタケと交換してもらっていた。
サイコーじゃん!
自分ちの米じゃないのかと思ったけど
「義姉がいるからね。見られたら全部取られるからおよそで交換するのが一番だよ」
この様子だと親にも食べさせないらしい。
まあ、向こうも俺があの人にいろいろチクチク言われているのを知っていて少し距離を置いているのを仕方がないと思ってくれているから、とりあえず工藤たちの件からの飛び火が決着するまでもう少し距離を置いておこうと思うのは仕方がないと思う。
まだ義姉が居なかった頃は岳のおふくろさんと挨拶したりだべったり、学校のことを話をしたりと岳から得られない情報を俺で補ってた感もあるが、時々賞味期限切れのパンだけどおやつに持っていきなさいと言ってくれるのでありがたくおやつにさせてもらっていた程度には交流があった。
いただいたのはあんパンとかばっかりだったけど。
それは仕方がない。
ここは平均寿命が70歳を超えた村。
フランスパンさえなかなか出会えない中であんパンがあることだけでも感謝しよう。
因みに俺はレンチンして中のあんを温めて食べるのにはまっていた。なんだかあんまんみたいな感じで良いんじゃねという食べ方は婆ちゃんにも好評だった。
沢田に言ったらなんか目元を抑えていたけど、ほっとけ……
やがて空が薄暗くなるころ
「お待たせー!」
沢田がご飯をおひつに入れて持ってきた。
一つは俺たち用、一つは千賀さんたち用、そしてもう一つは学生さん用。
俺たちの分が一番少なくね?
なんて思いながらもご飯を受け取りに来た村瀬はものすごいニコニコ顔で
「ありがとうございます!ごちそうになります!」
なんて目までキラキラさせちゃって……
逆にこの合宿の間何を食べているのか不安になってしまった。
一応沢田が料理を作ってはいるらしいけど、それ以外はどうなのかは担当の皆さんの表情を見れば聞くまでもない。
むしろ聞いちゃいけないやつ。
とりあえず今日はダンジョンの魚を焼くと言っていたからそこまでの事故はないだろう。
なんかダンジョンの魚をさばく練習を山ほどさせたとか……
まさか俺が持ってきたやつ全部やらせたわけないよな? まあ、やらせても問題ないけど。
そういやこの前やたらと干物を作ってたな。そしてカラスが持って行ったなと思い出しながらも俺は食べるだけだからいいけどね。
そんなカラスの華麗なる干物の強奪する姿を思い出しながら俺たちは囲炉裏の部屋に向かってご飯の準備をする。
炊き込みご飯にお吸い物、ホイル焼きに茶碗蒸し。
他にダンジョン産の鶏で作ったよだれ鶏。
マツタケの美味さを殺さないようにそこまで辛くない程度に調整してくれたらしい。
足りなかったらこれで補えというところなのだろうが……
「ご飯お替り!」
「俺も!」
「ちょっと待って!私のが先なんだから!」
なんてにぎやかな食卓。
因みに千賀さんたちはそういった騒動にならないように最初からどんぶりで全部分けてしまっている。
今日ばかりは仕方がないというように沢田も笑っていた。
耳をすませば村瀬たちもおいしいとの悲鳴が飛び交っている。
こんな日もたまにはあってもいいよなとあっという間に食べつくしてしまった今日の晩御飯の後はよだれ鶏の残ったタレをただ叩き割ったきゅうりにかけただけのものをつまみにビールをの飲むそんな至福。
「このタレなんにでも合うな」
「豆腐にも合うし」
なんて冷ややっこにかけて食べている岳と沢田。
沢田曰く低カロリーの豆腐だからセーフだという。
まあ、気持ちはわからないでもないけどどう考えてもアウト、とは言えない。人の幸福は邪魔をしてはいけないもの。なのでスイーツでも食べるように豆腐を食べる姿をほほえましく眺めながらビール片手にキュウリをポリポリと食べる。
そんな中で
「じゃあ、このまま会議を行う」
千賀さんがなんか寝言を言った。
ポリポリとキュウリを食べながら
「会議って何の」
聞けば
「学生諸君のダンジョンの攻略だよ」
林さんが何を言っているという声の後に
「無事レベル25まで到達した。魔象にチャレンジする」
「まてよ!そんないきなり……」
千賀さんの宣言に俺は待ったをかけるも
「いきなりじゃない。
我々だって相沢に少しでも追いつこうと雪に鍛えてもらっている。
それこそ魔象は挑戦済みだ」
なんてこったいと雪を睨みつけるも座布団の上で俺たちの話を聞きながら居心地が悪いと言わんばかりに背を向けるようにくるりと丸まりなおす。
「この確信犯め……」
俺へのスパルタだけではなく千賀さんたちにもしてたのかと思うも俺は謝らない。
だってすでに雪は「軍曹」と呼ばれる存在。
軍曹の下についた時点でこうなることはわかっていただろう、なんて自分にも言い聞かせながら無理やり納得する。
20階に行くときは要注意だと考えれば妙に雪との間に緊張感が発生していることに気づくも雪はゆっくりと起き上がり、音もたてずに歩いたと思えば俺の膝の上でくるりと丸まってそのままそっと瞼を閉じた。
あ、ああ、あああ!!!
「見て見て! 初めて雪しゃんが俺の膝の上でおねむになってくれたよおおお!!!」
感動に、しかし小声だけど沢田と岳にこの爆発する喜びを訴えればかわいそうな子を見る目で
「よかったわね……」
「まあ、ある意味相沢は雪にとってダンジョンの魔物より得体が知れないからな」
なんてよくわからないことを言いながら膝の上で眠る雪を憐れんでいたが……
それはどうでもいい。
ただ今はひたすら雪のかわいい寝顔をスマホに収めようと動画撮影をする。
ひくひくと揺れる小さなお鼻と瞼。
「なんていうか、苦悶の表情?」
「全力で戦ってるわね」
誰となんて聞かない。
きっと眠たくても俺たちの会議に参加いようとするなんていじらしい雪しゃん……
「あああ、天使が!天使が俺の膝に舞い降りた!!!」
さすがの千賀さんたちも俺を痛々しい子を見るように無言になるのだった。
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