さあ、準備は良いか?
怒涛の人の入れ替わりに少しだけついていけられなくなって相沢は横になっていた。
東京生まれ、東京育ちだと言うのにすっかりこの山奥の一人暮らしになれてしまった心と精神はなじみのある岳と沢田以外の雑音にひどく疲れていた。
橘さんや三輪さん、千賀さんに林さんと言うメンツにもなれたがどうしてもなれない奴らがいる。
あの黒くてテカテカしてカサカサな足音を立てての以下略。思い出したくもない。
我が家のトイレを勝手にダンジョンにリフォームしておいて無限に排出するGの巣窟と直結した事が俺を憂鬱にさせる。
すべてGが悪い。
そのせいで工藤なんて厄介な奴を呼び寄せたし今もダンジョン舐め腐ってる奴らを呼び寄せてきた。
何が腹が立つって
「あいつらまた沢田に何かしようとしてるぞ。女子の奴らが」
「うわー、お子様かよ」
「って言うか私どこにそんな嫌われる要素あるかな?今度は仕返ししても良いかな?」
思いっきり顔をしかめっ面にする沢田。
すっかり人間不信になりつつあるようだがそれでもそこは『女王様』。
素直に落ち込まずに噛みつこうとするあたり沢田は見た目通りの奴じゃないという事を知らない方々はさぞ御し易い風に見えるのだろう。
「そりゃ、同じ年齢の同性の友達? いれば嬉しいに決まってるじゃん。
中学校に入って初めてできた時は距離感分からなくってへこんだ時もあったけどやっぱり嬉しいものじゃん」
幼稚園、小学校と同性の同い年の友人に恵まれなかった弊害かと思うも
「そんなのただの嫉妬です。
考えてください。この男所帯で唯一の女性。しかも全員の胃袋を掴んだだけじゃなくネットでも話題に取り上げられるあなたに同じ年齢の、しかも直接対面した彼女たちが素直に仲良くしましょうなんて言えるわけがないでしょう。
さらに言えば大学では女子のカースト上位にいる程度のプライドですがあなたの前では意味がない事にいら立ちが起きて当然と言うものです」
なんて居間で話をしていたのを隣の部屋で聞いていた橘さんが丁寧に解説をしてくれた。
工藤の件もありこういうのはやっぱり情報の共有大切だよねとさっそく俺が憂鬱になりかけている問題を暴露すれば腹を立てると言うよりなんで俺達協力をしているのにこんな事に付き合わないといけないのかと思えばやたらとパソコンのキーボードを叩く音が早くなった橘さんはきっとエンターキーを押したのだろう。タンと言うような力強い音と共に満足げに笑みを浮かべれば
「この件は結城1佐へと連絡させてもらいました。
同様に千賀さんにも連絡入れましたし、水井さんにも連絡を入れました」
さらりと何か恐ろしい事を言ってる橘さんに沢田は笑い、岳は震えていたが
「そういや水井さんの姿見てないな」
朝ごはんを一緒に食べてそれ以降声も聞いてないなと思えば
「大学の方に戻ってますよ。
何でももう一つグループを受け持っていてそっちに集中しないといけないとか言ってましたから」
「大変だねえ」
「はい。こんな時代なので防衛大入った奴らをちゃんと即戦力になるまで叩き上げないといけないので」
なんて少し俯きがちな視線が気になって
「なんかあるの?」
聞けば
「まあ、落ちこぼれを救出するための特別訓練と言いましょうか」
失笑交じりの声のまま
「俺も何度も受けてやっと卒業できたクチでして……」
いつも真面目にきびきびと仕事をしている橘さんの大学時代がそんな風とは思わずまじまじと見てしまうも
「もともと面倒見の良い三輪先輩にいろいろ教えてもらいながらもなんとか卒業出来たのですが……」
なんて言葉を濁すその先の事は無理には聞けない。
工藤達や村瀬達の様子を見れば何かあると思ってネットで調べればすぐにヒットして、この国の三指に入る最悪のスタンピードの一つを経験していたのだ。
さすがにこれ以上は踏み込めないと言うように
「じゃあ、水井さんそっちの生徒さんのお世話に行ったわけか。ってあの人土木様なのに、あ、転属したんだっけ。面倒見がいいって言うのは判ってるけどちゃんとやれているのかが一番不安だな」
なんて水井さん弄りに走れば
「あの人ああ見えて有能なんですよ?
怪我をして趣味のDIYのレベル上げるために移動しただけで一時は千賀隊長と並ぶような方だったと林さんから聞いてます」
「林さんか。一番信頼無い人の評価って信用ならないな」
なんて林さんの言い分も判らないけど俺の中ではどん底評価なので唸ってしまえば
「それよりもさあ、学生さんが地上で訓練しているうちに魔象攻略しようぜ?」
なんて岳の提案。
ソロで倒すのは微妙なラインだけど一緒に行けば問題ないし、何よりずっとどう戦ってもオーバーキルしてしまう相手ばかりと戦っていたのだ。
自衛隊側に振り回されている間に体がなまりそうだと言う岳の提案も判らないでもない。
「だよね。20階の攻略の為にレベル上げないといけないしね」
なんて俺の中では目標レベルを40に設定してあるけど何となく不安を覚えてしまうのは魔象の時の今までの法則をやぶったレベルの高さが原因だろう。
だけど自衛隊の人達は自分達が成長する事を優先しているので俺達の要求が通る事は遥か先の事になる気がしてきて……
俺としてはGが出てこなければいいだけなのに、そしてまたトイレが家の中に設置できればと言うぐらいの希求。
たとえダンジョンバブルがはじけようがこんな縁起の悪いものがなくなった方が良いに決まっているから俺は岳の提案に頷く。
「じゃあ、今から15階に行ってみるか」
「今度は見学だけじゃなくて出来る限りソロで行かせてもらうぜ!」
「私も挑戦する。なんか最近ちゃんとストレス発散しないとやり切れないことだらけだし?」
そんな女王様の言葉に俺達は頷いて
「橘さん、少しダンジョン潜ってくるから後はよろしくお願いしていいですか?」
君たちはそれでいいのかと言うように単純な俺達に呆れながらも笑みを浮かべ
「判りました。こちらのご飯は学生たちに作らせます。
気を付けて行って下さい」
なんて俺も行きたいと言わない仕事に忠実な橘さんに自分が社会人だとしたらこういう風になるのかな?なるわけないよなという自分の評価に少し俺を軽蔑してみた。
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