思い出には触れないでおこう

 大学で選出された選抜メンバーに入れたと言う名誉に足取り軽く自衛隊に協力するダンジョン保持者の所での集中訓練を受ける……他の学年、学生とのスケジュールを考慮せずに受けることが出来る訓練は俺達の想像の斜め上を行くものだった。


「全員ペットボトル持って下の商店まで往復行ってこい!」

「はい!」


「イエッサーじゃないんだ」


 なんて鋸を片手につっこんでくる相沢に返事をする間もなく俺達は水井さんに走れーと追い出されてしまった。

 先頭には橘さんと三輪さんそして千賀隊長も一緒に走ってくれる絶対サボれない奴だ。

 林さんは夜勤明け直前なのでダンジョンの入り口前でお仕事をしている。

 ただ今朝の五時。

 起床の鐘を鳴らされて準備して宿舎の前で整列させられたと思えばいきなりランニングを命じられた。

 まあ、学校でもある事だからすぐに準備は出来たけどここに来て二日目でこの洗礼を浴びるとは思わなかった。

 と言うか


「熊が出たって聞いたからなるべくばらけないように注意しろよ!」


 そんな鍬を担いでの岳の言葉と


「子供連れてるイノシシもいるから注意してね!」


 沢田さんの言葉。

 俺達の常識にない注意事項に本当にここは屋外トレーニングやっても良い所なのかと昨日のダンジョンのおかげで話しやすくなった橘さんに視線を向ければ


「大丈夫だ。

 俺も三輪さんもこの坂道はいいトレーニングだから毎日走ってるからな」


 なんてぐっすり休みましたと言う爽やかな笑顔の橘さんに三輪さん達は苦笑を止められないようだ。

 なんなんだと思うも遠くから頑張れよーと相沢の気合のない応援を聞きながら俺達は急斜面と言わんばかりの坂を下りながら


「と、止まらない?!」

「やだ!ここのカーブってガードレールない所!」

「うわっ!じゃりに足とられて、滑るっ!!!」



 いやあああぁぁぁ!!!






 なんてまだ道に慣れてない様子の悲鳴が家まで聞こえる中


「賑やかになったね」

「どうせすぐに慣れてスリルを楽しみだすんだろ」

「こんなの全然スリルじゃないのにな」


 橘が来た時も、そして地形という自然のトレーニング場に肉体改造に意義を見出した三輪にダンジョンのパターン化する魔物の出現とは違う完全なランダムな遭遇の野生の動物に対しての無力な肉体でどこまで通用するのか限界を見極めようとする千賀を見守る俺達のストレスを考えてくれと言いたかったが


「まあ、楽しそうでいいじゃない。

 それよりイチゴチョコ大福も行きたそうだから放すよ?」

 なんて言いつつ放せばものすごい勢いで駆けていく三匹に呆れるようににゃーと鳴く雪。雪の側によく侍っている極悪面の猫達も朝ごはんを貰う為にそわそわと沢田の回りをうろつき始めていた。

 なんて平和な日常だと言うように


「じゃあ帰ってくるまでにご飯食べちゃおうか」

「だね。因みに今日の予定は?」

「薪割一択。冬用の奴を今のうちに用意しておきたいから」

「五右衛門風呂で薪の消費激しいからね」

「まあ、その為にこの体をフルに使わないとな。今のうちに切ってある奴持ってこないとな」

「だったらその後でいいから俺の部屋作りの続きやるから少し手を貸して。

 後沢田の部屋に手を入れるから」

「りょー」


 沢田には悪いが自分のかわいいを詰め込んだあの部屋に俺達はもう使わないでくれと説得してうちの一階の奥の部屋に引っ越してもらった。

 仏間や客間、囲炉裏のある居間、ダンジョン対策課のダンジョン入り口の監視部屋からなる田の字型の部屋とは別にある二間のうちの一つを使う事になった。

 あれだけ怖い思いをした部屋にいつまでも居させられないし、あんな事があった以上人の気配が分かりづらいあんな納屋に住ませるわけにもいかない。

 その結果同じように納屋を改造していた岳の部屋を作ってる途中にも拘らず一階の南西側の部屋になるけどそこを綺麗にして沢田の部屋へと作り直して岳はやっと自分の部屋作りに戻った所。

 その間俺の部屋で布団を敷いて寝ていたりしたのは単に秋になって寒くなったから。

 ご飯を食べて山から切り出した木を庭に置きたい所をこの力がばれないように五右衛門風呂の裏側にウッドデッキ風に並べて置いてそこから岳の部屋作りに手を貸す。

 その頃にはランニングから戻って来た皆さんが昨日のダンジョンから帰ってきた時よりも死にそうな顔でへばっておられて……


「トイレで吐くか沢で水に流しながら吐いてください。

 あ、出来たらうちより下流でお願いします」


 なんて言えば全員沢に向かうあたりこんなので大丈夫かと思うもそれを見送る橘さんのものすごくいい笑顔にこの人鬼だとそっと視線を反らせた。


「やっぱりこの坂道はエグイな。入隊したころにやらされた山岳訓練を思い出すよ」

「ですね。橘が毎日トレーニングに取り入れるわけですよ。さすがにダンジョン課に移動してからこれはきついですね」


 レンガ造りの走りやすいダンジョンで鈍ったと言う三輪さんだけど


「じゃあ、こんど山の手入れするために使ってるルートを案内します。

 途中崖を登ったり沢を渡ったりするから天気のいい日に行きましょう。たとえば今日とか?」

 そんないきなりな提案だけど


「そうだな。山の天気は全く読めないから。

 天気がいい今日みたいな日にやるか」

「そうですね。ダンジョンよりはまだ安心ですし、何より今の状態では11階以降使えないですしね」


 千賀さんと三輪さんの会話の内容が脳筋仕様になっていて適当に言った言葉に後悔する相沢だが


「橘から聞いた報告ではあの木の根も一人で通れないし、崖登りはもちろん降りるにも時間がかかったとか。

 相沢みたいに飛び降りろなんて言うつもりはないが、足手まといでしかない奴らを守りながら訓練と言うのは割が合わん。

 わざわざリスクを受けながら訓練する前にここにはこんなにも素晴らしい訓練に適した場所がある。

 レベルを上げる前に基本を学んでもらおうじゃないか」


 いつの間にか源泉の崖をハンデを乗り越えて一人で登りきることが出来るようになった千賀さん。


「無茶ぶりにも程があるだろう……」


 なんて思うも橘さんも笑う。

 

「俺もダンジョン課に配属になって千賀さんに人が通っていい場所? って疑問を持つ場所ばかり走らされて……

 懐かしいなあ……」

「あの橘さん、なんで涙流しているのでしょうか?」

「あれ?」


 なんて何を思い出して涙を流したのかなんて聞きたくない。







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