とりあえず沢田の洗礼は受けて置け

 橘さんと雪さんの案内で無事ダンジョンから帰還した。

 あまりに沢山の事がありすぎて玄関を出た先の庭でしゃがみ込み


「11階って別世界だったな」

「ああ、全く未知の世界だったな」


 藤原と一緒に後悔に飲まれていた。


「俺達と同じ年齢の奴が動画で無茶しているって感覚だったけど……」

「ガチ勢だったな。水井教官が尊敬って言うか崇めてるだけあるな」

「なー。俺凄い無力だった」

「何もさせてもらえなかったじゃなくって何もできなかったな」

 なんて乾いた笑いを零せば

「あのダンゴムシ無理だろ?!」

「甲殻の隙間なんて見えたか?」

「いや、それより尻尾ではたき飛ばすなんて無理だろ」

「だけど剣で見極めて一撃でって言うの、かっこいいよな」

 同じように座り込んだみんなもあんなの真似できるかと言うが


「確かに転がっているのに剣を突き刺すのは難しいけど、丸まってる状態で剣を刺すのは意外と簡単だから。

 雪がじゃれて転がすから無理なだけであいつらをビビらせて丸くなって、自力で身動き取れないから倒すのは簡単なんだぞ?」


「「「「「は?」」」」」


 橘さんが水を飲みながら正しい攻略法を教えてくれた。


「さすがに転がってるのに剣を突き刺すのは俺でも無理だから。相沢みたいなレベルだから余裕で14階まで行けても普通に無理だから。

 剣豪とかならいけるかもしれないけどマロ剣だと動いてるときにやると普通に折れるから。千賀さんがやって腕痛めたから……」


 遠い山の山脈を眺めるような視線で


「真似したらいけませんよ?」


 確実にやっちゃいけない事だと理解して全力で頷けば


「おかえりー。お疲れ様!」


 沢田さんだったか離れの台所から美味しそうな匂いを纏いながらやって来た。

 途端に胃袋が刺激されてきゅーなんて派手な音を鳴らすも気付いてないと言う顔で

「ええと、水井さんから夕食は用意してほしいと依頼されているので隊舎の方に運んで準備は出来てます」

「はい、ありがとうございます。

 さすがにこれから自分で用意するだけの余力はないようなので助かります」

 橘さんの言葉に改めて体力さえ劣っている事に気が付いた。

 学生だからダンジョンから戻ればご飯を用意されているけど卒業後にどこかの班に配属された時こんな状態でも食事の準備は班ごとでしなくてはいけない事を思えばこんな風にへたり込んで座っているわけにはいかないのだろう。

「ところで相沢は?」

 この中に彼の姿がない事に気が付いてきょろきょろとする沢田さんに

「最後にダンゴムシが出たからそれの処理をしてます」

「あー、だから雪が満足げな顔をしてるのね?」

「今回も気持ちいいぐらいのニャンパンチでした」

「ほんとダンゴムシ好きなんだから」

 なんて笑ってるけどほんとその感覚で良いのかと問いただしたいものの


「ただいまー」

「あ、お帰り。ごはんで来てるからシャワー浴びておいで」

「うん。あと魔狼の処理は明日でいいの?」

 なんて大して汚れもしてない相沢さんの言葉には

「食事を済ませて休憩した後やるぞ」

 水井さんの厳しい声。

 選抜メンバーを集めての合宿だ。休む暇もなく沢山のミッションをこなす事になるのだろうことは想像していたけど食後に魔物の解体かと食べたものを吐き出さないようにほどほどにしておこうと決めた。

「じゃあ、今日ダンゴムシ拾って来たんだけどそれは……」

「明日の朝一にトラックが付くように言うから。それまでに解体するか」

「了解」

 そこは千賀さんが予定を立てていた。

 いや、ダンゴムシ拾って来たって言うけどあの大きいのダンジョンの通路を通ったの?なんて疑問もあるけど……


「それよりも早く食事を済ませるように!一時間後には解体訓練に入るぞ!」


 なんて水井さんの厳しい声に俺達は重い体を起こして食堂へと向かう。

 同じような訓練を受けていたはずなのに11階に足を運んだ、それだけで足は鉛のように重たくのろのろとした動作でしか足を運べない。

 そんな俺達を水井さんが見て


「相沢たち容赦ないだろ」


 なんて笑っていた。

「俺も彼らのペースに巻き込まれた時はおじさんにはもう無理って泣いたけど

 『俺知ってる。おじさんって生き物が泣き真似上手って事』

 って言って軽くスルーされて魔狼の群れに囲まれた時本気で泣いたからね」

 

 なんて笑って話してくれた。

 いや、笑いごとだろうか。その前に魔狼の群れって……


「んー、その様子だと11階の森で魔狼の群れにあわなかったようだね?」

「そんな恐ろしい群れがあるのですか?」


 超やばいんだけどと思えば


「あれじゃね?崖降りてる途中なんか戦ってる気配があっただろ?」


 藤原の指摘にそう言えばと記憶を思い出せば


「さすがの魔狼も崖の上まで登れないからね。

 あの滝つぼ近辺に魔狼の群れが出没するから練習にはなるんだけど……」

 なんて歯切れの悪い声。

 大学に戻ったら練習してやると言う意気込みの俺に水井さんは笑って


「大学のダンジョンからだとあの滝をまだ見つけることが出来ないんだ。

 そもそも同じ世界のなのかもわからないけど、あの滝の源泉はとても貴重だからね。その恩恵を貰ってしっかり学ばせてもらうと言い」


 そんな指導に


「あのダンゴムシ、回転している時に剣を刺して仕留める方法判りますか?」

 

 俺は真剣に聞いたつもりだけど水井さんはどこか死んだ目で


「とりあえずレベル40を超えれば余裕だから。

 俺だって未だに出会ったら殴って丸ませて仕留めるぐらいしかできないからな。頼りない教官ですまないな?」

 

 ちょっぴり涙目の水井教官に俺はあれがそれだけ異常な事を、そしてレベル問題さえ乗り越えればできる事実に


「ガキみたいな質問してすみません。

 俺、いつか動いてるダンゴムシさえ倒せるようになります」

「ふふふ、頑張ってと言いたいけど無理はするなよ?」


なんて俺となぜか側にいた藤原の方をポンポンと叩きながら沢田君のご飯本気で美味しいからまずはそれで英気を養おうな、なんてお励ましてくれるのだった。


 もちろん沢田さんのご飯は俺達が想像する以上に美味しくて腹八分目なんて言葉を忘れ、びっくりするような美味しいダンジョン素材のお肉を山ほど俺達に食べさせてくれるまま食べてしまい……


 その後待ち構えている魔狼の解体の事なんて忘れ去ってしまっていた俺達は料理をするように魔物を解体するレクチャーをしてくれる沢田さんから学んだところで胃袋をひっくり返すのだった。


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