夕日に向かって青春を悟るも心の中は帰りたい一択

 身長ほどある根っこを飛び越えて、時には壁のようにふさがる根っこと時面の隙間を潜り抜けるそんな道のりに変わった。

 橘さんと相沢さんはハードルを飛ぶようにひょいひょいと飛び越えていくけど俺達は……


「行くぞっ!」

「来いっ!」


 演習で習ったように一人が壁に背を預けて向かって走ってくる人の足場となるように手を組んで持ち上げて障害を超えさせていた。

 もちろん二人はその間俺達に手を貸さずに周囲の警戒をして待っていてくれたけど……

 最後の一人、つまり俺に伸ばしてくれた手に捕まって登った根っこがこのルートの一番ハイライトの場所のようだった。


「なかなかに酷い道のりですね?」

「手探りの探検、そして訓練もできるって作った道だからね。迂回ルート何てないぞ」

「寧ろ千賀さんなんかトレーニングにちょうどいいって喜んでたし……

 自衛隊の人ってああいう人たちばかりなの?」

 相沢さんに聞かれるも

「俺達が出会う自衛隊の人達はそういう事言う人はいませんでしたね」

 きっといろいろ自重していただけなのだろうけど蓋を開ければ総てをトレーニングだと言うように喜ぶ人の集団だったのかと俺も少し残念さを思うけど相沢さんは信じないと言うように「ふーん」とだけいう。

 そして無事木の根っこを超えた所でまた走り出し、今度は


「川だ!」

「本当に川がある!」

「すごい綺麗な水!」

「あ、魚も泳いでい……」

「いやー!!!あの魚足が付いてる!!!」


 美しい清流からのパニック。

 寧ろ理想の脚線美に俺は拒絶反応と言うように鳥肌が立った。

 

「相沢さん、魚!足!」

「ああ、あの魚あんまり美味くないから戦うだけ無駄だぞ」


 なんて無視して走るメンタル、全然見習えない。


「基本水中魔物は陸上を苦手にしているからよっぽど腹を空かせてない限り襲ってこないから心配しなくていいぞ。共食いもするしな。

 手足が付いてる魚より手足のない魚の方が凶暴だけど美味いから見つけたら教えてくれ!

 後忘れているようだがこのダンジョンの中の生き物全部魔物だっていう事気を抜くなよ!」


 なんて橘さんの説明にいや、そんなもん?なんて魔物を無視して川沿いを走る理由を教えて欲しいと思うけど今日の目的地まで行って沢田さんのご飯までに帰るのが理由なのを思い出せばそんなにもご飯が大切なのかと思うも水底で歩きながらこちらの様子をうかがう魔物を見れば確かにこの魔物を食べる事を考えればご飯って大切だよなと魚を焼いた時このやたらと筋肉が発達している足はどうするのだろうかという好奇心、ないとは言えないが口にする勇気はちょっと難しいが味は気になるそんな興味に心は揺さぶられていた。

 そんな気もそぞろになる中相沢さんはこれだけ走ってもまだスピードを上げるので俺達は川の様子を気にするなんて余裕もなく走る事になり、やがて岩場が多くなった所でいきなり聳える崖が見えた。

 しかも美しい一本の水量も豊富な幻想的なまでの瀑布。

 あまりにも壮大なスケールにあっけに取られていれば


「にゃ~ん」


 かわいらしい猫の声に視線を向ければ寛いだ姿勢の白猫にここがゴールだと悟った。

どこかほっとしてしまい俺達は地面にへたり込みながら疲れた足を休ませるようにごろりと横になってしまう。

 やっと目的地かというように水を飲みながら減った分を補充して飲料を確保すればみんなも滝の水を汲んで水の確保にいそしんだ。

 行きがあれば帰りもある。

 またあの灼熱の大地を走る事を考えれば水道なんてないこの世界。貴重な水は確保できるときに補充しておかなくてはいけない。

 水を汲む時に水底から魔物の視線と合ったけど、すぐには襲ってこずに深い所へと隠れてしまったので緊張しながらもペットボトルを水で満たす。

 そんな俺達の様子に橘さんは


「本日の目的地はこの崖の頂上だ!

 今から雪さんが基本の登山ルートを案内する!全員見習ってついて行くように!」


 ここがゴールで無い事にショックを受けるも見上げても頂上の見えないほぼ垂直な崖にほぼ荷物を持っていない俺達はここをどうやって登るのだと途方に暮れてしまえば目の前を白い何かが通り過ぎて行った。

 見上げたままの俺は、いや俺達はぽかんとその様子を眺めるしかなかった。


「橘さん、なんか雪さんが壁を歩いて登っているような……」


 どういうこと?なんて驚きを通り過ぎて驚く表現すら置いてきぼりになった俺達に


「これがダンジョンだ。

 常識、理不尽を超えたダンジョンに必要なのは柔軟な思考。

 壁走りを極めた雪さんが得たスキルで壁すら歩く事が可能になった」

「んなことあるのですか?!」

 藤原もびっくりと言うように突っ込むも橘さんは神妙な顔をして


「ダンジョンの中で常識を求めるな。

 その結果スキルとして還元される。

 可能性は無限大だ。それがたとえ残念なスキルになったとしてもだ!」


「それって俺の事言ってるの?」


 そんな力説になんか死にそうな顔で相沢さんが橘さんに向かって言ったとたんそっぽを向いたあたり相沢さんが何かしでかした事を悟るのだった。

 ただ何も言う気はない代わりに


「じゃあ俺先に上で待ってるからあとヨロで」


 そう言って遥か先にあるでっぱりにジャンプして飛び移ってそのままぴょん、ぴょんと登って行ってしまった。

 

 え、マジ?

 俺達これからこれやるの?


 思わずまた橘さんに俺と俺以外全員視線を向けて説明を求めてしまうが


「君達をここに案内した一番の理由でもある。

 今までの10階までは四方を囲まれた閉鎖的空間の中での戦闘だった為に木の根っこの下をくぐったり飛び越えたりとした訓練なんて想定してないと思う」

 

 聞かれた所で誰ともなくそうだと頷いてしまう。


「だがこれからはこういったフィールドダンジョンばかりとなり縦という運動も必要となる。

 気づいてないようだけどここまでの道のりに雪さんによる討伐と相沢によるフォローがあったから走る事に集中して来る事が出来た」

 

 俺達の知らない間にフォローされていたなんて、信じられない気持ちが膨れ上がるが


「彼は今レベル50を目前としているハイランカーだ」


 一瞬で頭の中が真っ白になった。

 今まで受けていた訓練とか何だったんだと言う前に人はそこまで行けるのかという驚きの方が上回った。


「家の中に出来たダンジョンを消滅させたいそれだけの理由で相沢はここまで辿り着き、本来君達の相手なんてする暇もなくダンジョンを攻略したいにも拘らず、このダンジョンを消滅させるだけでは意味がないと我々に情報の提供と協力体制を取っている」


 同じ年齢、そして俺達は防衛大と言う整った環境を与えられているのにも拘らず超えて行った彼に嫉妬しつつも追いかける事も出来ないこの差にあんなだらりふらりとしている人より俺達の方が格下なんてと言う事実……


 さっきの長距離マラソンの後息切れ一つしてない姿。

 それどころか汗も流してない姿。

 俺たち全員の安全を考えて誰一人取りこぼす事無く走り続ける姿。

 真似をしろと言われても出来る分けがないそんな余裕の姿。


 年齢でも練習量でもないただひたすら実践を積み重ねた命がけの結果を見せつけられてやっとこの差を納得することが出来た。

 心の中ではまだ信じられないとささやく俺もいるが、橘さんを始め三輪さん、林さん、千賀隊長も相沢さんには一目置いているのが判り……


 やっと結城1佐がその地位にあっても相沢さんと敵対しようとしないスタイル、それどころか親戚の人のような気軽さの距離を取ろうとする意味を理解できた。

 

 崖を見上げ、既に姿が見えなくなった相沢さんへと視線を向けて


「とりあえずまず俺達はあの一歩目の崖に登る事から挑戦しよう!」


 そんな提案はすんなりとみんなに受け入られ、時間をかけて何度も失敗してもコツを掴んで俺達には走るだけの脚力だけではない脚力がある事を理解すればすぐに崖を上るコツを覚えるもこの高さに脅えてしまい……




 それでも俺達は時間をかけても誰一人取りこぼすことなく全員が崖を上る事を優先して、この世界に夕闇が迫る空を頂上で堪能するのだった。


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