教師の偉大さを知る

 今まで10階の魔狼は出現が完了しないと攻撃の効果がない事は判っていた。

 だから完全に姿を形作るまで防衛を固める戦い方、それが一見正しいようで間違っていたとも言えない過程での犠牲を生み出した過去は終わりを告げたと言えようか。

 あの条件があったからと言って何も防衛を固めるなどせずにさっさと倒してしまえばいい。そんな発想はきっと集団戦では発生しない攻略法。

 最初の炎のブレスさえ凌ぐことが出来れば十分勝てる見込みがある。そして今、あの炎に対して武器も持たずに魔狼と戦う集団戦を提案されても俺は一人で戦いたいと願い出て、無理と判断されたら手を出す事を条件に許可が下りた。

 試してみたかった自分の本当の実力。

 そして少しでも早く単独で討伐が出来たと言う実績の欲しさ、貪欲になって何が悪い。

 そうこうしているうちに橘さんと相沢さんが何か言い合っているうちに炎で一度焼かれてしまったけど、あの圧倒的熱量に眼球が渇いて鼻や喉の奥の粘膜が焼けただれて……と言う所か火傷一つなく驚いて騒いでしまった俺達とは別に何度も経験しているのか動じていない二人に一喝されて俺は言葉と言い表せない感情を飲み込んで心を落ち着かせるように構えて魔狼に向って駆けだした。


 振り下ろされるぶっとい前足から延びる鋭い爪を避ければ振り返りざまのロープのようなムチに殴られそうになったりと魔狼の瞬発力からの攻撃や、その巨大な姿からの力強い攻撃をちゃんと目で追えて躱している自分の肉体に興奮が止まらない。

 今までちゃんと鍛えて来た体が俺の要求にちゃんと応えている。

 ダンジョンが発生してずっと夢見た自分の姿に舌なめずりしながら魔狼の首に飛び掛かり、そのままありえない方向へと曲げるようにして投げ飛ばせば魔狼の巨体が宙を舞った。

 体の大きさなんて関係ないと言うように仰向けに床に打ち付けられた魔狼に向って肺を潰すようかかとを落としてからてもう一度首を抱えて……


 やがて身動きをしなくなった魔狼の回りに宝箱が出現した。

 興奮して荒い呼吸のままその様子を見れば橘さんがやってきて

「自分の武器だ。研修中の間はそれを使うからしっかり管理するように」

 そう言われた。

 なんだかそれが酷く誇らしげでまるでトロフィーでも貰ったような気分のままみんなが見守る中で宝箱を開けていく。

 剣にマント。

「指輪にネックレス?」

 こんなものまで出てくるんだと言う驚きに

「炎の指輪と炎の首輪だ。

 防御力を高めてくれるから持っておいて損はないぞ」

言いながら橘さんは隊服の首元を緩めて炎の首輪を身に着けている様子を見せてくれた。

 それを見て俺も真似して炎の首輪を身に着けてみたけど

「普通につけただけだと実感がないですね」

「まあ、それに縋りつかなくていいように鍛えればいい」

 そう言って橘さんは顔をあげて

「一度9階に上がって10階をリセットするぞ!」

 なんてよくわからなかったけどいつの間にかいなくなった魔狼の事なんて気にする間もなく9階に戻ってから扉を閉めて……

「次挑戦したい奴は?」

言えば藤原が真っ先に手を上げた。

 その後ちらほらと手を上げていくみんなの様子にそれほど難易度が高くない事に気付いたのだろう。

「タイミングさえ間違えなければいいのですね」

 なんて確認するかのように橘さんと話をしていた。


 藤原とはずっと主席争いをしてきた相手だ。

三年生になってから四年生に上がっても俺が主席をキープしている中ずっと藤原は次席だけど、努力している姿はちゃんと知っている。だから俺も頑張れると言うもので競い合う相手がいたからこそ今の俺がある。

 そんな藤原が俺をじっと見つめてくるからなんだと言うように瞬きをすれば


「さっきの剣を貸してくれないか」

 

 なんて事をいきなり言い出した。

 いや、これは今俺がゲットしたばかりで俺だって使ってないのにいきなり貸せとかありなのかと考えてしまえば


「剣だったら俺が貸すぞ」


 俺の一瞬の迷いと言うか俺にとっては意味不明な問いかけに橘さんが呆れたような視線を藤原に向けて手にしていた剣を渡していた。

「あー、橘さん貸しちゃ意味ないでしょ。

 折角現地で武器調達とか学んでほしかったのに」

「そう言うのはもうちょっとダンジョン上級者になってからにしましょう。

 ウォーミングアップで武器なしで魔物と戦うのはさっきのを見ていてやはり心臓によくないので」

「まあ、あんな風にぼこぼこにされたら美味い肉になりそうもないですしね」

 ふむ、と考える相沢さんの判断を待つ間橘さんはそうじゃないと首を横に振るがそんな訴えは一切届かなかったようで


「まあ、剣を貸しても良いか。見た所みんなさっきの人、ええと村瀬さんだっけ?彼と同レベルぐらいだろうから何とか倒せるだろうし、だったら時短優先しよう。

 全員マロに挑戦してもらわないといけないからね」


 なんてものすごく普通の顔で提案されてしまった。

 魔狼に負けるつもりもないし勝てると言うのはさっきので十分理解したけどこんなにも作業的な考えはさすがに持てない。

 この人おかしい……

 いや、最初からなんかおかしかったけどここまでおかしくなるのかと心配になる。

「ですね。遅くなると沢田さんのご飯食べ損ねてしまいますし」

「沢田ご飯の時間には厳しいからな」

 もう一人おかしな人がいた。

 橘さんも十分アレだった。

 ヤバいよこの人たちと思うのは藤原を始め皆そう思ったようで二人の話しを理解できないと言うように凝視していれば

「あ……」

 そう言って俺達を思い出したかのように振り向いて

「ほら、ぼさっとしてないでマロ剣とマロマント回収に行くぞ」

「武器を貸す以上村瀬のタイムを切る事が目標だ」

 どこかおかしい二人の残念な思考に藤原はぎこちない動作で剣を握ればまたみんなで魔狼の部屋へと向かう。

 決して戦闘訓練や経験値を稼ぐためではなく武器と防具の回収という作業の命令。

 俺達もいずれこうなるのかと考えながら、今までやる気に満ちた向上心を煽り続けた先生達と的確な指導をしてくれた水井さんの存在を今はひたすらこの場に来て欲しいと願うのだった。

 


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