ドナドナでも歌おうか

 走り始めて少しして背後からついてくる足音に全員がついてきている事を理解する。

 足音はしないけど雪もちゃんとついてきてる気配を感じることは出来る。イチゴチョコ大福を鍛えた雪なのでそこは心配しない。

 ただ一つ問題が発生した。

 10階まで約三時間を目安とした行程。どれぐらいのスピードで行けばいいかなんてわからない。

 とりあえず俺がスピードを緩めて先頭の人に

「もう少しスピードを上げても大丈夫ですか?」

 なんてジョギングじゃないと言うように聞けば

「はい、まだ大丈夫です」

 皆さん一段となって余裕の顔を浮かべていたので先頭を走る俺がスピードを上げればちゃんとついてくる様子。

 そうやって少しずつ追いかけてくる足音にスピードを上げて行けば暫くしてすぐにばらけた。 

少し早かったかと反省した直後

「ぎゃあ!!!」

 なんて悲鳴。

 あ、雪にやられたなとスピードを落とせばすぐにまた団子になって……

 最後尾には転んだようでよろよろとしていた足取りの人がついてきていた。

「とりあえず全員水を一口補給。その後またスピードを上げるぞ。

 雪は怪我をさせないように注意!」

「なー」

 まるで悪くないもんと言わんばかりの抗議を上げられたが

「さじ加減を間違えた雪が悪い」

 そして簡単にばらけさせた俺もだ。

 走りながら水分補給をさせた所で雪に転ばされた人の足取りがしっかりとした音を聞いてまた団子状態を作る。

 じわじわとスピードを上げて今度はばらさないように、そして足が遅れがちになれば水分補給をさせ、強制的に体力を回復させて走らせる。

 なんちゃってポーションほんとヤバいよな。

 林さんの全身やけどをほぼほぼ治させた効果と言い、こういう時の体力の回復にも役立つ。

 今回の10階までの目標はひたすら休みなく走り続けさせる。

 水井さんと少し話をさせてもらって知ったんだけど、やっぱり長時間走り続けるという事はしないらしい。

 まあ、今まで10階の扉前までが限界だったからそこまでの往復をするのがせいぜいだと言う。そしてレベルが上がる限界値ではないがせいぜい20程度が上限。時間的にも何往復もさせることが出来ない教育と訓練の場。

 だけどここでは続きがあるので8時間とか10時間とか走り続けないといけない時もある。

 例えば20階の扉を見に行くぞって言う時。

 そんなあほな事滅多にしないけど扉の前まで行ったはいいが沢田にご飯までに帰ってらっしゃいと言うおかんな言葉を思い出して慌てて帰った時。必死になってなんちゃってポーションでドーピングしながら走り切った自分を褒め称えたい。

 そんな経験を彼らのも是非体験してほしい。

 まだ20階前まで行くには頼りない彼らだけど10階までなら出来ない事が出来る11階以降でぜひとも訓練をしてもらいたいから10階まで全力で流す程度には駆け抜けてもらいたい。 

 普通なら絶対ヤバい奴だけど俺達にはなんちゃってポーションがある。

 筋肉は苛め抜けば苛め抜くほど応えてくれるとオラが軍曹はおっしゃった。

 適度な休息は必要だろうが筋肉を発展させるにはぎりぎりまで追い込むしかないと、昭和のスポコン根論を語ってくれた。

 今それを言うと科学的じゃないと笑われるだけだからとも言っていたがここはダンジョン。

 ちゃんとステータスと言うもので還元してくれる場所。

 走りこめば走りこむほどレベルアップ時に俊敏性の項目の上昇率が違ってくる。

 これは雪と岳が証明してくれた。

 ここから走りこんでもすぐにはレベルアップできない環境。だけどレベルアップした時確実にこの努力に気付くそんなダンジョンだからこそ全速力でダンジョンを駆け抜けるなんて普通はやらない事を俺は雪を使って強制的にも走らせる。

 しかも先行する橘さんのおかげで本当にただ走るだけ。

 途中床に転がる魔物を飛び越えるだけの障害物に気を付けるだけの超イージーモード。

 慣れたら走り去り際に魔物を倒して行けばいい。

 沢田の食糧庫にはアントの蜜もたっぷりと保存されているので当面気を使う必要もない。というか自力で採取しているので気にもしなくなっていた。

 そんなアントもウサッキーも通り過ぎて……


「約二時間弱。

 往復三時間切るのは夢のまた夢だな」

 

 床に座り込んでへばっている皆さんを見下ろしながら俺は水を飲む。もちろん雪にはちゅーるタイムだ。

 喉が渇くほどでもないけど水を飲むふりをすれば皆さんすっかり二十分ごとに水を一口だけ飲ませていたせいか俺が水を飲めば皆さん水を飲んで……


「あの、この水本当に飲んで大丈夫ですか?」


 最後まで先頭に立って走り皆を引き連れてきた……


「ええと……」


 今更だけど名前聞いてない事に気が付いた、

 いや、聞いたような気がしたけど覚えてないのは寝ぼけていた証拠。覚える気がなかったとは言わずに


「村瀬です。今回の選抜隊チームのリーダーをさせて頂いてます」

「ええと、相沢です。名前はおいおい覚えていくのでよろしく」

 この人数すぐに覚えれるかと先に断っておく。

 さすがにいきなり十数人覚えれるかと遠回しに言って納得してもらう。

 「ええと、水の事なら安心してもらっていいから。

 林さんが分析して論文書いてるし、自衛隊の方にも提出と使用許可は出ているから」

 さすがに林さんの怪我の治り方が異常なので問い詰められた結果だし苦労しているのは林さんだから俺達に知識なんてないし生水の怖さを言えばうちの沢の水も安心できないから怖がる必要なんて今さらない。


「ただ採取するのがちょっと大変なだけだ。

 相沢、せっかくだから今日は採取して帰ると言う工程でどうだ?」


 扉の前を通り過ぎた奥から橘さんが現れた。

 どうやら安全を兼ねて奥に魔物がいないかチェックしてくれていたらしい。

「そうですね。もともと11階の様子を見て貰うつもりだったし、ダンジョンでは出来ない動きもしてもらいたいから。

 それにレベル20もあれば問題ないフロアだから足を運ぶにはちょうどいいよね」

 なんてスケジュールはもともと組んであったもの。


「じゃあ、マロとご対面しようか」


 そう言えば橘さんが気楽な動作で扉を開けて……


 少しだけ顔色を青くさせて緊張する皆さんを雪がしゃーっ!と言うように声を立てればまるで処刑場に足を運ぶような顔で階段を降りていく様子を見てまだ信頼されてないんだなと少し寂しく思うのだった。




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